岡田麿里の作家性フルスロットル最高傑作 思春期こじらせ恋愛ダークファンタジー「アリスとテレスのまぼろし工場」レビュー(1/2 ページ)
思春期こじらせ少年少女に全力投球したダークファンタジー恋愛ミステリー。
アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」が9月15日から劇場公開されている。本作にまつわる何よりも重要なトピックは、原作・監督・脚本を務めたのが「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」などの脚本で知られる岡田麿里ということ。その作家性をブレーキをまったくかけず、アクセル全開でぶっ飛ばした、間違いなく「岡田麿里最高傑作」と断言できる、2023年公開の映画の中でもベスト級の出来栄えだった。
あえてジャンルを言うのであれば、「思春期こじらせ少年少女のダークファンタジー恋愛ミステリー」。ただでさえ極端なところがある岡田麿里の作家性をいっさい希釈なし、原液そのままでそこへ流し込んだような特徴があるため、ある程度の好き嫌いは分かれるだろう。だが、だからこその絶大なインパクトがあり、先が気になるエンターテインメント性も存分に備えているため、決して作家の独りよがりな作品にはなっていない。
そして、「閉塞感」を抱えた経験がある方、特に中高生の若い世代にはぜひ観てほしいと願う。オリジナル企画のアニメ映画であるため予備知識が全くいらないというハードルの低さがあるし、後述するメッセージが「ささる」人には一生大切にしたくなるほどの映画になるはずだ。
何より、「呪術廻戦」「進撃の巨人 The Final Season」「チェンソーマン」「ユーリ!!! on ICE」などを手掛けてきた制作会社MAPPAならではの超絶ハイクオリティーの作画があまりに素晴らしい。スクリーンで見てこそ作品の濃密な魅力が真に伝わるのは間違いないので、中島みゆき初のアニメ映画への書き下ろし主題歌「心音」が響くエンドロールも含めて劇場で堪能してほしいと願うばかりだ。さらなる魅力を記していこう。
性的な生々しさや恋愛の痛々しさを描く
物語の舞台は、製鉄所の爆破事故により「出口を失ってしまった」「時間が止まってしまった」町。14歳の少年・正宗が、謎めいた同級生・睦実に導かれ、野生の狼のような少女に出会うことから物語は動き出す。まず「この町から脱出する方法はあるのか」というミステリーが興味を引くし、状況そのものが不可解だからこその「翻弄される」面白さがある。
そして、序盤から岡田麿里らしい思春期の少年少女の「性的な生々しさ」が打ち出されている。中学生男子同士の下ネタを含む会話や同級生の女子に向ける性的な眼差し、ヒロインのとあるエキセントリックを超えた異常な行動、幼児的なふるまいをする少女の危うさなど、それぞれ居心地が悪い。レーティングがG(全年齢)指定で過度の直接的な性描写はないとはいえ、キャラクターそれぞれの見た目や立ち振る舞いもかなりセクシャルなので、ギョッとしてしまう方もいるだろう。
これらの描写がなくても主軸となるミステリーは成立し得るし、大衆向けの作品にチューニングするため、誰かがシーンの削除を要請してもおかしくはなかったはずなのだ。
しかし、「アリスとテレスのまぼろし工場」では、こうした性的な生々しさを手加減せずに描くことこそが重要だったのだと、映画全体を見渡せば強く思わされる。なぜなら、それは後の三角関係を超えて四角関係になるドロドロの恋愛劇や、「恋する衝動」という字面だけを取り出せば美しいものと表裏一体の「恋愛の痛々しさ」の表現に不可欠だからだ。
何より、思春期の頃に性的な欲求と恋する衝動を分けて考えられず、憧れや魅力と同時に嫌悪感を覚えた人も多いはずだ。劇中の「他のどこにもいけない」「時が止まっている」場所では、矛盾した気持ちはさらに増幅し、実際に思春期を通った人の心に強烈に突き刺さる。だからこそ、この生々しさと痛々しさは必要だったと心から思えた。
そして、劇中最大の「生々しさ」「痛々しさ」は、とあるネタバレ厳禁の「種明かし」部分にもある。もちろんここでは具体的言及はしないが、クライマックスのとんでもないセリフと合わせて、「どれほどの居心地の悪さを観客に与えたとしても、これが作品には絶対に必要だった」というような作り手の覚悟を感じた。それは劇中最大の、これまでのどんな作品でも体験できなかった感動にもつながっている。
また、少年少女だけでなく大人の描写も重要になっている。閉鎖的な場所でカルト宗教めいた主張をして権力を手にする者がいるのは映画「ミスト」や漫画「漂流教室」を思わせるし、主人公・正宗の父および叔父は、それぞれが正宗とその母親について複雑な思いを巡らせていたりする。それらの大人の言動と子どもたちの主張との折り合いの付け方、いや対決も大きな見どころだ。
過去最高のハマり役となった久野美咲
