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» 2019年04月12日 12時00分 公開

「フォント=プロデザイナー向けという概念を覆したい」 商用フォントが1書体100円ほどで使える「mojimo」はなぜ生まれたか

同人活動向けに36書体3600円など、ハードルの低いフォントサービスとして話題を呼んでいるフォンワークス「mojimo」シリーズ。誕生経緯や目指すものを取材した。

[黒木 貴啓,ねとらぼ]

 同人作家向けのフォント36書体が年間3600円で使える「mojimo-manga」に、インディーズゲーム制作で12書体が年間4800円で利用できる「mojimo-game」――。本格的なフォントをお手頃な価格で使えるとして注目を集めるサービス「mojimo(モジモ)」シリーズが、フォントワークスより登場してから1年が経過しました。


 通常、公式メーカーが出している商用フォントというのはプロデザイナー向けがほとんどで、初心者には手が出しづらい印象があります。

 特に大きいのは値段。フォントの一般的な相場は、平仮名と片仮名、漢字をしっかり含んだもので1書体2万5000円ほど。年額制のフォントサービスも、フォントワークスが出している「LETS」はおよそ6000書体で3万6000円、モリサワの「MORISAWA PASSPORT」は全1000書体以上で4万9800円と、「同人誌であのアニメに近いフォントを使ってみたい」と試しに使ってみるにはなかなかハードルが高くなっています。

 そこに「特定の用途やシーン、利用者に最適な書体をセレクトし、最適な価格で提供する」というコンセプトで登場したのが「mojimo」でした。

mojimoのフォント使用事例

 2018年3月に提供開始された第1弾「mojimo-manga」は“同人誌制作向け”をテーマに、アニメ「キルラキル」で印象的な「ラグランパンチ」を始め、「おそ松さん」「銀魂」「ONE PIECE」など人気作品に使われているフォントを36書体ピックアップ。1ライセンス年間3600円、つまり1書体100円という破格で提供され、Twitterでは「すごい」「ありがたい」「これなら手が出せる」と大きな話題を呼びました。

「mojimo-manga」の36書体

 その後も飲食店のメニューやポップ向けの「mojimo-oishii」や、YouTuberといった動画配信者向けの「mojimo-live」など、この約1年でmojimoからは計7パックが登場しました。フォント界の画期的なサービスはどのような経緯で生まれたのか。フォントワークスの担当者・福島里江さんに話を聞きました。

フォントは生活にもっと親しいもの 「mojimo」誕生の経緯

――フォント業界ではかなり破格なサービスだと思うのですが、「mojimo」が生まれた経緯を教えてください。

 そもそも「フォントがプロデザイナー向けという概念を覆したい」という思いから始まりました。フォントというのは文字に関することなので、新聞を読むにしてもテレビを読むにしても本来はデザイナーでない方とものすごく近しいものです。そこでデザイン業をされない方でも気軽にフォントを試せる機会をつくることで、みなさんがフォントを楽しむことができるんじゃないか。そういう仕組みを整えたいというのが目的でした。

 商用フォントを買いたいけどためらっている方からは「書体の数はこんなにもいらない」「価格が高い」「使えるフォント数を絞る代わりに価格を抑えてほしい」という声をよくいただいていたので、「特定の層に特定のシーンで適切な価格で使ってもらうフォントサービス」の構想をはじめました。だいたい「mojimo」リリースの約1年半前。

「mojimo」サービス担当のフォントワークス・福島里江さん

――最初から第1弾は“同人作家向け”と決めていたんでしょうか?

 いえ、もともとは別のお客様層を想定して企画していたのです。しかし「mojimo」はフォントワークスとしても初めてのチャレンジになるので、市場に出たときのインパクトなども考慮した結果、先に「同人作家向け」をリリースすることになりました。というのも同人作家さんには潜在的に商用フォントを利用したいと思われている方が多いのではという予測が立ったからです。コミックマーケットの出展サークルも3万以上と作家の数は膨大ですが、みなさん「LETS」のような年間3万円以上のサービスは利用せず、フリーフォントやシステムフォント(※)、数百円のフォントを使って制作しているだろうなと。

※システムフォント:コンピュータシステムが標準でインストールしており、デフォルトフォントとして使用することができるフォント。

 そこでユーザー調査も兼ねて2017年夏ぐらいにイラストコミュニケーションサービスの「pixiv」さんに企画を相談し、10月からpixivのプレミアムユーザーさんは「LETS」の全6000書体以上を3カ月無料で使える、というキャンペーンを行って、どれくらいの方が商用フォントをご利用されるか、どういったフォントがよく利用されるフォントなのかを調べてみました。実際には、かなりの方が、この無料キャンペーンを通じてフォントをご利用くださいました。


