“オタク監督”の新境地「ラストナイト・イン・ソーホー」 ショービジネス裏側の搾取描く、胸糞悪さ全開ホラー(1/2 ページ)
「ベイビー・ドライバー」以来4年ぶりの新作。
「エドガー・ライトの新作はホラー」、というニュースを単純に喜べなかった。エドガーといえば近年は「ベイビー・ドライバー」でシリアスなクライム・ムービーを手掛け、その作品のクオリティーに多大な信頼が寄せられていることは周知の事実。しかしその出自は非常にオタク気質、映画ファンとの共通言語であるサブカルチャーを通じ、ある種の「わかってるやつら」とその趣味を分かち合うような作風で評価を重ねてきた監督だ。
過去の監督作「ショーン・オブ・ザ・デッド」はそのタイトル通り、ロメロをはじめとするゾンビ映画のあるある・意趣返しをここぞとばかりに詰め込んだ笑えるパロディームービー。「ワールズ・エンド」は「SF/ボディ・スナッチャー」のオマージュに、輝かしい青春の記憶にすがるアル中男の悲哀を描いたダーク・コメディと、本人がカルトホラーの大ファンであるからこそ、ジャンル映画というよりは「ジャンルそのもの」を俯瞰するオタク向け作品を得意分野としてきた。
これらに加え、非常にスタイリッシュな場面転換、何気ない個々のセリフ・キャラクター名・楽曲の歌詞に今後の展開の伏線を緻密に張る作品の構成、キャラクターの強烈な個性を原動力に進んでいくシナリオといった特徴的な作風は、いずれもゴースト・ストーリーとは相性が致命的に悪い。
ゾンビやエイリアン、制作総指揮を手掛けた「アタック・ザ・ブロック」のようなジャンプスケア・チェイス・ムービーであればまだしも、理解を拒絶する不条理が未知の恐怖を醸し出す直球のホラー作品は、“しっかり伏線を解決してしまう”監督の作風からはどうも想像がつかなかった。
そんな中で公開された本作「ラストナイト・イン・ソーホー」のテイストは、過去作とはかなり異なる。主人公は60年代に憧れをもつ少女エロイーズ。大学でファッションデザインを学ぶため田舎から大都会ロンドンに初めて出てきた彼女は、ルームメイトとの不仲からとある老婦人が管理するアパートの屋根裏部屋に住むことになる。そこでの白昼夢として、実際の60年代を生きたサンディの生を毎夜追体験することになる。
きらびやかな服に身を包み、青春を謳歌するクラスメイトたちに引け目を感じるなか、夢の60年代を絢爛に過ごすサンディとの“出会い”からエロイーズは徐々に変わっていき、服装も髪形もサンディの生写しとなっていく。自身につきまとう謎の老人をあしらいながら、毎夜の夢に胸を躍らせていくエロイーズの期待に反し、次第に夢の物語は破滅的な方向へと向かっていく。合わせて彼女の周囲には顔のない幽霊たちが出没し始め、エロイーズの精神は徐々に消耗していく……という物語だ。
心配していた恐怖表現については、しっかりと“怖い”。今作では60年代のものも含め多くのホラー映画を参考にしたとのことだが、肉体の損壊描写などの直接的なものは少なく、不快・外道な展開に関するある種の胸糞悪さが顕著だ。
エロイーズの現実にゴーストが侵食し始め、次第に精神を病んでいく表現は町山智浩がパンフレットで挙げている通り、ハンク・ハーヴェイのカルトホラー「恐怖の足跡」(1962)からの引用。クラブシーンでのフラッシュ多用、映り込む影についてはダーレン・アロノフスキーの「ブラックスワン」(2011)の手法を取り入れている。
笑いにつながるコメディーシーンはブラックなものも含めてほぼ存在せず、観客が感情移入するエロイーズを取り巻く環境はとにかく、最初から最後まで居心地が悪い。冒頭のタクシードライバーに始まり、育ってきた環境があまりにも違うクラスメイトたちからの疎外が続いたかと思えば、信頼できる大人たちには手が届かない。
これに呼応するかのように、サンディの白昼夢がアメリカンドリームから逸れ始めてからの本作も黄金時代の負の側面、ショービジネスの裏側で搾取を繰り返されてきた女性たちの悲しみを描いたものになっていく。
本作はある種のカウンター映画である。根底にあるのは、自分が何も考えずに楽しんできたフィクションや時代の裏側で、不当に苦しめれてきた弱い立場の人々がいる、という考え方だ。これを「フィクション・空想・夢物語の力を信じて巨悪、または世界に勝つ」という「ホット・ファズ」「ワールズ・エンド」のエドガー・ライトが世に出したということには、彼自身の大きな変化を感じる。顔のないゴーストたちは弱者を搾取する権力者でありながら、それらをたのしく貪る消費者(もちろん、それらを大いに楽しんできたエドガー自身)の姿でもあるのだろう。
であるならばその表現に対し、若干のコメディーとも受け取れるシーンが入ってしまったのはいただけない。監督なりの照れなのか、演出上のミスなのかは判断のしようがないが、彼らの顔を映し、ふざけた動きをさせることは、明らかな蛇足と言わざるを得ない。
加えてこれは制作側というよりは配給側の問題だが、一部SNSでも注意喚起されているように、性暴力シーンを含むことは事前にある程度告知すべきだっただろう。作品全体のトーン、出来そのものは言うまでもなく随一であるだけに、これらの見過ごせない点が目につくのは残念なところになってしまった。
(将来の終わり)
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