エルデンリングの「黄金樹」は令和の「りゅうおうのしろ」であり「転送罠」はロマンであるという話:水平思考(ねとらぼ出張版)
エルデンリングとドラゴンクエストの共通点とは。
初代「ドラゴンクエスト」において、プレイを始めたユーザーに鮮烈な印象を残すのは、フィールドを出てすぐの場所に見える「りゅうおうのしろ」の存在である。
このプレイを始めた直後に、最終目的地を見せてしまうというフィールド設計の何が優れているのかといえば、プレイヤーに直接的な命令を与えずに、最終的な目的地への誘導を行っているという点にある。
ライター:hamatsu
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
Twitter:@hamatsu
プレイ開始した当初は王様に命令される形で始まった「義務」としての受動的な冒険の旅は、自分の場所から目と鼻の差にある「りゅうおうのしろ」を見つけ、そこにどうにか行けないものかと試行錯誤を始めた時点から「自分事」としての能動的な冒険へと姿を変える。
「ドラゴンクエスト」における「りゅうおうのしろ」とは、視線と動線の齟齬、「見えるけど、行けない」というゲームにおける基本原理を最大限活用し、最小の手間でプレイヤーの能動性に火をつけ、その世界に没入させることに成功している非常に優れたゲームデザインのお手本のような存在なのである。
2017年に発売され、その年のゲームオブザイヤーを総ナメ状態にしたタイトル、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」(以下「BotW」)を遊び始めたとき、フィールドの中心に鎮座する「ハイラル城」を見て、私は新しい時代の「りゅうおうのしろ」が登場したなと思った。
プレイを開始した当初から「見える」場所に存在し、それがゲームをクリアする上での最終目的地でもある「ハイラル城」は確かに「りゅうおうのしろ」と共通する点が多い。しかし、開始当初から「見える」とはいえ、到達するためにはあの手この手の手順を踏む必要がある「りゅうおうのしろ」と違い、「ハイラル城」は行こうと思えばかなり序盤の段階で「行ける」。
当然最終目的地である「ハイラル城」周辺には屈強な敵キャラが待ち受けるわけで、生半可な腕前では立ちどころに返り討ちにされてしまう。そのため、結局のところ大半のプレイヤーは一通りの手順を踏んだうえで、最終目的地である「ハイラル城」に到達するわけだが、それでもゲーム開始当初から「見える」場所にある最終目的地にいきなり「行ける」ことを許容することで、幅広く奥行きのあるゲーム体験をユーザーに提供した「BotW」というタイトルが非常に高い評価を受けたことは必然だったのだと思う。
また、「BotW」はその美しく牧歌的なフィールドのビジュアルも高い評価を受けたが、そのふと油断をすると世界が破滅の危機にひんしているのを忘れそうにすらなるのどかな世界において、明らかにトーンの違う禍々しさを放つ「ハイラル城」が世界中のさまざまな場所から「見える」ことで、ゲーム世界に常に一定の緊張感を与えていたことも重要だ。この「ハイラル城」があるからこそ「BotW」は世界を救うための冒険という、根本を最後まで見失うことがないのである。
さて、前置きが長くなったが本題はここからだ。2022年の令和の世に「りゅうおうのしろ」の最新型を提示するゲームが登場したのである。
そのゲームとは、既に圧倒的な評価を獲得し、世界で1200万本超という大ヒットを記録しているなど、今年(2022年)のゲームシーンを席巻しつつあるタイトル、「エルデンリング」だ。
黄金樹は令和の「りゅうおうのしろ」である
本作における「りゅうおうのしろ」に該当する存在、それはゲーム開始当初からプレイヤーから「見える」場所に存在し、ゲーム進行上のプレイヤーの主要な目的となる「黄金樹」である。
序盤からフィールドの中央に鎮座し、冒険の過程でさまざまな箇所から見ることができる「黄金樹」は確かに「りゅうおうのしろ」や「ハイラル城」に近い存在といえるだろう。しかし、「エルデンリング」をプレイしていて感じるのは、「黄金樹」のその圧倒的なまでの巨大さである。
あまりに巨大すぎる「黄金樹」は、プレイをする上での目印というよりも、その世界に覆いかぶさる「空」の一部と言ってもいいようなものになっている。広大なフィールドをゲームとして表現するオープンワールドゲームにおいて、遠くの風景や建物を見て、自分の冒険の道筋を立てるというのは非常に重要な行為だ。しかし、オープンワールドゲームに限らず、大抵のゲームにおいてその世界の「空」を見つめるという行為にはあまり意味がない。せいぜいがそこに飛ぶ鳥などを撃ち落とすくらいしかやることがない。
だが、ふとプレイする手を止めて広い空を見つめる時間が全くないオープンワールドのゲームに、果たして魅力はあるのだろうか。多くの傑作とされるオープンワールドにはふとプレイの手を止めて空を見上げてしまう、まるで世界が本当にそこにあるものだと錯覚するかのようなひとときが存在するものではないかと思う。そんな例え意味がなかったとしても世界を構成する重要な要素である「空」を、「エルデンリング」をプレイしながらふと見上げてみたとき、そこには畏れすら感じるほどに巨大な「黄金樹」とそこから差し込む木漏れ日がある。
