「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」を漫画でレビュー 端的に言って傑作でした
冒頭の原作者の言葉でもう号泣。
「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」は、1868年の刊行以来、世界中で愛されてきたベストセラーの映画化です。『若草物語』はルイーザ・メイ・オルコットの自伝的小説で、自分たちをモデルにした4姉妹を描いています。
豪華女優が演じる4人姉妹がとても魅力的です。長女メグは「ハリー・ポッター」シリーズでお馴染みのエマ・ワトソン、次女ジョーは「レディ・バード」のシアーシャ・ローナン、三女ベスはオーストラリア出身の若手エリザ・スカンレン、四女エイミーは「ミッドサマー」のフローレンス・ピューが演じています。
隣の大きなお屋敷に住む少年・ローリーを演じるのは、「君の名前で僕を呼んで」のティモシー・シャラメ。
そして監督は、第90回アカデミー賞において「レディ・バード」で女性として史上5人目の作品賞にノミネートされたグレタ・ガーウィグ。リアルな女性描写や感情の機微を描くことに定評のある彼女が、古典的名作である『若草物語』を描くとどうなるのか、期待が高まっていました。原作好きの筆者も、『若草物語』をグレタ・ガーウィグが監督するという奇跡に身が震えたほどです。
とはいえ、『若草物語』はなんと6度目の実写映画化。今の若い方は知らない人が多いかもしれませんが、日本では「愛の若草物語」「若草物語 ナンとジョー先生」というタイトルでアニメ化もしたことで有名です。
もう何度も映像化している古典的作品を現代で映画化する意義はあるのかと思うこともありますが、本作にはありました。端的に言って傑作でした。
4人姉妹それぞれの魅力
本作は4人姉妹の少女時代を描いた『若草物語』と、成長後の様子を描いた『続・若草物語』の2作を合わせて一本の作品にしています。その編集方法が尋常じゃないうまさなんですよね。
本作では、少女時代と大人になったあとの現在が交互に描かれます。冷たくて青い画面で描写される現在と対比されるからこそ、温かみのある色調で映し出される過去が輝いて見え、現実の切なさをより際立たせる。時系列順にお話を読んでいたときには気づかなかった少女時代の尊さや、大人になることによって失っていくものの切なさが強調されます。
4人姉妹の関係性の描写も最高でした。『若草物語』は大好きな筆者ですが、登場人物に「これは私だ!」と感情移入できたことはないんですよ。姉妹もいないし。一番近いのはジョーだけど、ジョーはかっこよすぎるし、エイミーは保守的すぎる。家庭的なメグや大人しいベスのことは、あまり理解できない。けれども惹きつけられてやまない本作の魅力は一体何なのでしょうか。
これには、4人姉妹への憧れの気持ちが大きいと思います。スーパーウーマンではないけれど、等身大で描かれる少女たちにはそれぞれの魅力や才能がある。メグの正しさやジョーの情熱、ベスの強さやエイミーの快活さ。女性どうしで笑い合ったり助け合ったりすることの素晴らしさに胸がいっぱいになるのです。黒人奴隷に反対した父親を尊敬する姉妹たちのように、良い人間であろうという気持ちが刺激されます。だからこそ、冒頭の「悩みが多いから、私は楽しい物語を書く」という原作者の言葉にも胸が打たれるのでしょう。今回の映画化では特に、4人姉妹の魅力が存分に描かれていると感じました。
隣に住む幼なじみのローリーも、シャラメによって儚げに演じられています。ユーモアあふれる原作では「怒っている姿は滑稽にみえた」などと茶化され、面白要素すらあったローリーの愛の告白場面も、とても切なく描かれ、見どころの一つとなっています。
『若草物語』とフェミニズム
『若草物語』の作者オルコットは先進的なフェミニストでしたが、さすがに原作には現代の価値観では問題のある台詞も多数あります。「結婚することが女にとって一番の幸せですよ」とか、「妻は夫に尽くすもの」とか。でも、それらの台詞は使わずに、話の筋や本質を損なわせずに描く監督の手腕は見事です。新しいアレンジとして加えられた、ジョーがメグに「結婚しないで一緒に逃げよう」と言う場面も、ジョーの性格をよく捉えています。これまで気取り屋という面ばかりが強調されてきたエイミーが、女性の結婚と経済について語る場面も印象的です。
フェミニストとして有名なエマ・ワトソンが、インタビューで「私にとって、メグを演じる上で重要だったのは、彼女が母親や妻になりたいと願うのはフェミニストとしての選択だったということ」と述べているのも印象的です。フェミニズムについてあまり知らない人には、フェミニストは結婚に反対することだと思っている人もいますが、フェミニズムとは女性が男性と同じ権利を持つことを主張しているだけ。結婚したい人はすればいいし、したくない人はしなくてもいい。大事なのは個人の自由の尊重です。結婚自体が問題なのではなく、女性が経済的な理由のために結婚しなければならないことが問題なのです。
作中で「自由な中年女性になりたい」という願いを口にしていたジョー。原作は150年以上も前の、女性に参政権も財産権もなかった時代の話ですが、現代の日本でも、男性の平均年収が545万円であるのに対し、女性は293万円というのが現実です(平成30年分 民間給与実態統計調査)。他にも、作中で「女性にとって結婚とは経済問題である」と、保守的なエイミーに語らせたことに衝撃を受けました。女性が経済的に自立するのが難しい現状で、「結婚は経済」という言葉は、未だに我々の問題として立ち現れています。
本作はまた、姉妹の親愛や嫉妬が入り交じる関係性も見所です。ピューによるエイミーの演技にシビれました。エイミーは13歳から20歳になり、大人の女性に変わっています。しかし、7年の時を経てもジョーはあまり変わっていません。この対比が2人の性格の違いをよく表しています。大人になることを喜んでいるエイミーに対し、変化を好まないジョー。ジョーにとって大事なのは、昔からずっと「家族」と「書くこと」で、一貫しています。
原作では、ジョーは結婚と同時に書くことを一度やめてしまいます。オルコットは本当はジョーを結婚させたくなかったそうですが、出版社に従ってそのような結末にしたということです。
本作の邦題『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』は、原作者のオルコットとジョーを重ねるメタ的な視点を強調しています。けれども、オルコットが本当に書きたかった結末を描いているという点では、本作は原題通り「Little Women(リトル・ウィメン)」もしくは「若草物語」と呼ぶのがふさわしかったのではないでしょうか。
今の世の中は男性中心に回っていて、「女性の自立」というものは後回しにされています。今回のコロナ禍でも、4月に減少した非正規の職員・従業員97万人のうち、71万人が女性でした(前年同月比/2020年4月労働力調査)。そんな現実に打ちのめされそうになるけれど、この映画を見て、女性に少しでも明るい気持ちになってほしいです。「自由な中年女性」になりたいというささやかな願いが叶う社会に変えていきたいと強く思います。
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