わたしは暴れん坊ガキでした――松本零士トークショー全掲載:ニコニコ超会議(3/5 ページ)
向谷 でも、貨車に乗るってのもすごいですね。
松本 貨車に乗って、ジャガイモと一緒に寝っ転がって。
向谷 ほかの高校生も乗ってるわけですか。
松本 それで日光まで行きましてね。というのはその当時の国の感じから言うと、男子は東京に出てくることがあるかもしれないけど、女子は九州から生涯出ることがないかもしれない。だからなるべく遠くへ、スケジュールは激しくなるけど行かせるということで行ったわけです。わたしは二重橋、皇居前に行ったときに、いまは二重橋のたもとに交番がありますよね。交番の後ろに柳の木だかなんだかがありますよね。で、それを毎朝、「俺は必ず来るぞ、必ず来るぞ」となでて叩いて、誓いを立てて帰ったんです。ですから24時間かけて東京に来たら、夕方来たらまず皇居前行ってその木をなでて「ほら来たぞ、と。その前が出版社ですから。で、つい2、3年前もその木をなでたくて行ったら、いまはそこは、足場が組んであって中には入れなくなってる。交番のおまわりさんに言ったんですよ。こうこうこういう理由があって触りたいと。そしたらもう遠慮なくやってくれ、と。触らせてもらえました。「まだ俺は元気だよ、がんばってるよ」と。
向谷 へー、東京の、二重橋の。
松本 二重橋で誓いを立てて帰ったんです。だから自分にとってはいい思い出。で本郷3丁目。地下鉄の駅の後ろ側の下宿で5、6年がんばって。学生下宿が、回りにもう150軒くらいあったんですよ。下宿ばっかりですよ。正門前、赤門前。というのは地理的に非常に具合がいいんですよ。六大学や、美大、芸大、女子大も全部近くにある。もう、男女ごちゃ混ぜの大下宿街ですからもう楽しい。本郷3丁目からお茶の水に降りていって神田、銀座まで歩けるわけです。左に行けば上野、右に行けば後楽園、みたいでしょ。ですから非常に具合がいい。地下鉄も、その当時は池袋から西銀座(注:現銀座駅)までが開通してた。その地下鉄の駅の真後ろに住んでますからね。非常に具合がよかったです。その代わり、当時の学生はですね。わたしだけじゃないですからあえて言いますけど、7、8カ月風呂に入らないんです。
向谷 (苦笑)
松本 男子たるものはね、当たり前なの。だからインキンタムシが蔓延してる。みんな股ぐらがかゆいの。背中まで血だらけになった奴がいる。
向谷 風呂に入らないから(苦笑)
松本 接触感染でしょ、これ。だから1人かかると下宿中に、隣の人、隣の人と広がって。みんな股ぐらから来るから言えないんですよ。人にね。自分がタムシだという。それでね、あれは取っ手を握っても、水道の蛇口でもひねったら、触ると移ってしまう。女性には移らないんですよ。女子学生には。なぜかというと風呂に頻繁に入るから。それで、ある日新聞を見ていたら、「白癬菌。俗にタムシという」と出たんですね。それで「ああ、そうか」というので東大前の薬局に行って。学名なら言える、と。それで「白癬菌の薬をください」と、それまでどうやっても言えなくて、メンソレータムやらいろんなのを買ってのたうち回っていたんだけど、白癬菌の薬をください、と学名なら言えるってんで大声で言ったら「おお、お前もタムシか」って(笑)。「言えば直るんだよ言えば」。一晩でかゆくなくなったです。それで「男おいどん」という漫画を描いたときに、悩める同士を助けようというので、薬のビンまで全部描いて載せたんです。したら大勢から手紙をもらいまして。「俺の人生は明るくなった」。それから女性からは「わたしの彼が急に明るくなりました。なぜかといったらあなたのマンガのせいでした。ありがとう」なんて。段ボールにね、5、6箱積み重ねても余るほどね。中には「俺はいま真っ最中だ」というね。真っ最中なら(手紙を)触ったらえらいことになるんだけど、わたしはもう薬を持ってますから平気なんです。