ふと空を見上げたくなる 国内初の“相乗り”人工衛星「じんだい」、その開発経緯に迫った同人誌司書メイドの同人誌レビューノート

当時の開発者への取材が実を結ぶ。

» 2017年07月09日 12時00分 公開
[シャッツキステねとらぼ]
シャッツキステ

 今年は星に願いをかけられましたか? 雨続きではありますが、織姫と彦星の伝説を耳にして、ふと空を見上げる時期ですね。夜空を眺めていると、ちかちか光ってゆっくり動くものを発見して、「未確認飛行物体!?」とわくわくしたり……しませんでしたか? 小さなころ、あの光は人工衛星かもしれないよ、と答えを教えてもらっても、わくわくは消えなかったものです。人工衛星! 人の力で生まれたものが、遠い星と同じように宇宙でまたたいているなんて、やっぱり胸躍る出来事ですよね。

今回紹介する同人誌

「MABES『じんだい』―日本初・相乗り衛星の軌跡―」 B5 50ページ 表紙カラー・本文モノクロ

著者:金木犀、ケドルスキー


同人誌「MABES『じんだい』―日本初・相乗り衛星の軌跡―」 これが30年前に宇宙へ飛び出した「じんだい」です

30年前、初めての“相乗り衛星”が生まれた!

 1986年夏、H1と名付けられたロケットが、測地実験衛星「あじさい」を積んで、種子島宇宙センターから打ち上げられました。間違いなく日本のロケットです……が、そのころ、ロケット開発はまだ外国製の部品に頼らなければならなかった時代だったそうです。しかし、このH1はさまざまな新開発により純日本製でロケットが飛ばせるようになるかもとの期待を背負って制作され、無事に発射成功! 全てが国産ではないものの、「ロケット純国産化へ一歩前進」「国産初の新液体燃料」と新聞でも大きく取り上げられます。そんな1986年のロケット、実は“純国産”以外にも、“初めて”の大役を担っていたのです。

 それは本来の目的である「あじさい」以外の人工衛星も、一緒に宇宙に連れて行ってあげること。あ、それ、聞いたことあります。ロケットの余ったスペースがもったいないので、空いているところに、他の人工衛星も乗せていってあげるんですよね。そうか、日本ではこの1986年が相乗り制度の始まった年なんですね。

 ロケットの打ち上げに相乗りするひとはいませんか? と募集され、決まったのはアマチュア無線中継を目的とする「ふじ」と、この本の主人公、磁気軸受フライホイール実験衛星Magnetic Bearing Flywheel Experimental System、略してMABES(メイビス)。お名前は「じんだい」です。

同人誌「MABES『じんだい』―日本初・相乗り衛星の軌跡―」 謎の「金色の四角い箱」とされていた「じんだい」の詳細が明らかに……!

地道な解説を可能にしたのは、なんと当時の開発者さんへの直接アタックだった

 この本では当時、人工衛星が宇宙で安定した動きをするために、磁気軸受フライホイールの開発が重要だったこと、そのなかでどうやって「じんだい」が作られたのか、ということが技術面からきっちりと語られます。

 丁寧に経過を追い、細やかな当時の状況もフォローできるのは、なんと当時の開発者さんに直接取材をされているから! おおお! 30年前の開発者さんですよ!? いままで大切に資料を保存されていた開発者さんもすごいし、これまでの発表された本や論文をたどり、開発者さんのお話も聞くという、本当に地道な取り組みで30年前をよみがえらせた制作者さんもすごい!

 本では本当に、こつこつと「じんだい」のことがまとめられていて、どのくらい丁寧かというと、理工学にものすっごく疎い私ですら、「あ、なるほど! こういう時代背景と目的があって作られたんだ」「じんだいは、こんな役目を背負っていたんですね」と、分かったような気になるほどです。

同人誌「MABES『じんだい』―日本初・相乗り衛星の軌跡―」 当時の時代感、開発の様子など、それはそれは丁寧に語られています

幻の衛星?「じんだい」の名は……

 でも、本によると「じんだい」の痕跡(こんせき)は意外にも少なく、「じんだい」という名前すら非公式とされているとか。そうなのですか……こんなにもがんばったのに……、といつの間にか「じんだい」が気になってきてしまった私。司書の力を発揮して当時の新聞記事を探してみました。

 すると、確かに「あじさい」と「ふじ」の名前は、各紙のあちこちで見られるのですが、「じんだい」の名前が載っている新聞は一つも発見できません。うう……“磁気軸受フライホイール実験装置”と書いてあるのが精いっぱいかしら……と、さみしく思い始めたそのとき、見つけました。読売新聞1986年8月13日の夕刊に「磁気軸受フライホイール(実験装置)(メイビス)」の文字! ああ、メイビスって書いてある! わーいわーい! 「じんだい」ではなくて少し残念ですが、当時の人たちにもちゃんと、相乗りで初めて宇宙に飛び出した「メイビス」という人工衛星があったって知らせてありましたよー。と、読んでいるうちに、すっかり「じんだい」に愛着をもってしまいました。

