約6年前に考案されたトランプゲーム「素数大富豪」がまさかの小説化 作者に聞く“新しい大富豪”の魅力
素数大富豪の楽しみ方をゼロから教えてくれる日常系作品。
「素数大富豪」をご存じですか? “素数しか場に出せない”などの変則ルールを採用した大富豪(大貧民)。2014年、日本の大学院生によって考案され、数学好きを中心にじわじわと人気が広まってきたトランプゲームです。
ちょっとニッチな、でも、ハマる人はハマるこのゲームをテーマにした小説『QK部 トランプゲーム部の結成と挑戦』(以下『QK部』)が3月9日、KADOKAWAより刊行。約6年前に誕生した“新しい大富豪”の魅力を、女子高生たちの部活動を通じて描く同作の著者・キグロさん(@kiguro_masanao)にインタビューしました。
作品紹介:QK部 トランプゲーム部の結成と挑戦
素数×トランプゲーム=青春!
高校1年生の古井丸(こいまる)みぞれが見つけた、「QK部」という謎の部活動のポスター。その言葉に興味を持ったみぞれは、友人の倉藤津々実とともにポスターに書かれた教室を訪れることに。ガランとした教室の中央には、一人の先輩が座っていた――。
「ようこそQK部へ! 2人は入部希望?」
「QK部」―― それは「素数を使った大富豪」という数とトランプが交わった知的遊戯で競い合う部活動。偶然か必然か、「QK」に出会ったみぞれたちの、全国大会への挑戦が始まる!
通常の大富豪にはない“素数大富豪の駆け引き”
―― 素数大富豪とはどんなゲームですか?
ざっくり言うと“素数を使った大富豪”で、1枚出しで出せるのは「3」「5」「7」といったカード。偶数の「4」はそのままでは使えませんが「1」との2枚出しにすると、2桁の素数(41)として使えます。
素数を全て暗記しないと遊べないわけではなく、けっこうプレイ経験のある人でも「たぶん素数……だと思う!」と出すことがよくあって。こういう駆け引きは、通常の大富豪にはない要素ですね。初心者でも「やったー! これ素数なんだ」と、意外に勝てちゃったりするのも面白いところだと思います。
手札の良しあしなどの運要素も勝敗に関わってくるので、初心者同士でワイワイ遊ぶ場合は運4割、実力6割。上級者同士の対戦だと実力9割といった感じですね
―― 素数大富豪の手札の良しあしってどんな感じです?
「大きな数のほうが強い」というルールは通常の大富豪と同じなので、やっぱり絵札(J、Q、K)が多いと有利。それから、「5」「7」を持っていると戦いやすいですね。この2枚出しは「グロタンカット」というんですが、要は「8切り」と同じ効果があって、場が流れます。
―― やっぱり数学に詳しい人の方が強いんですか? 何となく素数をたくさん暗記している方が有利そうですが
確かにゲームの性質上、素数を覚えている方が戦いやすいですね。現在のトッププレイヤーは、4枚出しで作れる素数ならほぼ全部、6〜7枚出しも覚えているようです。
でも、「あの人は数学科出身だからめちゃくちゃ強い」みたいなことはありません。そもそも数学を学んだからといって素数を暗記するわけではないので(笑)。普通はむしろ、素数大富豪をやっているうちに頭に入る感じだと思います。
あと、うまい人は、簡単に計算できる倍数判定法をよく知っていますね。
―― 作中でも出てきますね。「123」のように「各位の数を足して3の倍数になる場合は、元の数も3の倍数」とか
計算が難しい大きな数字でも「このカードの組み合わせだと○の倍数になるからダメ。並び順を変えよう」みたいな判断ができるので、ミスの可能性が減るんですよね。
※なお、この記事内で紹介されているほかにも、「合成数出し」「ラマヌジャン革命」といったルールが。ルールの詳細は『QK部』本編、考案者・せきゅーんさんのブログなどからご確認ください
主人公たちと一緒に戦略を覚えていく“素数大富豪の入門書”
―― 小説『QK部』の主人公は、入学したての女子高生「古井丸みぞれ」。素数大富豪をするマイナー部活に入り、どういうゲームなのかゼロから学んでいくストーリーになっていて、“素数大富豪の入門書”としても読めそうだと思いました
そうですね。この作品を読むだけで、初心者でも素数大富豪の遊び方が理解できるようにしています。
例えば、素数大富豪をする部活動の名称「QK(1213)部」は、2枚出しでもっとも強い組み合わせ「Q」「K」に由来しますし、素数大富豪をプレイするときに便利な「四つ子素数」なども紹介もしています。こういった情報は、自分のプレイ経験や他のプレイヤーの研究をベースに書いています。
「ちなみに三枚ならKKJ(131311)、四枚ならKJQJ(13111211)が最強素数ね」
QK部の部長、宝崎伊緒菜(ほうざきいおな)が、みぞれ達に説明する。みぞれと、友人の倉藤くらふじ津々実つつみは、八桁の素数をすらすらと暗唱する眼鏡の少女を、呆けた顔で見ていた。
二人のぼんやりした視線に気づいたようで、伊緒菜は慌てて、
「あ、別に最初から全部覚える必要はないからね。やってくうちに覚えるものだから。今はQKだけ覚えておけば大丈夫よ」
と付け加えた。
「二桁以上の素数は、必ず一の位が1、3、7、9のどれかになるわね?」
「はい」
一の位が偶数なら2の倍数だし、5なら5の倍数だ。だから一の位が1、3、7、9のいずれかでないと素数にならない。
「で、一の位がこの四つのどれにでもなる素数のことを、四つ子素数というの」
「というと……?」
「例えば、101、103、107、109は全部素数だから、100台は四つ子素数ってことになる。他にも、820台や81040台も四つ子素数よ(以下略)
―― キグロさんはいつから素数大富豪をプレイしているんですか?
