町の本屋にしかない“紙の本との出会い”を描いたマンガ『ぶっきんぐ!!』と『書店員 波山個間子』
「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」第89回は、廃業に追い込まれている町の本屋さんの魅力を捉えたマンガ2冊を紹介。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
全国出版協会が発表した市場調査によると、2017年も紙の本の売り上げが落ちたそうです(関連記事)。前年比6.9%減、これで13年連続の前年割れ。一方で電子書籍は、マンガの違法サイト問題などで伸び率がやや縮小しながらも前年比16.0%増と拡大しています。
電子書籍の成長を、音楽のダウンロード販売や定額制と同じように“物理的な媒体からデジタルデータへの移行”と考えるなら、紙の本の衰退は逆らうことができない時代の流れなのかもしれません。
そしてまた、その影響を受けて、町の本屋さんはどんどん廃業に追い込まれています。大手書店でさえカフェを併設したり、おしゃれな雑貨を置いたりして、本の売り上げ減を補おうと必死なのだから、ましてや小規模書店がこの先生き残っていくのはかなり厳しいだろうと察するばかりです。
紙の本、そしてそれを売る書店は滅びゆく運命にあるのでしょうか。社主はそうは思いません。老害だと言われようが何だろうが、そんなことあってはならない。紙の本には紙の本にしかない利点や魅力があり、それを扱う書店には、書店員という名の書籍ソムリエを介した新しい本との出会いがある。
今回はそんな時代の潮流にあらがうべく、紙の本と書店の魅力が感じられるマンガを2作品紹介します。「ネット記事という仮想の媒体を通じて、リアルの良さを説く」という矛盾を自覚しつつ――。
元書店員が描く、地方小書店の奮闘記 『ぶっきんぐ!!』
まずは「裏サンデー」にて連載中、美代マチ子先生の『ぶっきんぐ!!』(〜1巻、以下続刊/小学館)です。
今をさかのぼること12年前、舞台となるのは活字離れやアマゾンなどネット書店の隆盛で、既に「町の本屋さん」が次々と姿を消しつつあった2006年。美大を卒業後も就職せず、油絵作家として大成する夢を追い続けていた大國かの子は、うまくいかず空回りし続ける現実を前にとうとう履歴書に手をかけた――そんなある日、地元の小さな書店・光林堂書店で万引きを目撃します。
店から立ち去ろうとする万引き犯を全力で追いかけ、何とか捕まえたかの子。しかし、犯人を店に突き出すも、店長は大して感謝するそぶりを見せません。
「いーのいーの 遅かれ早かれここ潰れるし…」
運命に逆らうことがバカバカしいと言わんばかりの店長。時代に、そして他人に必要とされていない――、地方の小書店が直面する現実に自分の姿を重ね合わせた彼女は、「私が変えてみせます!!」「この店を、町一番の本屋さんにしてみせます!」と、光林堂書店でバイトとして働くことを決心します。
とはいえ、現実は打つ手なしの無理ゲーとしか言えない状態。
客から「品ぞろえ悪っ」「今時はアマゾンだよな」などと言われてしまう。小規模な町の本屋さんにできることも極めて少ない。置けば必ず誰かが買ってくれるようなベストセラーはなかなか入って来ない、再販制度のため値引き販売はご法度、1冊万引きされれば同じ本を10冊売らないと元が取れない利益率の低さ、そして何より本を買う人が激減している現実――。
それでもかの子はその画力を生かし、マイナーな名作を売るための店頭ディスプレイや自作のおまけを作るなど、大型書店にはできないやり方で本を手に取ってもらうべく努力を重ねます。特に後半、地元出身の有名児童作家・阿美ゆりのサイン会を開くべく奔走するエピソードは心温まる展開なので、ぜひ実際に読んでみてください。
作者の美代マチ子先生自身が小規模書店で働いていた経歴の持ち主ということもあり、作中の描写は非常にリアル。出版社と書店をつなぐ「取次」の話など、一般の人は余りなじみがない出版の世界について知ることもできる1冊です。
「何を読めばいいのかわからない」人の読書欲を刺激 『書店員 波山個間子』
続いては同じく町の本屋さんを舞台に、読書の楽しみが感じられる作品を。『COMIC it』にて連載中、黒谷知也先生の『書店員 波山個間子』(〜2巻、以下続刊/KADOKAWA)です。