 この実績から「同人クリエイター向けのフォントライセンスを出してみましょうか」という話が、一気に加速したのを覚えております。まだ「mojimo」というブランド名もできていませんでしたね。

――「年間36書体3600円」という書体数と価格帯になったのは、なぜだったんでしょう。

 36書体は、pixivさんとの無料キャンペーンの際にどういった書体をどれくらいの数使用されているかを参考にしました。価格に関しては、同人作家さんが使われているであろうデザイン支援ツールの料金を参考にしました。だいたい年額5000円ぐらいが多かったので「mojimo」も5000円以下にしようとなり、微調整していった結果「1書体100円」がちょうどいい、ということで36書体3600円にしました。

――正直「安っ」って思いました。自分もフォントはド素人なのですが、Web記事のキャッチ画像や自主企画のポップを凝ってみたかったので契約しました。

 「mojimo-game」は、ゲームプログラムだけでなく開発エンジンへの組み込みもOKにする、などゲームクリエイターの活動に合わせようとするとどうしても1書体400円ほどと割高にはなってしまったのですが、それ以外の「mojimo」パックはだいたい1書体100円あたりを目安に提供しています。

――ここまで安いと、既存のフォントサービスから移行する利用者も多くいたのでは……? 6000書体以上利用できるとはいえ、LETSの年間3万6000円とはかなりの差がありますよね。

 それがLETSを退会してmojimoに移行したお客様ってほとんどいないんです。

 そもそも当社でフォントビジネスを存続していくためにも、mojimoとLETSのサービスの立ち位置を明確に分けるということは絶対条件かつ一番の課題でもありました。そこで、mojimoは初心者クリエイターの支援ツール、LETSはプロ向けであるという、コンセプトの住み分けを徹底したんです。

 一番の住み分けはライセンス数でした。mojimoだと1名義につき契約できるのが1ライセンスまで。例えば1つのデザイン会社や出版社でmojimoを複数人で利用したくても、社内で登録できるのはPC1台までなんです。一方で「LETS」は1社で何件もライセンスを契約できるので、デザインを生業としている方向きになっています。

――個人には使い勝手バツグンですが、法人向けではないという。

 プロの現場では逆に36書体は物足りないでしょうし、しっかりコンセプトを切り分けて、LETSとmojimoが共存できる体制を整えました。mojimoがあくまでプロ予備軍、初心者クリエーター、ライト層向けだというコンセプトをユーザー様にご理解いただけたのだと思っています。

――上位互換ではなく、フォントサービスの新たな選択肢として提示できたわけですね。mojimo-mangaの反響はどうでしたか?

 3月の発表直後メディアでは反響がありましたが、一気に旋風を巻き起こしてくださったのはフォント好きな人気YouTuberの瀬戸弘司さんですね。あの勢いはすごかったです。

 その後もずっとコンスタントにご利用者数が増えています。また、コミケ前などは一気にご利用されるかたが増えることから、やはり同人作家さんに需要があるんだなと感じています。

 一方で「mojimo-game」はまだまだ認知が低かったり、インディーゲームクリエーターにフォントのこだわりを持っている方が少ない印象です。2019年3月頭に、Unityさんの一週間でゲームを作るイベント「1週間ゲームジャム」に協賛して希望者全員にmojimo-gameのライセンスを2カ月無償提供したのですが、200作品ほどのなかで実際に使ってくださったのは90作品くらいでした。

「mojimo-game」

書体はゲーム開発に利用できるだけでなく、ゲーム開発エンジンへのフォントの組み込みや、PVといった宣伝においても追加料金なしで使用できる。それでもなお12書体年額4800円という料金設定はゲーム業界でも画期的だという

 フォントを変えるとこんなにもゲームのデザインが良くなることを実体験していただくこと、そのために、mojimo-gameの存在そのものを広め伝えていく活動に、今後も力を入れたいと思っています。

――すでにフォントの魅力を知っている人にはフリーフォントでOKという方も多いとは思うのですが、商用フォントの利点はどのあたりになってくるでしょうか。

 フリーフォントも無料ながらに非常にデザイン性の高いものが多く、あくまで選択肢の1つとしてありだと思っています。ただライセンスの使用範囲が不明瞭なことが多いので注意は必要です。実は印刷はOKだけど動画やSNSはNGだとか、個人利用可能でも商用ではNGとか、そういった範囲が分かりにくく知らずとNG領域で使ってしまうという可能性も頭に入れておく必要があるかと思います。

 あとはフォントファイルのつくりが中途半端だった場合、自分のPC画面ではしっかり表示されていたフォントが、別のPCやソフトで起動したときに不自然に表示されることもあります。印刷するときに認識してもらえずプリンターのシステムフォントに置き換わっていたりとか……商用フォントはそうしたライセンス面が明確だったり、品質が保証されていたりするところに大きな利点がありますね。

増えつつある海賊版フォント

――近年は音楽や映像市場もサブスクリプション型サービスへの移行が目立っていますが、背景には海賊版利用者に正規サービスの利用を促す狙いが一つあります。mojimoが「適切な価格」を打ち出したフォントサブスクとなっているのは、そうした時代の流れもくんでいるのでしょうか?

