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» 2020年07月17日 19時00分 公開

夏だ、海だ、北野映画だ! ビートたけしが描く「美しい夏」「恐ろしい夏」「いとおしい夏」(2/2 ページ)

[城戸,ねとらぼ]
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「ソナチネ」



 広域指定暴力団・北島組の幹部たちは、自軍の傘下組織である中松組が起こした沖縄・阿南組との抗争に頭を悩ませていた。同じく傘下組織である村川組組長の村川は、沖縄へ行って中松組と合流してほしいと告げられる。乗り気でない村川だったが、幹部に「行くだけ行けば手打ちで終わるだろうから」と促され、若衆を連れて沖縄へ向かう……。

 言わずと知れた邦画の誇る大傑作です。まさにバイオレンス映画の金字塔。アメリカでは、タランティーノが本作を絶賛。公開に一役買ったなんていきさつもあるそうです。

 沖縄の海の描写が素晴らしい作品。北島組と中松組の組員たちは、過激さを増す抗争の中で、上層部からの指示を待つため海辺の別荘に身を隠すことになります。むごたらしい暴力と共に生きてきた彼らは、その海で無垢(むく)な少年のように平和な“夏休み”を楽しむのです。その景色一つ取っても、エモーショナルな夏がギュッと濃縮されています。

 ただ、彼らは腐ってもヤクザもの。その平和が長く続くはずもなく、物語が進むにつれて事態は凄惨(せいさん)さを増し、破滅へと向かっていくわけです。この辺りはやくざ映画として非常に見応えのある展開。

 目が離せない夏と目をそむけたくなる暴力。人殺しのヤクザたちが夢のように美しい沖縄の海で無邪気な笑顔を見せるコントラストがたまらないんです。どんな楽しい場面でも常に充満する“死の匂い”。確実に制裁の時はやってくるのに、当の本人たちは頭に乗せた缶を銃で撃ち抜くなんて遊びに興じている。笑い声と一緒に命がどんどんと青空に浮遊していくような……。海の向こうに見える地平線は、決して穏やかに彼らを見守るわけじゃなく、彼らを飲み込もうと近づいてきているような……。海と砂浜の境界線、生と死の境界線を切り取った浮遊感がたまらないのです。

 そして肝心のバイオレンス描写。意外に感じるかもしれませんが、たけしは決して暴力を肯定的には描きません。一切の娯楽性を含まず、純粋な恐怖として唐突に噴出する。一般的なアクション映画なら、強い力を得る過程を成長として描いたりしますが、たけし映画から暴力に憧れる人は多くないでしょう。それほど本作での暴力は恐ろしく、あらがうすべが無いのです。人間性や生き方で覆すことなんてできない、ただただ銃を持っている奴が一番強いという。きっと暴力なんてそんなもんなんです。

 あらゆるテンプレートから逸脱し、現在に至ってもまったく色あせない魅力を放つ名作「ソナチネ」。映画という芸術媒体の、これこそひとつの到達点だと思います。公式パンフレットの冒頭、蓮實重彦氏による文献の一部を引用させていただくと、「構図だの、キャメラ・アングルだの、演出だのといった技術とはいっさい無縁の領域で、それは決定的に美しい(ソナチネ公式パンフレット 3ページ目より)」。それな〜!



「あの夏、いちばん静かな海。」



 ゴミ収集会社に勤める聾唖(ろうあ)の少年・シゲルは、道端に捨てられていたサーフボードに目を奪われ、持ち帰って修理を始める。同じく聾唖でありシゲルの恋人であるタカコは、だんだんとサーフィンに熱中していくシゲルを優しく見守るが……。

 監督3作目にして、初のラブストーリー。主演の真木蔵人がこの後「BROTHER」に出演したり、これ以降常連となる寺島進がちょろっと顔を見せているくらいで、同じ俳優を何度も起用する北野映画の傾向から逸れたある種独立性を感じる作品です。たけし自身も出演していません。

 ひと夏の青春の機微を、登場人物の表情とたけし特有の画作りで描き切った唯一無二の作品。どこを切り取っても完璧なようでいて、好きな場面を聞かれると困ってしまうような、そんなあいまいな魅力があるんですね。正直、言葉で説明するのが非常に難しい作品だと思います。

 正直、映画としてはかなり稚拙な面も多く見られます。分かりやすいところで言えば、アフレコが口の動きとまったく合っていなかったり。脚本だって、もはや陳腐と言えてしまうくらいシンプルなもの。思わず脱力してしまいそうな危うい糸の上で、なおも純然とした魅力を放っているのは、白い雲に見え隠れする愛ゆえなのです。

 いったい誰がこの不器用な主人公と、彼を支えるヒロインを愛さずにいられるでしょう。彼らは耳が聞こえず、言葉を発することもできませんが、まるで元からそんなものは必要無かったかのように、当たり前にケンカし、冗談で笑い、互いを求める。言葉というものの陳腐さを思い知らされてしまいます。

 そして2人を取り巻く登場人物たち。主人公の実質的な父親役を果たす職場の上司の優しさも見どころのひとつですが、注目してほしいのが海で出会うサーファー連中。主人公をバカにして笑うこともあれば、意外な優しさを垣間見ることもある。良いヤツなのか悪いヤツなのかはっきりしない連中ですが、それが逆に生っぽい。1年後の夏には存在すら忘れていそうな、たったひと夏だけの登場人物。逆にサーファーたちから見たら主人公は脇役にすぎないのです。生きていれば夏がやってくるのと同じくらい、とにかく全てが自然で当たり前なんですよね。いやあこんな映画はそうそう無いですよ。

 見る人によって姿を変える作品だと思いますので、どうか一度ご鑑賞ください。よろしくお願いします。





 あなたの知らない夏も、よく知る夏も、類まれなる手腕で描き切る「青」の名手・北野武。紹介した3作品を見れば、よりいっそう夏がいとおしくなることでしょう。「ビートたけし」は知っているけど、「北野武」のことはよく知らないという方。一度、たけしの描く夏に浸ってみてください。

城戸

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