解説
語り手は玄関の鍵を開け、部屋に入る時に灯りをつけています。
しかし「友人」が言うには、つい今しがた語り手のアパートに行った時、「鍵は開いてるし電気はつけっぱなし」だったそうです。
漫画の紙袋は部屋の中にあったのですから、「友人」が部屋を間違えたわけではないようです。
つまり、鍵をかけ忘れた部屋に入り、灯りをつけて物色していた「誰か」がいたのです。幸運にも「友人」は、直接ソレに出くわさずに済んだようですが。
そして、「友人」が帰った後に玄関には鍵がかけられ、窓にも鍵はかかっていたのですから、その「誰か」はおそらく今も……。
白樺香澄
ライター・編集者。在学中は推理小説研究会「ワセダミステリ・クラブ」に所属。クラブのことを恋人から「殺人集団」と呼ばれているが特に否定はしていない。怖がりだけど怖い話は好き。Twitter:@kasumishirakaba
安全圏が脅かされる恐怖
「つけておいたはずの部屋の灯りがお風呂から戻ってきたら消えてる」「閉めたはずのカーテンが朝になったら開いてた」「顔を洗ってたら流しっぱなしにしてた蛇口が閉まってる」などなど……日常のちょっとした違和感から、「ナニカが自分のすぐそばにいた」ことを気付かせてゾッとさせるという仕掛けは、「意味が分かるとこわい話」の王道ですね。
筆者は「恐怖」とは、「安全圏が脅かされることへの嫌悪」と言い換えられると思っています。「ここは安心」という主観的な線引きが踏み越えられる時に「恐怖」が生まれ、どうやって「踏み越えさせるか」に怪談を語る側のテクニックが問われるわけです。
映画「リング」が公開された時、小説を読んでいた人の方が怖がっていた――という話を聞いたことがあります。原作にない、あの貞子がテレビから這い出す場面は、まさに観客の線引きを映像的に「踏み越えた」名シーンだと言えるでしょう。
今回のような、「ナニカがそばにいたことに気づいていない」話型の怪談が「独り暮らしの自宅」を舞台に選ぶことが多いのは、「安全圏が脅かされる」恐怖を最も分かりやすく描けるからでしょう。「意味怖」ではありませんが、その意味で映画「呪怨」の「自分が寝ている掛布団の中からアイツが登場する」シーンは、「安全圏脅かし」史上最悪(最高)のアイディアだったと思います。お布団はいつだって私たちの味方のはずなのに……!
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