私が「エルデンリング」の「黄金樹」を「りゅうおうのしろ」の最新型とする理由は、「黄金樹」がゲームにおける目標地点の明示化という機能を拡張させ、3Dゲームにおける「空」の表現も拡張しているからだ。
「空」を見上げたときに見える「黄金樹」を見たとき、美しさを感じるのかそれとも一種の禍々しさを感じるのかはそれぞれのプレイヤーに応じて変わるだろうし、プレイを続ける過程でも変化していくだろう。ゲーム画面に収まりきらないほどに巨大なその樹木は、ゲームユーザーが能動的に「見上げる」というアクションをしなければその全貌は見えてこない、つまり、「黄金樹」とは、ユーザーの数だけ異なる見え方をしているということでもあるのだ。そんな「黄金樹」がプレイヤーごとにどう「見える」のか、どう受け止められるのかにこそ、本作が表現しようとしている核心があるのではないかと私は考えている。
「エルデンリング」や「BotW」「ドラゴンクエスト」の間に直接的な影響関係があるのかどうかは私には分からない(「BotW」は「ドラゴンクエスト」の影響を受けてるんじゃないかと思うのだが)。しかし、両者に共通するのは、ゲームの基本原理に逆らわず、むしろ最大限活用してゲームを設計しているということである。 「見える」と「行ける」という視線と動線の齟齬を駆使したデザインをしているという点において「ドラゴンクエスト」と「エルデンリング」は通底するものがあるゲームだといえるだろう。そして2022年に発売された「エルデンリング」はその基本原則に忠実でありながら、最新技術を駆使した美麗なグラフィック表現でその原理を最新の形に拡張して提示している。古典的でありつつ最新型としての可能性の追及をし続けるのだから、これは素晴らしいことだ。
「転送罠」最高!!
ここまで「ドラゴンクエスト」と「エルデンリング」のゲームデザイン面での共通点について述べてきたのだが、実は両者に共通性を感じる点はまだある。
「ドラゴンクエストII」における「港町ザハン」を覚えている人はいるだろうか。
これは「ドラクエII」冒頭において「旅の扉」に入ることでその存在だけは確かめることができるのだが、そこに到達するにはゲームを中盤以降まで進めなければならないという、「ドラクエ」における「りゅうおうにしろ」に近い立ち位置の存在である。
これが「ドラクエII」を始めてプレイする私に鮮烈に印象に残ったのは、そのあまりに寄る辺なく存在する町がこの世界のどこかには存在し、やがて自分がたどりつくことができるのだろうという、これから起きる冒険の予感をこれ以上なくかき立ててくれるものだったからである。
これに限らず、「ドラクエII」以降から存在する「旅の扉」というワープポイントが存在する意味とは、見知らぬ場所にプレイヤーを一気に飛ばしてしまうことで右も左も分からない場所で翻弄されることそれ自体を楽しませるという意図があったのではないかと思う。もっとも、プレイヤーを親切丁寧に導くことを心掛ける「ドラゴンクエスト」シリーズにおいては、ただただ知らない場所に飛ばされて置き去りにされるなんてことが起きることはそうそうないのだが。
この「ドラクエII」における「旅の扉」に該当するものが、「エルデンリング」にもまた存在する。それは「転送罠」だ。
私が「エルデンリング」をプレイし、その「転送罠」にまんまと引っ掛かって全く知らない場所に転送されたとき、この「ドラクエII」における「港町ザハン」を初めて目撃したときの感動に近い感動を覚えた。物語をかなり進めないと行けないと思っていた場所にいま自分が立ってしまっているという心細さと、それでもその場所を探索してみたいという好奇心をかき立てられ、なんてすごい仕掛けを不意打ちでカマシてくるのかと、制作者の意図に打ち震えると同時に、とはいえすぐに元の場所に戻れる「ドラクエ」と違って自力である程度状況を打開しなければ元の場所に戻れないという容赦のない仕打ちに絶望した。
だが、びっくりするほどワールドマップの端っこのほうに飛ばされ、這う這うの体でなんとか元の場所に戻ることに成功して安堵すると同時にこうも思った。またどっかの転送罠で見知らぬ場所に飛ばされないかなと。
ゲームをある程度進めると、転送罠はゲームの序盤に重点的に置かれているということが分かる。やはり制作者側は、ゲームの序盤でまだワールドマップが全然開放されていない段階で、全くの未知の場所にいきなりすっ飛ばされることで、好奇心と絶望の両方が爆発するユーザーの気持ちを分かったうえでこの罠を仕掛けているのだろう。
自分のレベルに見合わない敵がフィールドをうろついていることが楽しいということは、近年一般化しつつある認識ではないかと思う。「Pokemon LEGENDS アルセウス」においても、明らかに強いオヤブンポケモンの存在はフィールド探索に緊張感を与えるし、その親分ポケモンを捕獲するためにあの手この手を試すのはとても楽しいものである。
私としては、自分がまだ本来であれば冒険してはいけない危険なエリアにいきなりぶっ飛ばされて右往左往することもまた最高に楽しいという認識も一般化してほしいと切に願う。
既に100時間ほどプレイし、いまだクリアはしていないがずっと面白い「エルデンリング」だが、序盤に味わった転送罠から得られた感動(と絶望感)は格別のものがあった。こんな感動をまたゲームで味わいたい。
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