事後分析:「ワンダと巨像」における情緒的キャラクターコントロールGame Developers Conference 2006(1/2 ページ)

「ワンダの巨像」(英題:「Shadow of the Colossus」)の開発チームは、本作を形成するゲームデザインの特徴を挙げ、それに伴い開発現場でどのような作業分担が行われたのかをGDC 2006においてセッションを行った。開発者の視点から哲学的かつ感覚的に取り組んだ経緯を振り返る。

» 2006年03月24日 07時26分 公開
[加藤亘,ITmedia]

プログラマーとしての存在理由を知る

 「ワンダと巨像」が「Game Developers Choice Awards」で5冠制覇した同日の現地時間22日、米国サンノゼで開催されているゲーム開発者を対象とした「Game Developers Conference 2006」(以下、GDC 2006)にて、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)より発売済みのプレイステーション 2用ソフト「ワンダと巨像」の開発チームによるパネルディスカッションが行われた。

 このセッションでは、「ICO」を開発したチームが本作を製作するにあたって特徴的だったと思われる状況を事後分析ものであり、リードプログラマーの杉山一氏とリードゲームデザイナーの細野純一氏、そしてアニメーターの田中政伸氏と福山敦子氏が登壇。本作プロデューサーの海道賢仁氏とディレクターの上田文人氏に見守られながらのパネルディスカッションが展開された。

 「ワンダと巨像」といえば、独特で絶妙なバランスで構築された世界観を背景に、さまざまな技術的挑戦が施された意欲作。キャラクターと16体の巨像にまつわる技術的挑戦は、簡単に見えてアート、キャラクター、そして衝突システムの開発と、見た目ほど簡単なものではなかったと語る。今回はそれらの開発事例を挙げての哲学的アプローチを試みるとのこと。開発に携わることで、どのように開発環境が変化し、独自なものへと構築されていったのか、それがどのように自分の分野に影響を与えたのかが挙げられた。

プログラマーの杉山 一氏
右から、ソニー・コンピュータエンタテインメントのリードゲームデザイナー細野淳一氏、アニメーターの田中政伸氏と福山敦子氏

 冒頭、杉山氏は過去数タイトル担当してきた中でも、本作は特殊な制作環境にあったと切り出す。それというのも表現の質の追求が、極めて優先順位が高いというのだ。通常、コスト面から切り捨てられるであろう箇所でも容認してくれる開発環境――。杉山氏がこの開発チームにいる存在理由を嫌がおうにも考えさせられる挑戦が、ふんだんに組み込まれているのだとか。通常は既存のシステムを活用するものを、本作チームはあえて使わないスタンスを選択する。それらの挑戦はプログラマーとしてのモチベーションを上げさせるひとつの要因になっていたと振り返る。

 杉山氏自身、具体的に例を挙げ、“変形コリジョン”においての事例を説明する。これは、動いている巨像に登るために開発されたシステムなのだが、このような本来ならばプログラマーが嫌がる面倒なことでも、それを処理することができれば自分のアドバンテージにつながるのではないかと考えられたそうだ。こう考えることでプログラマーおよびプログラマー以外の能力や引き出しが必要とされ、成功した時にはチームとしての存在意義と成り得るのだと思うようになったのだとか。それは「ICO」で言うところの“手つなぎ”やヒロインの“AI制御”でも同様だったとのこと。

 こういった考え方は、プログラマー以外のセクションにも適用されていた。プログラマーが“ある”システムを作ったとしても、クオリティーアップのためにゲームデザイナーやアニメーターに託される場面も多々あったと明かす。クオリティーアップに関わることをパラメーター化する――つまり、データコントロールをプログラマーの以外のところに置くことで、作品のクオリティーアップが循環していったというのだ。その際、ディレクターもゲーム上、不自然なものを排除(クオリティーアップ)しようと積極的に追求していったのは言うまでもない。

 これは、以下の6つのキャラクター制御に関する例で説明すると理解できる。

  • 1:大型キャラクターのモーション制御
  • 2:マルチレイヤーのモーション再生
  • 3:キャラクターの地形適合
  • 4:足のすべりの解決
  • 5:大型キャラクターの移動到達性の確保
  • 6:モーションとダイナミックスの融合

 どのようにモーションのデータをつなぎ、操作性と美しく再生できるかを両立させること。本作チームでは概ね、これらの仕事はアニメーターやゲームデザイナーのものとなっている。プログラマーは、必要な“制御の命令”、“制御のパターン”、“制御の禁止フレーム”、“制御の互換フレーム”の指定ができる環境を構築できれば、あとは極力関与しない状況にしていたそうだ。杉山氏は、上記の1つ目に挙げた「大型キャラクターのモーション制御」にそれは顕著に現れていると話し出す。