 フォントワークスは2002年に「LETS」というサブスクリプション形式でのフォント提供を国内で初めて開始しました。サブスクという意味では、mojimoに関しては今の時代の流れに乗ったというわけではないですね。なお手書き風フォントとして期間限定で提供した「mojimo-joshi」が買い切りタイプ(20書体2000円)だったように、mojimoはサブスク以外の形のパックもあります。

期間限定で提供された「mojimo-joshi」(関連記事

 ただ、フォント業界にも海賊版問題はありますね。PCにインストールしたフォントファイルは置き場所が可視化されているので、それを無断で配布されてしまうということは業界全体としてあることだと思います。また配布自体がダメなことだという認識がないまま、結果的にそうしてしまっているというケースもあるかと。

――海賊版フォントですか……。

 しかもここ数年、流出の頻度も増えてきました。インターネットの普及とともに、著作物をライトに考える方が多くなってきた印象です。海賊版マンガや映画もそうですが、入手した著作物を一般にオープンにすることもたやすく、それを簡単に入手できる環境が整ってきたので。あとはかつてメーカーフォントはパッケージ製品が主流で、高価かつ仕事で使用するものだったので、それを流出しようという発想がユーザーになかったのも大きいと思います。

――業界で被害は深刻だったりするのでしょうか?

 どのメーカー様もそれなりに深刻に捉えている問題なのかなとは思います。きちんと正規の料金を払って使っていただいている方へのマイナスにもなりますし、書体デザイナーの権利侵害にもなります。そこは会社としてきちんと守りたいですよね。

――ちなみに、商用フォントはだいたい1書体つくるのにどれくらいかかるのでしょうか。

 今だと一番多い文字セットが1書体2万4000文字ぐらいなのですが、これを新しいデザインで作ろうとすると、2、3年くらい平気でかかります。当社の藤田(※)が筑紫書体シリーズの新しいフォントを作るとなったとき、まずはベースとなる300字を作ります。平仮名と片仮名、代表的な漢字になるのですが、これだけでも最低半年ぐらい。さらにこれを元に外注して、上がってきたものを微調整して計2万4000文字を完成させていく……となると、さらに2年くらいですね。

※藤田重信:フォントワークスの代表的書体デザイナー。和文フォントの王様とも呼ばれる「筑紫書体」など、数多くの書体を開発する。

筑紫書体シリーズ

――一般的に1書体2万5000円ほどする理由がわかった気がします……!

 こうした経緯もあるので、mojimoでは海賊版対策としてフォントファイルが流出しないためのシステムを設けています。今後利用者層が広がるにつれ、データが流出する危険性が増える可能性もないわけではないので、フォント業界を守る取り組みは必要だと思います。

「フォントを変えるとこんなに変わる」を一般層に

――NHK Eテレの番組「デザインあ」でフォントの違いを紹介していたり、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」でもフォント特集が組まれたり、以前よりも一般層でフォントの注目度はあがっているような気がするのですが、いかがでしょう?

 字游工房鳥海修さんがフジテレビの「ホンマでっか!?TV」に書体設計評論家として出演されたり、うちの藤田がNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出させていただいたときもすごい反響がありました。フォントへの認知度は上がって来ている実感はありますね。

 それでもフォントの存在感って、まだまだ「プロデザイナーが扱うもの」で止まっていると思うんです。商用のフォントを使うことでプレゼン資料もよくなるなど、一般的なビジネスシーンから生活まで身近に使えるものとして認知してもらいたいです。

――そういう意味で、mojimoの1年を振り返っていかがでしたでしょうか。

 「今まで凝ったフォントは扱ってこなかったけど、mojimoで初めて使えるようになった」といったダイレクトなお声をいただくことはすごくうれしいですね。mojimoブランドにファンが増えていっている感覚があります。また業界として新しい市場を開拓できつつある自負がありますし、業界内外に問わず一定の反響を獲得できたのはよかったです。

3月にリリースされたばかりの、動画クリエイター向けの「mojimo-live

 今後も同人クリエイターさん、ゲームクリエイターさん、YouTuberさんと、いろんなユーザーに利用してもらえるフォントのパックを作っていくことで、新しい市場が広がっていけばいいと思います。そしていろんなライフスタイルに「文字も(mojimo)」寄り添う機会を提供していきたいです。
(了)

黒木貴啓


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