本作は声優陣の演技もすさまじい。榎木淳弥と上田麗奈が素晴らしいのはもちろん、3人目の主人公といえる、野生の狼のような少女を演じた久野美咲のインパクトがとんでもなかった。
実はこの役は「当てがき」で、岡田は「selector infected WIXOSS」や「ひそねとまそたん」などでも久野と共に仕事をしたため、「自分のすべてを込めて演技をする方」という信頼のもと、実際に久野美咲の声をイメージしたからこそ「キャラクターの実在感のある」「危うい空気感を漂わせる」脚本が書けたという。
幼児性を感じさせるキャラクターは、久野の声質のかわいらしさのおかげでさらに危うさが際立ち、その後の強烈な叫び声をあげる様もギャップとなり、ずっと耳に残り続ける。久野美咲の過去最高のハマり役を期待しても裏切られないだろう。
また、主人公・正宗の父および叔父を俳優の瀬戸康史と林遣都がそれぞれ担当しており、こちらも文句なしのクオリティーだった。声質そのものがカッコよく、かつ誠実さと「それだけでない」複雑な感情表現を声だけで表現し切っているので、この2人のファンにもぜひ観てほしいと願う。
閉塞感と変化にまつわる矛盾した気持ちに向き合った
そもそも「他のどこにもいけない」「時が止まっている」という舞台が実に岡田らしい。例えば、岡田が脚本を手掛けた「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」では幽霊として現れた女の子と幼なじみの少年少女を、監督作の「さよならの朝に約束の花をかざろう」では若い姿のまま数百年を生きる(育ての)母親とその息子との関係性を描いており、それぞれ「一緒の時間を生きられない」切なさが描かれていたのだ。
今回の「アリスとテレスのまぼろし工場」では、「変化を禁じられた町でなぜか一人だけ成長を続けている少女」がおり、それ以外にも思春期の少年少女の「変化」に対する複雑な感情が渦巻いている。そしてこのような描写は、現実で多かれ少なかれ閉塞感を抱えている人にとって、尊いメッセージにもなっていると思うのだ。その一端がうかがい知れる、プレス資料掲載の岡田麿里の言葉を掲載しておこう。
「ここから出られないと感じているという設定については、他作品でもずっと書いてきましたが、今回はそれをとことんつきつめてみようと思いました。時代の閉塞感とかよく言われますが、皆が同じように同じ気持ちを感じることってないですよね。でもこの数年、私たちはそれを経験したと思うんです。以前は変化を求めていたのに、いざガラッと変わってしまった時に、どうやって自分を守っていくのか。そんな新たな状態を、全体で味わったというのは大きな出来事でした」
この言葉通り、劇中では変化が訪れない状況を描いており、だからこその閉塞感が蔓延しているわけだが、同時にキャラクターそれぞれが変わらないでいる状況を「これでもいい」と少なからず思っているような描写もある。現実で新型コロナウイルスが蔓延し世界中の人々が変化を余儀なくされたと同時に閉塞感を味わった状況があればこそ、「変わらないでいる」ことをむしろ願ってしまうというのは、誰にでも理解できると思うのだ。
そして、そのような閉塞感と変化にまつわる矛盾を描いたことが、「あなたは成長していくし、変わっていく。それでいいんだよ」という、とてもやさしいメッセージへとつながっているように、個人的には思えた。それを直接的な説教のようなセリフではなく、キャラクターそれぞれの感情の揺れ動きから、間接的に受け取ることができるというのも秀逸だった。
岡田麿里200%の、前人未到の領域に達した傑作
最後に余談だが、岡田麿里の監督第1作「さよならの朝に約束の花をかざろう」の制作会社P.A WORKSの堀川憲司プロデューサーは、企画のスタート段階から「岡田さんの100%を出した作品を見てみたい」と言っていたそうだ。
そして、監督第2作である「アリスとテレスのまぼろし工場」では、MAPPAの大塚学代表が「岡田カラーがさらに濃い岡田麿里200%の作品にしてください」と依頼したという。だからこそ、単純計算で2倍の濃度の作家性が宿った、ここまでのインパクトの映画が生まれたのだろう。
個人的には、新海誠監督作で言うところの「秒速5センチメートル」にもあった思春期の少年少女の恋心の危うさ、もしくはダウナーな作風をさらに加速させ、前人未到の領域に達した傑作が、この「アリスとテレスのまぼろし工場」だとも思えた。
作家性を全開にした、少年少女が主人公のファンタジー恋愛アニメ映画でありつつ、「君の名は。」の明るい作風とは全く別方向の超ハイクオリティーのオリジナルのアニメ映画を作り出したことも含め、「アニメーション映画新時代。新たな未来へ」の文言が伊達ではない、記念碑的な作品ともいえる。繰り返しになるが、ぜひ劇場でこそ、その幕開けを見届けてほしい。
(ヒナタカ)
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