SNS時代の最先端オタク像 『邦キチ!映子さん』の「池ちゃん」が映画ファンをざわつかせる理由
池ちゃんは俺だ……俺だったんだ!
映画紹介マンガ『邦画プレゼン女子高生 邦キチ!映子さん 』の第7巻(Season7)が3月25日に発売された。ここで取り上げたいのは、今巻で初登場する「池ちゃん」と呼ばれるキャラクターが、いかに映画ファンにとって見逃せない存在かである。
連載時、彼は初っ端のインパクトで映画ファンをざわつかせただけでなく、再登場時にはTwitterトレンドに「池ちゃん」の文字を刻みつけ、閲覧ページがアクセス過多で数時間に渡って読めなくなるほど話題を集めた。
池ちゃんがそれほどまでに特異性を放つ存在になっているのには、明確な理由がある。そしてそこには、映画ファンに限らず、全てのオタクが彼から学べる教訓もあったのだ。詳細を記していこう。
顔面正拳突き級の初登場
『邦キチ!映子さん』の基本的な内容は、女子高生の邦吉映子、通称「邦キチ」がトンキチな描写のある邦画をうれしそうに紹介し、それに対して「映画について語る若人の会」の部長がその内容に恐れ慄いたりツッコミを入れるというもの。
映画愛に溢れる談義の数々は映画ファンこそニヤニヤできる一方で、ラブコメや青春物語の要素があったりする上、特別な知識も必要としないため、映画に詳しくない方でも全く問題なく楽しめる内容となっている。
クセの強いキャラクターそれぞれが魅力的なのだが、その中でも池ちゃんはいろいろな意味で突き抜けていた。初登場時はプールでナンパをしてくる大学生グループの一員で、仲間から映画マニアだと紹介され、彼自信「インスタに映画感想あげてま〜す(舌をペロッと出す)」とのたまっていた。
作者の服部昇大先生も「こんなにむかつく奴描けるんかってぐらいむかつく奴が描けた」と自画自賛するほどで、こんなアピールを現実でするヤツがいたら、きっと顔面への正拳突きも正当防衛で許されるだろう。
ところが、池ちゃんはその直後、邦キチたちから近年の名作「白頭山(ペクトゥサン)大噴火」「全員切腹」「ベイビーわるきゅーれ」などについて立て続けに話を振られると、全くついていけない事実に直面。「まるで映画『アマデウス』で、1人だけモーツァルトの才能に気づいている、サリエリの気分だぜ…!」と、邦キチたちの「ガチ」ぶりに意気消沈し、ナンパ仲間を置いたまま帰ってしまうのだ。
この描写に、映画ファンは震えた。すぐさまネット上では、「年間85本観ている時点ですごい映画ファンじゃないか」「それなのになぜ口コミで話題の『ベイビーわるきゅーれ』を知らないんだ」「知ったかぶりをしないし己の力のなさをすぐに自覚する素直なやつでは」「名作『アマデウス』の内容をしっかり理解しているんだから胸を張って好きな映画を語ってくれよ」「年間に観た映画の本数を褒めてくれる友だちを大切にしなよ池ちゃん……」などなどと、そのパーソナリティを分析したり、心情をおもんばかる声が続出したのである。
第一印象が「顔面正拳突き」だったにもかかわらず、それから数ページで映画ファンの心を鷲掴みにした池ちゃん。しかし、それはまだ、伝説の始まりにすぎなかった。
愛憎入り交じる感情が昂りすぎて迷子になる理由
池ちゃんが再登場したのは、興行収入38億円を突破した大ヒット恋愛映画「花束みたいな恋をした」を語る回(全3話)だ。その中で、彼は初めこそ「ネトフリはオリジナル作品を観とかないとマジで人生損してるよ!」と、ウザったい勧め方をしたり、「オレって本当、面白い奴止まりなんだよね〜!」とイタすぎる独り言を口走る。
ところが、邦キチの映画プレゼンを聞くと、「それに比べてオレの感想は……長くてつまらない……」と、己の力のなさを素直に認め、面白い感想の言い方を教えてくれと、年下の高校生の邦キチと部長に頼み込むのだ。
池ちゃんの感想がなぜつまらないか、そもそも池ちゃんは映画の感想を、そして映画そのものをどう考えているのか、そこから池ちゃんがどのような学びを得るのか。詳細はぜひ本編を読んでいただきたい。そこには「他人からの評価を意識しすぎる」ことのダメさがありありと表れている上、池ちゃんがそれを素直に反省して、積極的に学ぼうとする純粋なヤツであることも分かる。
