高級レストランの地獄のような裏側をワンカット90分で煮込んで沸騰させた映画「ボイリング・ポイント」レビュー(2/3 ページ)
当初はリハを兼ねた2回を合わせた合計8回の撮影が予定されていたものの、撮影2日目に新型コロナウイルスの影響で翌日からロンドンの街が封鎖されることが決まったため、その日中に撮影を完了させる必要にも迫られた。それでもこの映画が完成できたのは、プロデューサーいわく「現場にいた全員の団結力のたまもの」だったそうだ。
ちなみに、主人公のオーナーシェフを演じたスティーヴン・グレアムは、「アイリッシュマン」や「ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ」などに出演する実力派俳優。バーテンダー役のタズ・スカイラーはNetflixドラマ版「ワンピース」のサンジ役としても注目を集めており、今回の役作りのためにカクテルの講義を受講した他バーテンダーのアルバイトもしたのだとか。その他の役者も含め、ワンカットで撮り直しが難しい中での熱演、特にわずかな時間で憔悴していくリアルな感情の動きにも注目してほしい。
現代社会の切実な問題
レストランの地獄のような裏事情を面白く見られるのは、ワンカット映像をさらにスリリングにする縦横無尽に動き回るカメラワーク、役者たちの鬼気迫る演技はもちろん、鋭い社会性批評を含んでいることも大きな理由だろう。
例えば、ホールスタッフの中には、ゲイであり本業のDJで恋人を祝福しようと考えている男性がいる。一方で客の中には傲慢な差別主義者や、インフルエンサー気取りの若者といった不遜な連中もいる。その他、さまざまな劇中の描写から、人種差別や同性愛嫌悪など、労働環境に限らない、現代社会の切実な問題も描かれているのだ。
12年間シェフとして働いた経験を持つフィリップ・バランティーニ監督は、厨房で目撃したさまざまなことや経験を映画として表現したいと考え、初めにアルコールとドラッグに依存するシェフの姿を追った短編を制作。今回の長編ではそれを発展させ「同じ環境で働く他の人々の相互関係を示し、同じ職場にいる人々が自らのストレスにどのように対処しているかを映し出す」ことを目指したという。
そのテーマは、見事に表現されていた。良い意味でストレスフルかつリアルな「悪循環に陥った労働環境と人間関係」がギチギチに詰まっていたのだから。そして90分という短時間で地獄空間を演出するために、ジェットコースターのようなワンカット手法もうまく機能していた。
飲食店の労働環境の過酷さは日本においてもひとごとではないし、サービス業はもちろん全ての仕事に従事する人たちの気持ちをおもんばかりたくなるほどの、ひどく悲しく辛く苦しい時間を「体感」するという意義も、本作にはある。少なくとも反面教師的に学べることがあるだろうし、主人公がタイトルさながらの「沸騰点」に達してしまった時に、心から彼の気持ちに寄り添い涙を流す方もいるはずだ。
逆映画「ゆるキャン△」だった
突然だが、現在劇場公開中の映画「ゆるキャン△」は、「何かの行動が伝播していき良いことが起きる」「人と人の縁」を鮮烈に、でも優しく描ききった素晴らしい作品だった。
そして、この映画「ボイリング・ポイント 沸騰」で描かれたことは、「(仕事で)やることなすこと全て悪循環に直結」という、映画「ゆるキャン△」のちょうど正反対のベクトルの内容だ。そういう意味で「ボイリング・ポイント」は逆・映画「ゆるキャン△」であると断言できる。もちろん、どちらが良くてどちらが悪いというわけではなく、両作品は共に社会や仕事のリアルを描いた誠実な作品である。
革命的映画のリメイクとまさかの同日公開
さらに、この「ボイリング・ポイント 沸騰」とリンクする要素のある映画が、7月15日より同日公開されているフランス映画「キャメラを止めるな!」だ。
タイトルからお分かりの通り、こちらは口コミで異例中の異例の大ヒットとなった2017年の日本のインディーズ映画「カメラを止めるな!」のリメイクだ。監督は第84回アカデミー賞で5部門に輝いた2011年の「アーティスト」のミシェル・アザナヴィシウスであり、フランスの実力派俳優やスタッフも多く参加している豪華な布陣となっている(しかも日本語吹き替え版も豪華)。
実際に見たところ、これが(やはり)面白い! オリジナル版の構造の魅力はそのままに、リメイクにおける「忠実に再現するか否か?」「日本が舞台の映画をフランスにどう置き換えるのか?」という大きな問題に、「なるほどそうアプローチしたか!」と納得&感動させるアイデアが多く盛り込まれていて、「単純なやり直しにはしないぞ!」という気概を存分に感じさせた。
オリジナル版の竹原芳子演じるプロデューサーが再登場するというギミックも面白く、フランスのお国柄を生かした攻めた言動や音響スタッフが繰り出すボケボケぶりなど、追加されたギャグもしっかり笑える。何より「作中で作られる映画のクオリティーのひどさ」が、序盤から示されるある設定のおかげでマシマシになっているのも可笑しい。オリジナル版が好きな方も、初めて見る方も楽しめること間違いなしだ。
そして、「ボイリング・ポイント 沸騰」と「キャメラを止めるな!」には、ワンカットを駆使した映画であり、その手法にこそ意義があるという以外に、「お仕事映画」という大きな共通項がある。