 プレーヤーのリアクションのダイナミックス計算というのは、ほぼアニメーターが手でつけた巨像に対するリアクションだった。実はこれが非常に困る状況に陥る要因となるらしい。アニメーターは、得てして物理法則どおりにアニメーションをつけないことがあるからだ。

 動きを印象的にしようとするのが仕事のため当然とも言えるが、このような状況で挙動を違和感なく見せるには、アニメーターやゲームデザイナーに早い段階ですべてを委ねる必要がある。とはいえ、プレーヤーにとって床となる巨像が、異常な速度や急加速をしないよう、最低限プログラマーからの注意を受けてのこと。

 2つ目の「マルチレイヤーのモーション再生」においても、巨像の動きや馬の挙動に合わせて体重移動する(主人公はこれらの挙動に12レイヤーを必要としていた)処理は、アニメーターやゲームデザイナーの仕事となった。このような取り組みは随所に見られるようになっていく。

6つ目の「モーションとダイナミックスの融合」の説明では、ワンダが巨像の背中につかまり振り落とされそうになる場面での、キャラクターの挙動について言及。身体を複数個つながった振り子と見立ててシミュレーションを行い、その上に適切なタイミングでマルチレイヤーのモーションを再生している。簡単に見えて試行錯誤を繰り返してあの世界観は産まれていったのだ

 2〜4足歩行のキャラクターが複雑な地形に置かれた際、どのような姿勢をするかという「キャラクターの地形適合」も、アニメーターに姿勢をアレンジしてもらうよう、比較的数字に強い人間に計算式を入れてもらい実現した。ある特定の場所に置かれたキャラクターが、どのような姿勢になればいいかを知っているのは、プログラマーではなくアニメーターだろうという考えからだ。これは巨像の足のすべりにも適用されており、アニメーターからの情報で算出している。小さいキャラならばそれでも問題はなかったのだが、本作では巨像が画面いっぱいに登場するゲームのため、複雑な処理をアニメーターへお願いすることになったのだそうだ。

 巨大ゆえの問題はこれだけではない。巨像が極めて小さい台に足をかける行動を成立させるために、かなり面倒な巨像をその場所へ導く方程式を解いてあげて、そこへ数字を入れてこみ解決せざるを得なかったと明かす。それくらいアニメーターの作った素材とゲーム性の両立を大事にしたのだ。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/14/news189.jpg 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  2. /nl/articles/2411/14/news014.jpg ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. /nl/articles/2411/14/news187.jpg 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  4. /nl/articles/2411/14/news167.jpg 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  5. /nl/articles/2411/15/news016.jpg 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  6. /nl/articles/2411/13/news176.jpg 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  7. /nl/articles/2411/15/news009.jpg 高2のとき、留学先のクラスで出会った2人が結婚し…… 米国人夫から日本人妻への「最高すぎる」サプライズが70万再生 「いいね100回くらい押したい」
  8. /nl/articles/2411/15/news058.jpg 「腹筋捩じ切れましたwww」 夫が塗った“ピカチュウの絵”が……? 大爆笑の違和感に「うちの子も同じ事してたw」
  9. /nl/articles/2411/14/news023.jpg “膝まで伸びた草ボーボーの庭”をプロが手入れしたら…… 現れた“まさかの光景”に「誰が想像しただろう」「草刈機の魔法使いだ」と称賛の声
  10. /nl/articles/2208/06/news075.jpg 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
先週の総合アクセスTOP10
  1. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  2. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  3. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  4. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」
  5. イモト、突然「今日まさかの納車です」と“圧倒的人気車”を購入 こだわりのオプションも披露し光岡自動車からの乗り換えを明かす
  6. 「この動画お蔵かも」 親子デートの辻希美、“食事中のマナー”に集中砲火で猛省……16歳長女が説教「自分がやられたらどう思うか」
  7. 老けて見える25歳男性を評判の理容師がカットしたら…… 別人級の変身と若返りが3700万再生「ベストオブベストの変貌」「めちゃハンサム」【米】
  8. 「ガチでレア品」 祖父が所持するSuica、ペンギンの向きをよく見ると……? 懐かしくて貴重な1枚に「すげえええ」「鉄道好きなら超欲しい」と興奮の声
  9. 「デコピンの写真ください」→ドジャースが無言の“神対応” 「真美子さんに抱っこされてる」「かわいすぎ」
  10. 「天才」 グレーとホワイトの毛糸をひたすら編んでいくと…… でっかいあのキャラクター完成に「すごい」「編み図をシェアして」【海外】
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた