錯覚を起こす人間の脳は「バカじゃない」 “意地悪な立体”を作り続ける錯視研究者・杉原教授が語る「目に見える物の不確かさ」(1/4 ページ)

「ロボットの目」から始まった、「人間の目」の不思議。

» 2018年02月10日 12時00分 公開
[杉本吏ねとらぼ]
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 鏡の前に置いた物が、鏡の向こうではなぜか形を変えたり、消えたりする。坂道を転がり落ちるはずのボールが、逆にコロコロと坂を上っていく。

鏡の向こうでは、角柱が円柱になる「変身立体」
ガレージの屋根の形が変化
立体の一部が消えてしまう「透身立体」

 目を疑うような「不可能立体」を次々に作り出すのは、明治大学で「錯覚/錯視」を研究する杉原厚吉教授だ。発表した作品は国際的な錯覚コンテストの上位に入賞し、過去には「錯覚美術館」や科学未来館の展示なども手掛けてきた。

 杉原教授が錯覚の研究を始めたきっかけは、「ロボットの目」にあるという。プログラムが導き出した、ある意外な「解」――そこから始まった30年以上にわたる研究から見えてきたのは、人間にとって“意地悪な立体”の存在と、それをコントロールすることの意味だった。(聞き手:杉本吏)

杉原厚吉

明治大学 研究・知財戦略機構 先端数理科学インスティテュート 特任教授、工学博士

1948年、岐阜県生まれ。

東京大学工学部、同大学院を卒業後、電子技術総合研究所、名古屋大学、東京大学などを経て現職。専門は数理工学。1980年頃から錯覚の研究を始め、近年は「不可能立体」の研究に取り組む。



コンピュータが出した意外な「答え」


――錯覚の研究を始めたきっかけを教えてください。

杉原教授: 大学院を出て最初に就職したのが、通産省(現在の経産省)付属の電子技術総合研究所でした。そこで「ロボットの目」を開発する研究グループに配属されたんです。

――ロボットの目……というと?

 ロボット自身にとっての目というのは、つまりカメラのことですね。当時のロボットというのは、産業の現場で組み立て作業をするようなアームだけのものが主流で、そのアームに目を付けると機能が向上するのではないかと。

 カメラで撮った画像を処理して、何が映っているかというのを認識する計算を開発していました。当時通産省が「パターン認識大型プロジェクト」というのをやっていて、その一環です。

 パターン認識というのは、人間の脳での情報処理をいろいろな側面でまねしよう、というもので、音声認識、文字認識、図形処理とか。その中に立体の奥行きを研究する、今でいうと「コンピュータビジョン」という分野もあって、その研究をしていたんです。

――最初は人間ではなくロボットの研究をしていたと。それはいつ頃の話ですか?

 自分のプログラムを開発して完成させたのが1980年前後ですね。「人が描いたスケッチ画から立体を読みとる」というプログラムを作りました。工業用図面とか、鳥瞰図とか、そういうデザイナーが平面に線だけで描いたような絵を見せて、それを立体化するというプログラムです。

 そこで、自分の作ったプログラムの性能を確かめるために、いろんな絵をコンピュータに見せて、立体として認識するか確認していまして。あるときエッシャーが描くような「だまし絵」――「不可能立体」と呼ばれる絵を見せてみたんですよ。


だまし絵(不可能立体)の例

 不可能立体の絵なので、当然「そんな立体はない」とコンピュータが答えるのを期待していたら、そうではなくて、ちゃんと作れる立体として認識してしまって……。「人間の目には作れそうにないものが、実はコンピュータでは作れる」というそのギャップから、「なぜ人間は作れそうにないと思うのか?」という方向に興味が広がっていったんです。

見えている世界の違い

――それは「コンピュータがおかしかった」のか、それとも「われわれが考えていた不可能立体がそもそも不可能ではなかった」のか、どちらなのでしょう?

 (コンピュータと人とで)想定する世界が違う、ということだと思います。

 立体をどこかから見て、画面に投影して二次元の図形にすると、奥行きの情報が抜けてしまいますよね。ある二次元の絵から、それと同じように見える立体を復元しようとすると、答えは1つではなくて、無限の可能性がある。奥行きの部分に自由度がありますから。

 絵を見たときに、コンピュータは方程式を立てて立体を探すので、すべての可能性を列挙できるのですが、人間はすべての可能性には思い至らなくて、特定のものを思い浮かべてしまう。その特定のものというのが実際には作れないものだと、人間は「その絵は間違っている」と思ってしまうのです。

――人間の認識では抜け落ちてしまう部分があるということですね。

 はい。でもそれは人間の脳が不備だということではなくて、たぶん生きていく上で、その方が人間にとっては都合がいいから、そうなっているんだと思います。

 例えば網膜に映ったある画像を見て、「この目の前の立体はどうなっているのか」と調べるときに、いろんな可能性があるというのを全部チェックしていたら、時間ばかりかかって仕方ないですよね。自分が一歩進んだときに、物にぶつかるかどうかの判断ができなくなってしまいます。

 たぶん「もっともらしい形」を決め打ちで人間は認識してしまうんだと思うんですね。やはり「最もありそうなもの」を脳が思い浮かべるので、そこに変な、意地悪な立体を見せると……。

――「意地悪な立体」! しかし、「最もありそうなもの」を一瞬で判断する人間の脳は、ある意味では優秀だとも言えるでしょうか。

 そうですね。錯覚を起こす脳はバカだ、というのは言いすぎと言うか、脳にちょっと失礼かな、という気がしますね(笑)。

――過去に取材したコンピュータ将棋ソフトの開発者の方なども、人間は「枝刈り能力」(※)が特に優れている、と言っていました。

 網膜から立体を読み取るときも、きっとそれですね。あらゆる可能性の中から、最もありそうな形に瞬時に絞り込んでいる。生きていく上ではそれが役に立っているんです。

※多数の選択肢の中から優先度の低いものをふるい落とす能力のこと。コンピュータソフトはすべての手をしらみつぶしに読むが、人間のプロ棋士は瞬時に有力な選択肢を3つくらいに絞り込める。ただし、時にはそうして切り捨ててしまった中に良い手が含まれていることもある。

名人に勝ったコンピュータ将棋ソフト「Ponanza」開発者の山本一成さん
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