「G7参加のバイデン大統領らはゴム人間だ」という陰謀論 トンデモに思える言説が日本でも広まった理由(1/2 ページ)
陰謀論に詳しいライターの雨宮純さんが解説。
5月19日から5月21日まで開催された「G7広島サミット」。アメリカのバイデン大統領やイギリスのスナク首相らが来日し、その様子や背景は大々的に報じられた。そんな最中、SNS上では各国の大統領や首相が写った写真を指し、「この中には人はいません。ゴム人間ばかりです」と主張する投稿などが複数確認された。
思わず一笑に付してしまいそうなトンデモな言説に思えるが、昨今Qアノンをはじめ陰謀論が国内外の一部で強い影響を持ちつつある。今回はこのような社会的な状況を受け、陰謀論に詳しいライターの雨宮純さんになぜ各国の大統領らを「ゴム人間」と主張するような言説が広まったのか、その背景を解説してもらった。
(文: 雨宮純 編集:上代瑠偉)
「サミットに出席した首脳はすべてゴム人間」と陰謀論が発展
5月18日、G7広島サミットに関するニュースが飛び交うなか、筆者のTwitterタイムラインは信じられないような話で持ちきりになっていた。その日、来日した「バイデン米大統領が実はトランプ元大統領」という陰謀論である。一体何を言っているか分からないと思うので、もう少し詳しく説明すると、「トランプ元大統領がバイデン大統領のゴムマスクをかぶって来日している」という内容だ。
これは、陰謀論の世界で一世を風靡し、今では定着している「ゴム人間陰謀論」というものだ。「ゴム人間」と言っても人気漫画『ONE PIECE』のルフィではない。陰謀論界のゴム人間とは、「ゴムマスクをかぶった何者かが偽装している人物」を指す。中身については若返り物質が切れた本人、影武者役の他人などいくつかの言説があるが、いずれも何かしらの陰謀の手先とされることは共通している。
ゴム人間陰謀論では、有名人のほとんどがゴム人間だとされ、今回も「G7広島サミットに出席した首脳はすべてゴム人間で、そこに人間はいない」という説に発展していた。
「定着している」と書いた通り、ゴム人間陰謀論は目新しいものではなく、「バイデン大統領は実はトランプ元大統領」という説がささやかれるのも今回が初めてではない。遅くとも、2021年6月ごろからは浮上し始めており、2022年5月のバイデン大統領の来日時にもまったく同じ言説で盛り上がっていた。
英語圏では、2020年アメリカ合衆国大統領選挙の時点ですでに、バイデン大統領(当時は候補)の映像を「ゴムマスクをかぶった別人か」と指摘する陰謀論が登場しており、これが日本にも輸入されて流通した形だ。陰謀論界隈では今日も、有名人の写真を見ながら「耳の穴が怪しい、ゴム人間に違いない」「首のシワが怪しい、ゴム人間に違いない」という会話が盛り上がっているのだろう。
さらに、ゴム人間陰謀論を「有名人に何者かがなりすましている」という言説として捉えると、同種の陰謀論や都市伝説も決してめずらしいものではない。1960年代には「(元ビートルズのミュージシャン)ポール・マッカートニーは交通事故で死んでおり、別人が入れ替わっている」という説が広まった。他には、同じくミュージシャンのアヴリル・ラヴィーンにも同様の噂があり、本人が否定している。
より恐怖を与えるものとしては、アメリカのテレビドラマ「V」(※編注1)や、アメリカ映画「ゼイリブ」(※編注2)のように、「何者かが支配者に化けて人々をコントロールしようとしている」という陰謀論がある。これが「レプティリアン(爬虫類型宇宙人)陰謀論」として定着しており、ゴム人間陰謀論もこの流れを引き継ぐものと見て良いだろう。
(※編注1)「V」は、1983年〜1984年のSFテレビドラマ。人間を食糧にしようとして、地球にやって来た宇宙人との闘いを描いた。地球にやって来て人類と交流を申し出たエイリアンたちの外見は人間と同じだが、本当の姿は爬虫類のような外見だったと明らかになる。1984年〜1985年には続編「V2〜ビジターの逆襲」、2009年〜2010年には新たに「V」が2シーズン製作された
(※編注2)「ゼイリブ」は、ジョン・カーペンター監督が手がけた1988年のSFアクション映画。人間になりすます宇宙人の正体を見破れる、特殊なサングラスを手に入れた主人公の活躍を描いた
背景にあるのは「証拠探し」の快楽
このような陰謀論が広まる理由としては、「フィクションのような話を現実と認知したときに生じる興奮と、その伝播」が考えられる。この陰謀論では、「あの有名人はゴム人間だ」と指摘するだけではなく、「耳の穴がないように見える」「首のシワがマスクとの境目に見える」といった、一種の「証拠」を画像から探す行為がなされている。
この「証拠探し」は、「フィクションのような話が本当に起こっている」という感覚を強化し、自分を取り巻く世界が違って見える快楽をもたらす(疲れた状態で「ゴム人間」と検索した結果を延々と見るとこの感覚を追体験できるが、もちろんオススメしない)。陰謀論界隈では、アメリカ映画「マトリックス」に由来する「レッド・ピル」(※編注3)というミームがよく使われるが、これは目覚めた瞬間の興奮をよく表していると言えよう。
(※編注3)「マトリックス」は、ウォシャウスキー姉妹が手がけた1999年のSFアクション映画。2003年には「マトリックス リローデッド」と「マトリックス レボリューションズ」、2021年には「マトリックス レザレクションズ」と続編が製作された。1作目の序盤で主人公が赤い薬(レッド・ピル)と青い薬(ブルー・ピル)のどちらかを飲むように迫られることに由来して、何も知らない状態を「青い薬」、真実を知った状態を「赤い薬」と表現するようになった
さらに、証拠画像を投稿すると陰謀論仲間から称賛され、「ゴム人間」の話で盛り上がる仲間ができる。こうなると、代わりとなる快楽源を見いだすことはなかなか難しい。「隠された真実」に熱狂する仲間を与えてくれるほかの趣味など、ほとんどないからである。
このような言説が与える1番の問題は、有名人をゴム人間(すなわち、陰謀の手先)呼ばわりする誹謗中傷に直結していることだろう。しかし、仮にそれを快楽がゆえに信じていても、SNSで発信しなければ大きな問題にはならないはずだ。発信する前に踏みとどまるブレーキを壊す誘惑に抗えるかも問われている。
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