癒やされたい。肯定されたい。「世話やきキツネの仙狐さん」(原作/アニメ)は、ブラック企業に勤める男性が、神使の狐に何もかも全て癒やされていく、人間全肯定アニメ。優しい空間が覆いかぶさってくる、ある意味現代日本を象徴するような作品です。
もっとはしゃいでいいのじゃ!
雪です、豪雪です、北国じゃないのです。会社休みましょう!
……と思うのですが、大人って無理なんですよね。ここまでして仕事しなければいけないとは、本当に理不尽だ。分かっていても、結局休む人があんまりいないのが、日本の大人。
仙狐さんは中野のことを極度に甘やかします。しかし自堕落な人間を作りたいわけではありません。自分の経験と照らし合わせて「頑張りすぎでは?」という価値基準で語ります。今回の雪の件は、彼女基準での「行けるわけがないじゃろ」発言です。会社に寝泊まりするなんてもってのほか。
しかし今回は、それと同時に「一緒に遊びたい」という思いが芽生えていました。これは仙狐さんが二人の間で、やりたいことを言える関係が育っている表れです。
外に出たいと言い出したのは、仙狐さんでした。雪遊びを提案したのは、仙狐さんでした。彼女は嘘を一切つかないので、本音で「中野と雪を見て、一緒に遊びたかった」のでしょう。
雪の中佇む仙狐さんの、美しいこと……! 中野も見とれてしまう。もっとも「もふもふ」メインで見ているのが、中野らしいというかなんというか。
この美は、マンガの描写を見ていると、神の使いというよりは、妖精っぽい。雪回の仙狐さんは、今までになく子供っぽくて、テンションが高い。生き生きとした、明るい美しさです。
仙狐さん「800歳もはしゃいでおるのじゃ 歳なぞ気にするでない! つまらんことを申してないで わらわと遊ばんかの?」
名言だと思います。まあ現実世界には800歳の仙狐さんはいないですが、自分の思い込みで、いい大人だからとブレーキを踏むのは本当にもったいない。迷惑がかからないのであれば、もっとのびのびと自分の欲求を発散させていいじゃないか。
中野の会社の状況はそこまで描かれていないけれども、身体を壊しそうになるほどだったら、休めばいい。遊びたかったら、仙狐さんと遊べばいい。そこで「大人だから」という言い訳はいりません。
憂鬱だったはずの雪が、仙狐さんといると、こんなにも楽しくなる。
童心に帰った中野。心が開けて、仙狐さんにお願いをします。「しっぽで手を温めていただくというのは……」
さすがにこれには、仙狐さんも「困った大人じゃ」。歳が云々言うでないと言っておきつつも、彼のもふもふ欲求にだけは、戸惑ったり難を示したりするのが仙狐さん。
この「二人きりで、一歩踏み込んだ欲求を満たす・満たしてあげる」の関係が、次の夜空編で重要になってきます。ギャグに見えるやりとりも、全ては二人のコミュニケーションの成長の過程です。
もふもふはわらわだけで十分じゃ!
「一緒に暮らす生活」作品で、半ばタブーともいえるところに踏み込んだのが「第二十二尾」。男女の清廉潔白な幸せ生活を描く上で、問題になりがちなので、できる限りスルーされるところです。
中野と仙狐さんがいちゃいちゃ(もふもふのこと)していた時、突然やってきたのは仙狐の上司、夜空(そら)。今までこの作品にいなかった超スーパーダイナマイトボディの持ち主です。身長が小さいのでトランジスタグラマというべきか。
品を作ったポーズ、暴力的な身体のライン、きわどすぎる衣装。仙狐さんともシロともベクトル違いすぎます。これが長い年月を生きた神使……。
うぶな中野に、早速詰め寄る夜空。「もっとようけ見はります? ウチはかまいまへんけど」自分の魅力を分かっている迫り方だ。男の視線を理解している言動だ。もてあそんでいらっしゃる。
ここで、夜空は爆弾を1つ落とします。
夜空「お前さんがしてあげへんからやないの そっちのお世話も」「ウチやったら仙ではできひんコトも ぎょーさんしてあげられますよて」
衣食住を満たし、食欲睡眠欲をフォローできたら、もう残るは……。夜空は「そっち」とぼかしているのでここでは明言はできませんが、人間が誰しも抱える欲求なのだけは間違いありません。
仙狐さんは「そっち」の意味は理解しているようですが、あまり真剣に捉えたことはないようです。以前お風呂に一緒に入った時も、自分が女性の身体であっても、中野には見られてかまわないというか興味ないでしょ、という態度を取りました。中野に対して完全に安心しきって無防備です。
ただしここで「わっ わらわは別にかまわん……のじゃが……」と慌てているあたり、達観しているわけではないのも分かります。
この作品は、癒やしを究極まで突き詰める内容。であれば「そっち」は避けて通れません。今回問題を避けず正面から向き合っているからこそ、仙狐さんの「癒やし」は、信頼できる。はたして仙狐さんの選んだ道は?
中野は大のもふもふマニアなので、胸よりしっぽに目が行った様子。このへんが中野らしいというか。でもしっぽにとっさに手を出そうとした瞬間、仙狐さんに止められます。
仙狐さん「こやつの世話は もふもふはわらわだけで十分じゃ!!」
「そっち」という語が含むものは、言い換えれば「愛情表現のスキンシップ」ととることもできます。一対一の、オンリーワンの存在として、心を許して触れ合える関係を得る、ということ。
思えば、仙狐さんは中野にしっぽを触られるのを、そこまでよしとはしていません。彼の欲求だから、受け入れてあげる、という感覚です。二人きりの時、中野にしかしっぽは触らせていません。彼女の心と身体のデリケートなところだったのでしょう。
仙狐さんは自分の唯一の大切な場所を、中野に許した。二人のスキンシップとしては「そっち」は、ある形で満たされていたから、中野は不満がなかった。
このあたり、非常にバランスがうまいところです。仙狐さんいわく、自分は中野の母であり妻。だから「そっち」の意味も複数あります。それをよそがどうこう言うものじゃない、二人が満たし合っていれば、十分です。
妬いてなどおらぬわ!
でも、中野は欲にちょっと流されましたね……仙狐さんのしっぽがありながら、夜空のしっぽを触ろうとするとは! 許されない! といいたいところだけど……数本あったらまあ惹かれるのもしかたなし。
つい苛立ちを隠せなくなった仙狐さんに、「ヤキモチ焼いてます?」と聞く中野ときたら。今回ばかりは調子に乗りすぎだぞ!!!
とはいえ、これは大進歩です。1話の時、仙狐さんは「完全に受け止めてあげる神の使い」という立ち回りで、常に余裕を持っていました。それがもふりあう生活が続くうちに、中野が唯一無二の存在に変わっています。「わらわという狐がありながら またよそのもふもふにうつつを抜かしおって!」という発言、嫉妬と感じるのも無理はない。
しっぽを触らせているのはおぬしだけ、おぬしもわらわのしっぽで満足しろ、という旨の発言は、「神使と人間の関係」ではなく「個人と個人の関係」に発展したからこそ。
じゃあその関係に名前をつけたら? といわれると……難しい。二人の特別な関係がなんなのかは、もっと二人の関係を見て考えたいところです。
(たまごまご)
<前回までのお話>
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