「青ひげブックス」に勤める書店員・波山個間子は、本に埋もれた部屋に住み、本を買うために食事すら抜く、根っからの読書好き。本作はその読書知識を店長に買われ、青ひげブックス唯一のブックアドバイザーに任命された彼女と、青ひげブックスの同僚や、個間子におすすめ本を尋ねに来るお客さんたちとの日常を描いた作品です。
ブックアドバイザー・個間子の実力はいかほどのものか。
ある日「息子が小学生か中学生の時に、国語の教科書に載っていた、手紙に〇や×を書く、戦争時代のお話」の小説を探す女性が店を訪ねてきます。応対に当たったアルバイトがスマホで調べてみるものの、結局どの本か分からずじまい。実は女性客はいくつか勘違いをしていて、その話は小説ではなくエッセイ、登場するのも手紙ではなく葉書だったのです。しかし翌日、個間子はすぐにそれが向田邦子の『眠る盃』所収の「字のない葉書」だと言い当てます。
これに限らず、「あっと驚く本」「何か旅の本」というお客さんの漠然とした難しいリクエストに的確な本をセレクトできることからも、彼女が相当の読書家であることが分かるでしょう。
書店を舞台にした作品であるにもかかわらず、本を売ることだけが好きな店長を含めて、個間子以外に読書家と呼べそうな人物がほとんどいないのですが、そういう「普通の人たち」が興味を持ってくれそうな本を彼女が紹介することで、作中のお客さんだけでなく、読者である私たちも「ちょっと読んでみたいな」と思わせる巧みさがあります。そのチョイスも国内外の、それも必ずしもメジャーとは言えない作家が含まれているあたり、作者自身もガチの本好きだということがうかがえます。
本を読まない人にその理由を問うと、大方「時間がないから」「他にも楽しいことがあるから」と返ってきますが、実は「どんな本を読んでいいか分からない」の方が大きいのではないでしょうか。逆に言えば、誰かが興味の持てるような紹介をしてくれれば、読書離れの人が本を手に取るきっかけになることも十分あり得るのです。
例えば、本作の2巻第10話では、田山花袋の『蒲団』という私小説の古典、今にして思えば随分とゲスいストーリーの小説を扱っていますが、これを本編ではなく、巻末にある福田恆存の解説にツッコミを入れながら興味を引くスタイルなんかもアリだと思います。同僚の茂地月さんの言葉を借りればまさに「ナイス下世話!」。
本作は「おもしろい本を読みたいけど、何を読んでいいか分からない」というもどかしさを抱えた人にとって、個別の作品だけでなく、「本を読むときは特に冒頭に時間をかけて丁寧に」など本の読み方まで教えてくれる、読書欲を刺激してくれる1冊です。今では本の虫と化した個間子ですが、かつて本を読まなかった彼女にとって、ヘッセの『車輪の下』との出会いが人生を変えるきっかけになったように、人はいつどこで読書に目覚めるか分かりません。読書好きに至る道には八万四千の法門があるのです。
紙の本は、いい。
はじめに紹介した『ぶっきんぐ!!』の舞台になっている2006年は、初代iPhoneが発売される前年。むろんタブレット端末も存在していなかったわけで、そこから現在に至るネット書店と電子書籍の普及で、今現在、書店への逆風は当時とは比べものにならないでしょう。『個間子』に電子書籍の話は出てきませんが、紙の本、そして書店という場を通じた人と人のつながりを描いた本作には、出会いのドラマがあります。それは検索・購入履歴からアルゴリズムで次の本が導き出されるネット書店にはないものです。
また、紙の本には紙ならではの利便性と魅力があります。それはまっさらな本を開いたときのインクのにおいであったり、カバーの紙質やページをめくる物理的感触であったり、数百ページのハードカバー小説を最後まで読み切ってパタンと本を閉じた瞬間に味わう達成感であったりさまざまです。これらを味わうことができないディスプレイ経由の文字は、社主にとって作品鑑賞ではなく、単なるデータ消費という感じがどうにも抜けないのです。
この違和感が伝わるかどうか分かりませんが、そういうわけで、マンガを含め本はいまだにほとんど紙でしか買っておらず、またそういうわけで、自室が個間子の部屋以上に本であふれて、そろそろ取り返しのつかない状態になりつつあるのですが、それでもやはり大小問わず書店には踏ん張ってほしいと願うばかりです。そしてまた、今回ご紹介した作品は、できることなら最寄りの本屋さんで、紙の本として手に取っていただきたいなとも思う次第です。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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