朝ドラのような読後感 和菓子が一人一人の人間ドラマに寄り添うマンガ『であいもん』
「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」第92回。社主が中学生の頃から好きなガンガン出身作家・浅野りん先生の最新作を紹介。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
季節はもうすっかり春ということで、先日桜餅を買いにデパートに出かけたところ、桜の葉と薄い生地で餡を巻いた、生春巻きみたいな和菓子に「さくらもち」と書いてあって、思わず我が目を疑いました。そしてその横には、粒々したピンクの餅の中に餡が入ったものを桜の葉で巻いた、子どもの頃から食べてきたいつもの桜餅。
実はこれ、「桜餅東西食べ比べ」という催しで、生春巻きっぽい桜餅は関東風とのこと。関西人として、桜餅=丸い餅だと信じてきただけに、同じ桜餅でここまで違うとは驚きでした。
和菓子を通じて季節を知り、また和菓子を通じて気持ちを分かち合う――。今回はそんな和菓子と共にする人たちの温かいドラマを描いたマンガをご紹介します。『ヤングエース』(KADOKAWA)にて連載中、浅野りん先生の『であいもん』(〜4巻、以下続刊)です。
一人一人のドラマと、寄り添う「和菓子」
細々と続けてきたバンド活動が解散。さらに父の入院を知らされ、10年ぶりに東京から京都に戻った納野和(いりの・なごむ)は、帰郷を機に実家の和菓子屋「御菓子司・緑松」を継ごうと決意します。しかし、やる気を見せる和を尻目に、父は緑松に既に別の跡継ぎがいることを告げます。
「この子がうちの跡継ぎや」
雪平一果。1年前の冬、父親に連れられて緑松にやってきた10歳の彼女ですが、その父親は翌日「この子を頼みます」という置き手紙を残して失踪。以来、彼女は居候として店の仕事を手伝うようになりました。幼いながら、今では看板娘としてしっかりと働く一果。実家を飛び出したきり、ろくに連絡もよこさなかった和とは大違いです。そこで和は母から跡継ぎではなく修業の身として、また一果の父親代わりとして接するよう言いつけられます。
けれど、両親に見捨てられたツラい経験からか、責任感が強い一果は人に頼ろうとせず、自分とはまるで反対でお調子者の和に対しては、父親代わりどころか、笑顔すら見せない塩対応。和が「今度の休みにひらパー(著者注:ひらかたパーク)行こか!!」と誘っても、露骨に嫌な表情を浮かべて口もききません。
それでも全くくじけることなく、優しく接し続けるのが和の良いところ。調子が良すぎて若干アホに寄っているものの、その裏表のない明るさ、また和菓子への真剣な思いを近くで目にしていくうち、一果はほんのわずかではありますが、少しずつ和に心を開くようになります。ドラマが進むにつれ、最初はこわばってばかりいた一果の表情がほころび始め、豊かになっているのがその何よりの証しといえるでしょう。
また、和と一果だけでなく、緑松に集まる人々も個性的な人たちばかり。和の両親、催眠術が得意(?)な職人の政さん、家族の期待というプレッシャーから解放されるために女装をするようになった見習いの咲季、和に淡い恋心を寄せるアルバイトの女子高生・美弦、そして京都に戻る決心をした和に対して「私、洋菓子が好きなの」と見事に振って去っていったのに、なぜか京都で再会することになる元カノ・佳乃子など、彼・彼女ら一人一人にも深いドラマが横たわっています。
そして何より本作にとって大事なところ。それは、彼らが過去や自分に向き合うとき、思い出を語るとき、想いを伝えるとき、勇気を振り絞るとき、そういう大切な場面でいつも和菓子が寄り添っていることです。
「和菓子は季節だけやない 風景や情感も込められる」「表現に限りはないんや」
能天気な和らしからぬセリフですが、こうやって言葉にしにくい思いを伝えることも和菓子にはできるのです。それは直接的な表現を避けたがる「京都らしさ」の表れなのかもしれません。
「カエデ」「若鮎」「柚子羊羹」など作中に登場する和菓子はどれも美味しそうに描かれながら、いわゆる「ご飯マンガ」と異なり、食べ物として出しゃばることがない上品なところも和菓子らしさといえるでしょう。本作のドラマを語るうえで、和菓子は決して欠かすことができない存在です。
浅野りんが魅せる“マンガの朝ドラ”
最後になりますが、浅野りん先生と言えば、天野こずえ先生、金田一蓮十郎先生、桜野みねね先生と並び、雑誌『少年ガンガン』の1990年代半ばの転換期に活躍された女性作家の1人。同誌が熱い少年マンガ誌から、絵的に洗練した作品を掲載するようになった時期です。社主が中学生の頃に連載が始まった初作品『CHOKOビースト!!』以来、かれこれ20年以上リアルタイムで全作を追っかけている数少ない作家さんでもあります。
当時からそのテンポの良さやスッキリした読後感など、非常に楽しくて読みやすい作品をずっと描き続けておられますが、今作『であいもん』は少年マンガ時代の持ち味はそのままに、より大人向けにドラマ性を深めたしっとりした作品に仕上がっています。笑いあり涙あり、そして最後に心温まるこの読後感は、まるでNHKの朝ドラのよう……、と言うか、本当に朝ドラとして放送してもいいと思うのですが、NHKさん、ドラマ化どうですか?
祇園祭や五山の送り火など古都の年中行事とともに、本作もちょうど最新4巻で春夏秋冬一巡りしました。一果は和に笑顔を見せるのか、そして失踪した父親に再会することができるのか、和・美弦・佳乃子の恋の三角関係の行方は――。2度目の春も見どころは盛りだくさんです。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
(C)浅野りん/KADOKAWA
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