「ボイリング・ポイント」は前述してきたように仕事における辛くて悲しくて苦しいことばかりが描かれるので、ぜひ「達成感」も得られる「キャメラを止めるな!」も合わせて見てほしいと願うばかりだ。もちろん、さらに映画「ゆるキャン△」をセットにしてみてもいいだろう。
(ヒナタカ)
関連記事
- 映画「ゆるキャン△」レビュー 愛に満ちた「社会人物語」の大傑作
環境は変わった、でも変っていない、みんながそこにいた。 - 作り手の“鋼の意志”をたたえたい 「鋼の錬金術師 完結編 最後の錬成」レビュー
(たぶん)誰もスタッフとキャストに諦めろなんて言わなかった。 - そこに『ベルセルク』が確かにあった 作者亡き後、求められるハードルをはるかに飛び越えた連載再開
ガッツたちの旅が、再び始まる。 - 少女が卵を温める、イヤな予感しかしない北欧ホラー映画「ハッチング―孵化―」 最大の恐怖は息の詰まる“理想的な家族”
ホラー版「ドラえもん のび太の恐竜」だった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
-
猫だと思って保護→2年後…… すっかり“別の生き物”に成長した元ボス猫に「フォルムが本当に可愛い」「抱きしめたい」
-
「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
-
大きくなったらかっこいいシェパードになると思っていたら…… 予想を上回るビフォーアフターに大反響!→さらに1年半後の今は? 飼い主に聞いた
-
「大企業の本気を見た」 明治のアイスにSNSで“改善点”指摘→8カ月後まさかの展開に “神対応”の理由を聞いた
-
「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
-
「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
-
松田翔太、憧れ続けた“希少な英国製スポーツカー”をついに入手「14歳の僕に見せてあげたい」 過去にはフェラーリやマクラーレンも
-
「行きたすぎる」 入場無料の博物館、“宝石展を超えた宝石展”だと40万表示の反響 「寝れなくなっちゃった」【英】
-
スーパーで売っていた半額のひん死カニを水槽に入れて半年後…… 愛情を感じる結末に「不覚にも泣いてしまいました」
-
自動応答だと思って公式LINEに長文を送ったら…… 恥ずかしすぎる内容と公式からの手動返信に爆笑 その後について聞いてみた
- 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
- ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
- 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
- まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
- 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
- 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
- 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
- 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
- ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
- 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
- 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
- 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
- フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
- 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
- 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
- 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
- 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
- ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
- 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
- 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた