「シン・ゴジラ」へと至る、庵野監督・実写作品の系譜 エヴァ完結に備え「ラブ&ポップ」「式日」「キューティーハニー」を見る(2/3 ページ)
この映画に現れる「おとこのおとな」は、いずれも変人である。街中で呼び込みのように現金をチラつかせてお茶を交渉しては、自分の作るスパゲティを食べてほしがったり、噛まれたあとの粒マスカットをほしがったり、ぬいぐるみと話す暴力男であったりする。
援助交際やテレクラといった今はもう聞かない言葉を通し、1990年代の渋谷、その空気感を全面に出しているにもかかわらず、そこに確かな現実は写っていない、という不思議な作品である。
“1000人いたら、数人しかわからないと思う” 「式日」(2000年)
「ラブ&ポップ」は演出こそ独特であったものの、物語の筋が理解できない、というような作品ではない。主人公である吉井裕美には明確な目的があり、そのために(手段はともあれ)努力をする物語であるからだ。ただしそこから約3年の月日を空けて公開された「式日」は難解このうえない。毎朝「明日は私の誕生日」と繰り返し、廃ビルからの自殺を試み続ける女の妄想と、故郷で出会ったその女の妄想に徐々に侵食されていく「カントク」なる男の出会いを描いた作品だ。
本作の初公開は東京都写真美術館でのもの。繰り返される同じ会話、実相寺アングルを用いた奇抜なカットや逆光に加え、光を抑えた屋外のシーンに対してときおり挟まれる廃墟地下の強烈な赤……、というようなアート感のかなり強い作品になっている。
が、妄想の世界に逃げ込み続け、やがて自分自身であることすら拒絶する女。救いの手を振り解き、廃墟のバスタブの中で全てを拒絶して眠る女。そこに否応なくやってくる現実に対し、向き合え、と説得するカントク。……という構図は「新世紀エヴァンゲリオン」の後半に通じるものがある。
本作において、2人の出会いとなる場所は線路の上。それに対する女とカントクの発言が印象的だ。「機械的建造物な感じがいい」(カントク)、「線路は2本ないと完成しないし、その2本は絶対に交わらない」(女)という趣旨の言葉は、作中によく線路を登場させる庵野自身が繰り返しインタビューで語っていることでもある。
隣にいるにもかかわらず、決して交わることのない2つの存在。2020年4月に公開された「シン・エヴァンゲリオン」のポスターにも、線路は象徴的なかたちで現れる。横から交わり、入り組む2つの線路。それは本作「式日」のポスターでとった手法と同じだ。
本作では、そして「シン・エヴァ」では、誰と誰の線路が交わることになるのか、またはならないのか? 庵野が章題のように述べている通り、一筋縄にはいかない。
アニメと実写のいいとこどりを狙った「キューティーハニー」(2004年)
前2作に比べれば、最も普通の作品である。メディアミックスの繰り返された永井豪の大人気作品を原作にした特撮アクションである本作は上映時間も唯一100分を切り、観客を突き放すような手法も少ない。ただ冒頭に流れる今石洋之のハイテンポ・アニメーションが象徴するように、「アニメと実写のいいとこどり」を狙った演出が各シーンに見られる。
特に冒頭・うみほたるでの殺陣では繰り返される早回し、秒速で現れるパンサークロー戦闘員の登場カット、いわゆる「板野サーカス」的作画に人物を合成する、といった試みを重ねている。庵野は後年、本作が脚本準備中に製作会社の事情から予算が突然半分以上減額されてしまったと明かしている。
こうして、当初の予算は前出のうみほたるのシーンにて使い果たしてしまったらしく、後半にいくにつれ先鋭的な試みは残念ながら姿を消していく。加えて佐藤江梨子の露出や、突然歌い始める倖田來未や及川光博などからはどうしても大人の事情を感じてしまう。
それを踏まえて、東宝単独出資の「シン・ゴジラ」では粘り強い交渉の末、製作費の必要額を死守したというエピソードがある。「好きにする」ためには、相応の経験値が必要だったというわけだ。
ただ、脚本は予算規模に最低限合わせておかないと『キューティーハニー』(2004)の二の舞になってしまうので、早めに決めて欲しかったんです。『ハニー』の時は脚本準備中に製作会社の事情から突然半分以上予算が減額されて、結果的には脚本の内容をそのまま維持できるバジェットじゃなくなっていました。プロデューサーと途方にくれたんですが、3年以上も待たされた企画なので今更止めるのも辛いからと、無茶を承知で始めたら、当然ながら無茶だったんですよ(悲)。もちろん、その制作費で現場では「何が何処まで可能なのか」という実戦経験がなく、クオリティ・コントロールの判断が出来なかった僕の力不足が主な原因です。頑張って作りましたが、現場では「やりたいことではなく、やれることだけをやる」日々でした。その経験から、企画内容は予算枠に同期させないと、まずい事になると。脚本が先か予算枠が先かというのはありますが、先に決まった内容に合わせた現場にしたかったんです。
『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』 p.496 庵野秀明インタビューより
記録的なヒットとなった「シン・ゴジラ」に至るまで、庵野は手を変え品を変え、試行錯誤を重ねてきた。ここでも述べたようなウルトラシリーズでの実相寺昭雄の手法や、「トップをねらえ!」での「激動の昭和史 沖縄決戦」(岡本喜八)オマージュなど、彼の作品はこれまで見てきたもの・触れてきたものを生かして作られている。庵野作品がどのように形作られてきたのかを知る上でも、これらの実写作品は大いに参考になるだろう。
「エヴァ」完結編、そして「シン・ウルトラマン」を控えた今、ぜひ触れてみてほしい。
(将来の終わり)
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