少女が卵を温める、イヤな予感しかしない北欧ホラー映画「ハッチング―孵化―」 最大の恐怖は息の詰まる“理想的な家族”(2/3 ページ)
特に12歳の少女を演じるシーリ・ソラリンナは、フィンランド全土から1200人もの応募があった中から選ばれた新星だ。シンクロナイズドスケート(フィギュアスケートの一種)の選手であるからこその身体能力の高さも役柄に生かされており、母からとんでもないことを聞かされた時の「一瞬での表情の変化」も大人の俳優顔負けの上手さだ。
そして、卵から生まれた「何か」の造形は、ハリウッドの一流スタッフが集結して作り上げている。
「スター・ウォーズ」新3部作の他、「ジュラシック・ワールド」や「プロメテウス」などのグスタフ・ホーゲンがアニマトロニクス・デザイナーとして参加し、さらに「プライベート・ライアン」と「ダークナイト」で2度にわたるアカデミー賞ノミネート経験を持つコナー・オサリバンも特殊メイクアップを担当している。ホラー映画の傑作「ザ・フライ」をほうふつとさせる、CGをほとんど使わないからこその、「もの」として存在する恐怖をダイレクトに体感できるだろう。
フィンランドの美しい風景や、薔薇が咲いた庭、家の美しい内装も、むしろ卵から生まれた「何か」のおぞましさを際立たせている。前述したように普遍的な家族の問題提起をしている一方で、明らかに「北欧ならでは」のビジュアルの魅力も大きい作品なのだ。
完璧主義者であるからこその監督の自戒
劇中で卵から生まれた「何か」は、少女の自意識や反抗期のメタファーというだけでなく、彼女に隠されていたもの全て、怒りや悲しみの感情、愛されたいという欲求そのものとも解釈できる。それらを全く意識することなく、自身がかつて叶えられなかった夢どころか、とある秘密をも一方的に娘に背負わせようとする自己中心的な母の姿から、反面教師的に学べることはきっと多いだろう。
ハンナ・ベルイホルム監督は「母親と娘の両方のキャラクターに心から共感できる」とも語っている。その理由は監督自身が完璧主義者であり、自分の家族にどう生きるべきか押しつけ、それを正しい幸せを手に入れる道であるかのように思ってしまっていたことがあるからだとしている。
家族に限らず、身近な誰かを喜ばせたい、自身も幸せになりたいと願うこと、それ自体はまっとうな行動原理だ。だが、そのために不完全な自分の姿をさらけだすことをためらったり、他者や自分の気持ちを過剰にコントロールすることは、大きな不幸を呼んでしまうきっかけになってしまうのかもしれない……と、物語を振り返って、筆者は強く感じた。
恐ろしい物語を通じて、自分の中にある問題に気付くということが、世にあるホラーと呼ばれる作品の意義と言ってもいいだろう。PG12指定相当の多少の殺傷の描写があり、世にもおぞましい光景も目の前に広がるが、それも間違いなく作品に必要なものだ。ぜひ劇場で、その身近な恐怖に恐れ慄いてほしい。
(ヒナタカ)
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