「百合」と「SF」、好きなものが両方入っていたら2倍うれしい 『裏世界ピクニック』宮澤伊織に百合を聞く(1/3 ページ)
「最悪にも程がある」のいとうさんを聞き手に百合トーク。
「実話怪談」「ネットロア」「人間関係」「緊張感」「百合」――これらの言葉に強く反応してしまう人が、手に取るべき本があります。宮澤伊織さんの『裏世界ピクニック』(早川書房)です。
偶然〈裏世界〉に入り込んでしまった大学生・紙越空魚(かみこしそらを)は、ある出来事をきっかけに金髪美人の仁科鳥子(にしなとりこ)に出会います。鳥子は行方不明になった閏間冴月(うるまさつき)を探し、日々裏世界にもぐっていたのでした。
「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」といったネット上で囁かれる怪談が、本当に起こる奇妙な世界を、2人は“探検”していくことになる――というストーリー。現在小説3巻、コミカライズ1巻が刊行されています。
本作は、SFやネットロアホラーとしての面白さと同時に、百合作品としての評価も高いことで知られています。『裏世界』はどこが魅力なのか? この“百合力”はどこから生まれているのか?
同人誌「最悪にも程がある」が話題になった百合漫画家のいとうさんを聞き手に、百合でありSFである『裏世界ピクニック』について宮澤さんにインタビューしました。
「わあきれ」から「孤独」へと移り変わる、『裏世界』の人間関係
いとう: 『裏世界』は「わあきれ」から始まるじゃないですか。
――「わあきれ?」
いとう: 「わあ、キレイな子――」という、AがBに初めて出会ったとき、外見に惹かれて発せられるモノローグ(もしくはせりふ)です。『裏世界』は、空魚の鳥子に対する「わあきれ」から始まるんです。でも肝心の鳥子はというと、裏世界で姿を消してしまった冴月の話ばかりしている。読者は「なんだよ、こいつ、他の女のことばっかり考えやがって」と空魚に感情移入するんですよね。
――『裏世界』のキャラクターはどういう風に作り上げられていったのでしょうか。
宮澤: 空魚は「視点人物」「怪談オタク」、鳥子は「顔がいい」「(空魚以外の)他の女を追い求めている」というところから肉付けしています。基本的に空魚の視点からしか書かれていないので、実は鳥子がどういう女かは開示されていないんですよね。ただ、自分(空魚)以外のところを見ているという……。
いとう: 鳥子って「メチャクチャきれいな景色の擬人化」みたいなところがありませんか? キャラクターの形をしているけれど、空魚の興味があるところ以外はどんどん流れていくのもあって、1〜2巻では人間としての情報がほとんどわからない。ふたりの関係性にしても、全部空魚の独り相撲という可能性だってある。ただ3巻になるとちょっと風向きが変わってきて、「見る者」と「見られる者」の関係性がひっくり返されるシーンがあって、そこがすごい性癖なんですよね……。
宮澤: ここから鳥子の見えなかった部分を徐々に書いていくにあたって、空魚をどれだけ揺さぶっていけるかが勝負だと思っています。
――1巻からキャラクターが成長したなと思うことや、「こんな方向に育つとは」と思うことはありますか?