そういう手紙が来て。このインキンタムシがわたしを助けてくれた。「男おいどん」。それからもう1つ、マンガを描く前にですね、「面白いマンガを描こう」。これだけではダメなんです。なんのためにこれを描くかという。共感を持ってもらえる、目的意識がはっきりしていないと、創作は成り立たない。目的意識。俺もそうだ、と。それは他の人の作品や小説を読んでいても分かりますね。俺もそうだったと。それに目覚めさせてくれたのがインキンタムシ。だから、下宿の、8カ月風呂に入らなかったインキンタムシが、わたしの生涯を助けてくれた。ですから(宇宙戦艦)ヤマトの森雪、実はその時に手紙をくれた、女子大生の1人です。森木深雪さん。きれいなお名前ですが、その人の名前をいただいて、真ん中を消して“森雪”。古代進も、あれは“進”はわたしの弟の名前ですが。ですから全部、わたしの友人たちと、今でもそうですけど、出てくる人は全部、わたしの知り合いなんです。友達や先輩後輩含めて、全部、実際の人物の、その似顔を描いてる。だからヘッチというキャラクターを描いてますけど、これは高校の時の国語の先生で、瓜生先生。瓜がヘチマとなり、ヘチマがヘチになる。佐渡酒蔵(注:“さどさかぞう”と松本氏は呼んだ)は、わたしの所でアシスタントをしてくれた、佐渡島出身の大酒飲みの少年で、酒さえ飲ましておけば黙々と働くんです。だからいつも酒瓶置いておくとだまーって徹夜、何日でも平気なんです。で、佐渡酒蔵というあだ名にした。そういう風に、名前には全部いわれがある。わたしは「松本晟(まつもとあきら)」というのが本名ですが、誰も本名を読めないんです。日の下に成という字ですから、“しげる”になったりしたので(“あきら”と)開いたんです。ただ迫力に欠けるんですね。それでペンネームを付けようと。そこで“終わりなき侍”というんで“零”という、ゼロという字は終わりがないんです。終わりなき侍、ということで“零士”に入れ替えた。そういうわけです。
向谷 なるほど。わたしは名前が「実」というんで、将来可能性があれば使っていただければ。ないですか(苦笑)。
松本 “実”というのは、非常に末永く、なんかこう、未来がある名前ですよね。漫画の“漫”という字は、皆さんどういう意味だかご存じですか? あれにはおもしろおかしいという意味はなにもない。ギャグ的な、漫画、漫才というコミカルな要素は何もないんです。さんずいでしょ。みずみずしく、水ですね。また日のごとき、横倒しになってる四は“目”なんです。みずみずしくまた、日のごとく暖かい目、という意味なんです。で、描く“画”。これが漫画なんです。北斎が付けた「北斎漫画」。そこにはおもしろおかしいという意味じゃないんです。若者の目で描いた絵だ、若者が描いた絵だという。そしたら“諸国漫遊記”の意味も変わってくる。漫遊記というのは遊びたわむれて、おっちょこちょいな旅をするんじゃなくて、若い目で見聞を広めながら、学習をしながらする旅が“漫遊記”。ですから“漫”という字は、若々しい、若者の瞳という意味なんです。いま、カタカナで“マンガ”と書いたりしますよね。わたしは少しイヤなんです。漢字の“漫画”の方が好きなんです。それは若者の瞳という意味だから。北斎漫画全17巻、わたしは全巻古本屋で買って持っております。当時の。その中に“戯画”という“戯れ言の絵”、「鳥獣戯画」ですね。ですけど北斎漫画以降は“漫画”となってる。それがいつか漫画、漫才と混ざって、コミカルなお笑いになっちゃった。でもお笑いの意味はありません。もう一度言います。“漫”という字は若者の瞳、若者のみずみずしい目という、瞳という、そういう意味なんです。
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