 「じんだい」の実験は3日間を予定され、無事に3日間を終えると、そのまま眠りについて……「じんだい」は実は今でも地球の周りをまわっているのだそうです。30年たって、純国産ロケットが空を飛ぶようになっても、私たちはやっぱりわくわくと宇宙へ憧れの眼差(まなざ)しを向けています。本を読んだ後は、あの厚い雲の先に、いまも「じんだい」が漂っているのかな、と空を見上げました。

同人誌「MABES『じんだい』―日本初・相乗り衛星の軌跡―」 「じんだい」のことが今でもたどれる場所や年表、参考資料一覧など充実の情報源です

サークル情報

サークル名:液酸/液水

Webサイト:文系宇宙工学研究所

次のイベント参加予定:コミックマーケット92 土曜日 東地区“ペ”ブロック−56a

購入場所:COMIC ZIN

試し読み:薄い本プロジェクト(ニコニコ静画)


今週のシャッツキステ

シャッツキステ 館内の灯りが増えました。飾り格子からこぼれる光はきらきらしていて、星に手が届きそう!?

著者紹介

司書メイド ミソノ 司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る

関連キーワード

同人誌 | ロケット | 宇宙 | 衛星 | 開発者 | 日本初 | 打ち上げ


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2501/13/news021.jpg 母「昔は何十人もの男性の誘いを断った」→娘は疑っていたが…… 当時の“モテ必至の姿”が1170万再生「なんてこった!」【海外】
  2. /nl/articles/2501/14/news135.jpg ディズニーランド、新イベント前に「強制退園」対応が話題 「これくらい厳しい方がいい」などさまざまな意見
  3. /nl/articles/2501/14/news090.jpg “今日好き出演”辻希美の長女・希空、6人の男子の中で“気になる人”明かす「かっこいい」 しかし相手は……
  4. /nl/articles/2501/13/news013.jpg 夫婦でプラダンの二重窓をDIYしたら…… 予想以上の断熱効果に驚き「す、す、すっごい! 一番分かり易くて、可愛いくて、何より簡単そう」
  5. /nl/articles/2501/13/news039.jpg 長編みの輪っかを作り、ひたすらまっすぐ編み続けたら…… 完成した“冬のおしゃれアイテム”に「すごーい!」「作ってみます」
  6. /nl/articles/2501/14/news029.jpg 「すごっ!!」 手縫いの最中で糸が足りなくなったら…… “もっと早く知りたかった”裁縫ハックが100万再生「これはありがたい」
  7. /nl/articles/2501/14/news115.jpg 「ハライチ」岩井勇気の18年下の妻、成人式に出席 「今日嫁の成人式で」と報告 前撮りで晴れ着姿も
  8. /nl/articles/2501/14/news072.jpg 囲碁教室の看板が「不覚にも爆笑」「こんなんずるいやろ…」と420万表示 「囲碁、始めてみませんか?」からの……
  9. /nl/articles/2501/14/news116.jpg 「お菓子作りはピカイチだけど」 辻希美の17歳長女・希空、“全くできないこと”が明らかに……危うい腕前に母「マジで怖い」「シャシャとできる日は来る」
  10. /nl/articles/2501/13/news023.jpg 「こんなのいるんだ〜」 沖縄の山奥にある“人工池”で釣りをしたら…… “まさかの結果”にびっくり仰天「ロマンしかない」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 母「昔は何十人もの男性の誘いを断った」→娘は疑っていたが…… 当時の“モテ必至の姿”が1170万再生「なんてこった!」【海外】
  2. 「大根は全部冷凍してください」 “多くの人が知らない”画期的な保存方法に「これから躊躇なく買えます」「これで腐らせずに済む」
  3. 浜崎あゆみ、息子2人チラリの朝食風景を公開 食卓に並ぶ“国民的キャラクター”のメニューが意外
  4. 「こんなおばあちゃん憧れ」 80代女性が1週間分の晩ご飯を作り置き “まねしたくなるレシピ”に感嘆「同じものを繰り返していたので助かる」
  5. 中2長女“書店で好きなだけ本を買う権”を行使した結果…… “驚愕のレシート”が1300万表示「大物になるぞ!!」「これやってみよう」
  6. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”の家族に反響 ジュノンボーイの幼少期が香取慎吾似?【コンテスト特集2024】
  7. 大好きなお母さんが他界し、実家でひとり暮らしする猫 その日常に「涙が溢れてくる……」「温かい気持ちになりました」
  8. 「やばすぎ」 ブックオフに10万円で売られていた“衝撃の商品”に仰天 「これもう文化財」「お宝すぎる」 投稿者に発見時の気持ちを聞いた
  9. 「こんなおばあちゃんになりたい」 1人暮らしの93歳が作る“かんたん夕食”がすごい! 「憧れます」「見習わないといけませんね」
  10. 【今日の難読漢字】「碑」←何と読む?
先月の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. パパに抱っこされている娘→11年後…… 同じ場所&ポーズで撮影した“現在の姿”が「泣ける」「すてき」と反響
  3. 東京美容外科、“不適切投稿”した院長の「解任」を発表 「組織体制の強化に努めてまいる所存」
  4. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  5. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  6. イモトアヤコ、購入した“圧倒的人気車”が思わぬ勘違いを招く スーパーで「後ろから警備員さんが」
  7. 「何があった」 絵師が“大学4年間の成長過程”公開→たどり着いた“まさかの境地”に「ぶっ飛ばしてて草」
  8. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  9. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  10. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」