宮澤: うーん、僕はけっこうアドリブが多いんですよ。その場その場でネタを拾って膨らませていって、あとから「あのときのあれを伏線だったってことにしよう」とやることも多い。もしかするとTRPG畑の人間だからかもしれませんね。『裏世界』は、空魚と鳥子がキャラクターとしてどこに向かっていくのかわからない1話から始めたので、経験を積む中でだんだんいいキャラになってきたんじゃないかなと作者として思っています。
いとう: 空魚がだんだんモテ始めているのがいいですよね。女が女にモテているとうれしい。
宮澤: いいですよね。そこは好きな要素を入れています。
担当: 担当からすると、「このキャラ、こんな設定だったの!?」と初稿が上がってから知って驚くことが多いです。空魚や鳥子の家族設定もですし、話の展開も「プロットで書いていたのと違くないですか?」というのがまれによくある。3巻の空魚も、あるシーンで突然ハードボイルドになって読んでいて驚きました。
宮澤: 空魚はひとりになるとハードボイルドになるんですよ。キャラの設定は前から頭の中だけで考えていたのをいきなりお出しすることも多いです。びっくりさせたくて……。
いとう: 『裏世界』は、「ストーカー」オマージュから出発しているんですよね。PCゲーム版では出てくるキャラが全員男なくらいの作品なのに、『裏世界』はほぼ全員女。しかも空魚と鳥子は2人とも大学生で、モラトリアム感がある。
宮澤: そうですね、構想当初は「ストーカー」の実話怪談版を――というオマージュ要素が今よりも強かったと思います。「ゾーン」(作中で「裏世界」を指す言葉のひとつ)なんてまさに「ストーカー」の「ZONE」ですし。ただ、あの作品は、ゲーム全体で「男の孤独」やモラトリアムを描いていると感じていて。単に性別を女性に置き換えただけでは、あの孤独感や寂寥(せきりょう)感が出なくなってしまう。そこで、「他の女をずっと見ていて、自分の方を見てくれない女」という関係性のさみしさを入れたらどうだろう、となったのが、2人の出発点かもしれません。
作家がVTuberワオキツネザルになったワケ
――メインの2人だけではなく、脇のキャラクターもどんどん個性が豊かになっている印象です。
いとう: 私は小桜がすごく好きです。鳥子と昔からの知り合いで、鳥子と同じく冴月に囚われている。基本的に冴月に関係した人物は、みんな彼女に囚われていて、過去を向いていますよね。ただ鳥子と小桜が違うのは、鳥子は裏世界に冴月を探しに行けるけれど、小桜は行くことができずに、新しくできつつある関係性の輪に入れない。鳥子と空魚が2人で百合をやっているとしたら、小桜は1人で百合をやっている……。
――『裏世界ピクニック』コミカライズ版の書き下ろしで、小桜がVTuber(バーチャルユーチューバー)として活動している一面も明かされました。
いとう: 過去に囚われている人間が、かりそめの肉体をまとって夜中まで遊んでいるのって、すごくいい……。小桜がVTuberになったのは、宮澤先生の趣味の部分が強いと思うのですが、どうですか? ついこないだ「バーチャルワオキツネザルのワオ」としてVTuberデビューなさっていましたよね。
宮澤: そうですね、けっこう小説書くときに、節操なく最近のことを書いてしまうので……。いつも「僕の好きなものを全部のせれば面白いものができるはず」「まだ誰も書いていないことを先に書いてやろう!」と思って積極的に取り込むんですが、たいていは空振りになるんですよね。前に出した『僕の魔剣が、うるさい件について』は、どこにも出てないような近接武器を出しまくったのですが、誰も反応してくれなかった。今回は多少インパクトがあったんならよかったです。
――せっかくなので、宮澤さんのVTuber化についても詳しくうかがいたいです。
宮澤: え、その話します……? まあいくつか理由はあるんですが、みんなバーチャルに行くので、自分もそろそろよそゆきの服の1つもないと恥ずかしいな……というのがありました。それから、月ノ美兎さんが以前「親友が教室でうんこ漏らしたら自分もうんこ漏らすべきなんですよ」と言っていたのに感銘を受けて、「バーチャルの世界の好きな人たちがうんこを漏らしたときに自分も漏らせるようにしなきゃ」と思ったのがもうひとつ。
いとう: あれかっこよかったですよね!!
宮澤: そうなんですよ。めちゃめちゃかっこいいと思った。あとは……複数の友人から「バ美肉(バーチャル美少女受肉)しないの?」「するなら技術があるから協力するよ」と言われて、「え、なんで僕にそんなこと言うの……?」って怖かったので、ヤバいことになる前に先制的に自分の体を作ろうと思いました。それがバーチャルワオキツネザルの「ワオ」です。
――美少女ではなく、ワオキツネザルになったのはなぜですか?
宮澤: この話、全然広がらないですけど大丈夫ですか? 女性化願望みたいなものは人並みにはあると思うのですが、バ美肉がしたいわけではなかった。ワオキツネザルはもともと自分の持ちキャラというか、トーテムみたいなものというか……僕にとって自然な形なんですよね。
子どものころ学研の動物図鑑で「藪(やぶ)から出てくるワオキツネザル」の絵を見て、メチャクチャ意識の中にしみついていたんです。小学校の帰り道に竹やぶがあって、その前を通るたびに「ここから2メートルくらいのワオキツネザルが出て来たら怖いな……」と思っていました。その印象があったので、大学生のころ、そろそろ自分のトーテム動物を持つべきなのではないかと思ったとき、自然にワオキツネザルが浮かんだんですよね。それ以来ずっとワオキツネザルです。自分的には奇をてらったつもりはないので、担当が動揺していて逆に意外でした。
担当: 不測の事態に弱いんですよ……まさか担当作家が突然ワオキツネザルになるとは思わなかったので……。
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