せきゅーんさん(@integers_blog)という方が考案したのが2014年で、私が知ったのは……2015年頃だったかな。その頃に「ニコニコ超会議」内の催しで、このゲームの話をした覚えがあります。
初めて遊んだのもきっと同時期で、『QK部』を書き始めた2016年には「MathPower杯」という大会でベスト4に入りました。実質的に世界4位ですね(笑)、それくらいプレイ人口が少なかったという話なんですが。
―― 現在のプレイヤー数はどれくらいなんでしょうか?
どうでしょうねえ……。素数大富豪のゲームアプリ、初心者向けにアレンジした専用カードゲームなんかも出ていますし。考案者自身による「せきゅーん杯」、ネット上で行われる「雪華流星杯」(@prime_meeting)といった大会も開かれていますし。
そういえば、素数大富豪サークル、同好会がある大学や高校も現れているみたいです。『QK部』の執筆を始めたころはそんなのなかったと思うんですが。
―― 作中の“素数大富豪をするマイナー部活”に近いものが、実際に現れているんですね
『QK部』は未来予測として書いた側面もあるので、ヨシヨシ……って感じですね(笑)。
ニッチなトランプゲームをテーマにした日常系作品
―― テーマは素数大富豪と変わっていますが、“女子高生が部活でトランプゲームをする作品”と考えると、かなり日常系っぽいですよね。仕事終わりにまったり読めそう
そうですね。もともとは、自分のような“日常系マンガが好きな30代男性”向けに書いたつもりです。
ただ、「カクヨム」では私の想定よりも若い10〜20代に人気が出たみたいです。各話が短くて10分もあれば読めますし、数学の知識も分かりやすく紹介しているので、ちょうどいいのかもしれません。
それから、リアルの知人からも感想をもらっているんですが、そっちは男性と女性で二極化していますね。
―― どんな感じです?
男性で多いのは「作中の試合展開が面白い」「自分も遊んでみたくなった」というような、素数大富豪についての感想ですね。一方、女性はみんな「慧(けい)ちゃんがカワイイ」。登場人物の1人にそういう数学好きのキャラクターがいるんですけど、まさかこんなに人気が集中するとは思っていませんでした。
―― 男性は「頭脳バトル」、女性は「かわいいキャラクター」みたいなところに目が行くものなんでしょうか……。何にせよ、いろいろな人の目に触れることで素数大富豪の裾野は広がりそう
そうですね。現在はなんだかんだで数学好きのプレイヤーが多いこともあって、「数学に全然興味がない人にも広まったらいいよね」という話はちょくちょくしていて。特に「ボードゲーム好きには、どんなゲームに見えるのか」というのは気になっています。
素数大富豪の戦略については数学好きの間でいろいろと研究されていて、プレイする際に便利な素数などが発見されていました。先の四つ子素数なんかもそうですし、どう並べ替えても素数が作れる数字の組み合わせとか。
―― そういう知見があると、カードの使い方などの戦略も立てやすそうですね
ただ、われわれはボードゲームはあまり遊ばないので、ボードゲーム的な戦略に関してはあまり深まってないんですよね。
だから、この小説を通じて数学好き以外にも、素数大富豪が楽しんでもらえるようになるといいな、と。
―― なるほど。そうやって別の角度からゲームが発展していく可能性もありそう。では、最後にお聞きします。『QK部』が“今後こうなったらいいな”という夢はありますか?
やっぱり青春部活モノとしてコミカライズされたらうれしいですよね!
―― さっきまで「研究」とか「戦略」とか言っていたのに、夢はそっちですか(笑)
実際、人力飛行機作りをする「飛行部」のマンガ(『そよ風テイクオフ』)とか、2020年1月からTVアニメがスタートした「地学部」のマンガ(『恋する小惑星』)とか、日常系の理系マンガも出ていますし。
だったら、素数大富豪の部活もひょっとしたら……という。
―― まあ、小説に加えてマンガまで出たらもっとプレイ人口増えるでしょうし
そうですね。さらに言うと動画工房さんあたりにアニメ化してもらえたら、もっとうれしいですね(笑)。
ねとらぼ編集部によるプレイの様子(「ニコニコ超会議2017」にて)
追記:2020年3月11日9時50分:表現の一部に誤りがあったため、修正いたしました
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