主人公は車掌少年×運転士少女 レトロフューチャーな異世界に心奪われる同人誌イラスト&マンガ『生業の島』:元司書みさきの同人誌レビューノート
9月18日まで大阪で個展を開催中。
毎日の熱帯夜から、やっと朝夕にふとした涼しさを少しだけ感じるようになりました。やわらかにかかった雲と日差しにほっとしながらも、日中はまだまだ暑さが戻りそうとの予報も。今回は晩夏が似合いそうな、不思議な創作イラスト、マンガの同人誌です。
今回紹介する同人誌
『生業の島』A5 24ページ 表紙・本文カラー
『生業の島2』A5 32ページ 表紙・本文カラー
著者:津城野葉太
個人所有の電車、運転士は少女……不思議な世界をイラストとマンガで
人々が行き交う町に路面電車が通っています。小さくて丸いフォルムの電車が通って行く光景。見たことあるようでないような乗り物や建物があるこの島では、個人所有の電車を走らせて生計を立てているのが珍しくない光景のようです。しかもそれを運行するのは中学生の少年少女。日常のようで、ちょっとふしぎな架空の島の様子がイラストとマンガで描かれていきます。
やさしいまなざし、くすんだ柔らかなノスタルジー
電車が駐車できるように1階がくりぬかれた建物、商店のぎりぎりまで近づいている停留所、ビルの階段の踊り場や窓の人影など、こまごまと描きこまれたイラストは鮮やかだけれどくすんだ色身で統一感がすてきです。一方マンガはシンプルにモノクロで、けれどくるんとした目のキャラクターたちは愛らしく彼ら、彼女らの生活の中で楽しそう! カラーイラスト、マンガのどちらも丸さ、丸みがあり、レトロなムードをますますやさしくしています。
空想の世界とはいえ、子どもたちが働いているこの島は物語の中でも特殊な環境らしいのですが、登場人物はどの子も自分の手で電車を動かしているのを当たり前にとらえているようです。少し変わっているけれど、島の人たちはそれを日常に、地に足をつけて暮らしている……そんな様子がコミカルなテンポのマンガでも、細部まで丁寧に描かれたイラストでも伝わります。
セピアな明るさで続く物語
『生業の島』ではその名の通り、彼らの生業(なりわい)のベースが物語の中心ですが、『生業の島2』ではかつて栄えた“遺跡”がそばにあったり、特殊能力が扱えるエピソードがあったりと、物語はもう一歩奥に入っていきます。『生業の島2』が電車の衝突という、いつもと違うハプニングから始まっているのもそれを明示するように、物語の行く先は気配は少しばかり不穏な匂いものするのです。
けれど、意味深な暗さをまとわせすぎず、彼と彼女たちにはいつもほんわかした明るさがついています。登場人物の姿が半袖だからでしょうか、それは残暑の夕暮れを思わせます。青く、けれど深い空と、明日へ続いてく夕焼けのような……。
作者さんは現在作品展を開催中とのことです。不思議で丸くてセピアな世界、展示もご本も、この季節によくお似合いのように思います。
今週の余談
気になる作品や好きな作家さんの展示やイベントに……お出かけの計画が立てられるの、うれしいですね。
みさき紹介文
公共図書館、専門図書館に勤務していた元司書。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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