そのおかげというべきか、Twitterでは「池ちゃん 俺」とサジェストされるようにもなった。何しろ、初めこそ「こいつウゼェw」と鼻で笑い飛ばせるイキりサブカルかぶれ野郎に思えていた池ちゃんの本質が、好きな作品を鼻息荒く語りまくる自分たちめんどくさいオタクと大きな違いはないと気付かされる。なんなら「池ちゃんは俺だ……俺だったんだ!」と自分の姿を重ね合わせ、愛憎入り交じる感情が昂りすぎて迷子になるほどの衝撃が、そこにはあったのだから。
しかも、得てしてオタクたちは自分自身のウザさや非常識さに無自覚であるのに対し、「池ちゃんは冷静かつ客観的に自分を分析できているじゃないか……」と、むしろその真摯な姿勢に学ばされるという構図までもが付け加わっている。劇中で扱われる「花束みたいな恋をした」は、好きな作品への愛情たっぷりなオタクたちの関係(恋愛)を描いた映画なので、そちらを見ていればより池ちゃんの葛藤が伝わるだろう。
また、池ちゃんは自分の感想のつまらなさを嘆いているが、noteで8000字の映画感想記事を書ける時点ですごいことだ。おそらく本編で語られているように、あっちこっちへ余計な話が飛ぶ、ただ情報を羅列するだけのつまらない内容なのだろう。だが、その文字数そのものは、よほど映画への情熱や興味がなければ、成し遂げられることではないと断言する。
その後、インターン先の編集部で文章が良くなったと評価されていたし、きっと今後は素晴らしい映画ライターになってくれると信じているよ、池ちゃん。現在公開中の「Season8」の第3話で、映画ライターへのとんでもない偏見を口にしていたりもするけど。「Season7」単行本書き下ろしの「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」の回が過去最高にウザかったりもしたけど。
良い子の池ちゃんにまだ説教したいこと、それは……。
そんなわけで、筆者は池ちゃんへの感情移入を通り越して、「池ちゃん、あんたはすごいんだよ!」「素直に反省するし、気づきを得たら目を輝かせて学んで、次に生かそうと努力する子だよ!」「これからもっともっと伸びるよ!」と、遠い田舎から息子を心から応援する母親の気持ちになっているのだが、そんな池ちゃんに対して、1つだけ説教したいことがある。
それは、数多くの話題作が次々に劇場公開され、その“太い「流れ」”に置いてかれてしまう危機感を池ちゃんが口にしたシーンについてである。
ここで彼は、「『アイの歌声を聴かせて』も見なきゃならないし…(口コミで盛り上がってきてるよね!)」などと語っているのだ。池ちゃん、それは良くない。
彼は自身が口にする太い「流れ」について「義務感を覚える」のみで、「思い立ったら見る」という行動が伴ってないのだ。違うんだ! 映画を見るのにそんな重い義務感を背負う必要はない! 本編でも邦キチから諭されているが、口コミで気になったからとか、何より自分が見たいと思う映画を見れば、それでいいじゃないか!
そして、筆者は池ちゃんが、あのアニメ映画史上最高の大傑作「アイの歌声を聴かせて」を、その後に見たという報告をしてくれないのが悲しい。ていうか、全人類が複数回の視聴をするべきなのに、ぜんぜん達成できていないという現状こそが許せないのである。本当に素晴らしい映画なんだぞ「アイの歌声を聴かせて」は! 思い立ったら今すぐ見るべきなんだよ!
今は期間限定の先行レンタル配信がされているんだぞ!作品の舞台のモデルとなった佐渡島のミニシアター「ガシマシネマ」では大反響につき5月1日まで上映が延長(月・火は定休日)したし、なんばパークスシネマでは4月16日、26日、30日にライブ音響上映が実施されるし、まだまだ上映する劇場は他にもあるんだぞ! そしてBlu-ray&DVDが7月27日に発売決定したぞ! いいから! もう! 「アイの歌声を聴かせて」を見てくれよ池ちゃん! 約束だぞ!
(ヒナタカ)
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