駅弁文化を守るために、老舗が見据える新たな駅弁のカタチ(1/15 ページ)
毎日1品、全国各地の名物駅弁を紹介! きょうは岡山・三好野本店の駅弁「岡山旅めし 黒毛和牛と真鯛のフルコース膳」です。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
コロナ禍でいままでにない苦境に立たされている交通・旅行業界。駅弁業者も例外なく、厳しい状況に置かれています。そのなかで、創業130周年の岡山駅弁・三好野本店は、新たに開発した冷凍駅弁により、全国向けの通信販売をスタートさせました。この新たな展開を含め、鉄道を取り巻く環境の変化を、老舗駅弁屋さんはどのように乗り越えようとしているのでしょうか?
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第26弾・三好野本店編(第6回/全6回)
今年(2021年)3月12日で相互直通運転開始から10周年を迎えた山陽・九州新幹線。伝統的な陶磁器の青磁を感じさせる白藍色のN700系新幹線電車(8両編成)が、「みずほ」「さくら」号として、山陽新幹線内は最高時速300kmで駆け抜けます。最も速い「みずほ」号は、途中、新神戸・岡山・広島・小倉・博多・熊本の6駅のみに停まって、新大阪~鹿児島中央間を3時間41分で結びます。
山陽・九州新幹線10周年の記念駅弁「岡山旅めし 黒毛和牛と真鯛のフルコース膳」(1380円)を手にしているのは、岡山駅弁・三好野本店の5代目、若林昭吾社長。今年(2021年)は、前身の米問屋「藤屋」創業から240年、鉄道構内営業を行う三好野本店創業から130年、そして、若林社長が平成3(1991)年、お父様の死去を受けて38歳で社長に就任して30年となります。この節目に思うこと、考えていることを伺いました。
社長就任30年、コロナ禍がいちばん苦しい
―若林社長が就任されてからのいちばんのご苦労は?
若林:辛いことは忘れてしまうほうですが、このコロナ禍がいちばん苦しいです。山陽新幹線の乗車率が20%になれば、駅弁の売り上げも2割に落ち込んでしまいます。とくにキャラクター系の弁当は東京駅をはじめ都市部にも置かせてもらっていますが、これがまったく売れなくなったのは痛いですね。コロナ禍の前のお客様が、全部戻ってくることはもうないと思っています。旅行会社さんも苦しいですし、団体旅行も当分はないでしょう。
―東海道・山陽新幹線は、ビジネス需要も大きいですよね。
若林:企業のリモートワークが続いていますので、東京から出張される方が100%戻るとは考えにくいですね。コロナ禍が収束しても、このあとはずっとwithコロナで付いて回ります。三好野本店はこれまで学会や1000人~3000人といった大勢の人が集まるイベントのケータリングに圧倒的な強さを誇ってきましたが、これはもう見込めません。実際、2020年3月から岡山で開かれた学会はほんの一握り。「お花見弁当」の売れ行きも前年比2%でした。
コロナ禍を乗り越えよう! 冷凍駅弁を通信販売
―そのなかで「冷凍 桃太郎の祭ずし」を4月から新たに発売して、通年で冷凍駅弁の通信販売にも参入されました。
若林:新たに開発した「冷凍駅弁」は今後、とても大事な存在になってきます。冷凍弁当もいろいろありますが、弊社の冷凍駅弁は「完成度が違う」と自負しています。平成13(2001)年にこの社屋が完成したときから、本格的な冷凍設備を持っていて需給の調整に活用していました。20年に及ぶ冷凍技術の蓄積が、実物の駅弁の味を本格的に再現した冷凍駅弁につながっていると思います。
―フリーザーは、どのように開発したのですか?
若林:境港で港からあがった魚介を新鮮なまま送るための冷凍技術があると聞いて、私が見に行きました。瞬時に凍らせると肉のドリップが出ないということで、実際に魚を使った冷凍・解凍実験も行って、その凄さを実感しました。会社としてはできるだけ生産ロスを減らしたいと考えていて、冷凍による駅弁の保存を念頭に導入しました。ですので、冷凍駅弁の開発に当たっては、冷凍より「解凍」方法が最大の課題でした。
より季節感のある駅弁で岡山を発信したい
―「三好野本店」が駅弁作りで最も大切にしていること、今後力を入れたいことは?
若林:駅弁店としてはお客様が喜んで下さることがいちばん嬉しいです。お客様の「よかった!」が何より励みになります。コロナ禍で旅行の形が変わります。これに舵を切らないといけません。冷凍はもちろん、駅弁も家やオフィスに持ち帰っていただくことが増えていくと思います。ただ、日本の駅弁は他の国にはない文化です。「bento」「makunouchi」といった言葉も海外で通じるようになってきました。これを残していかないと……と考えています。
―三好野本店がこれから作っていきたい駅弁は?
若林:メモリアルイヤーや話題性の重視、さらには季節感や年中行事といったものを反映した駅弁を作りたいと思います。あと、冷凍駅弁によって全国の方に三好野本店の駅弁をお求めいただけるようになりました。岡山を全国に発信するチャンスと捉えていますので、岡山のいいものを発掘していろいろ作っていきたいです。
開発担当・俟野さん:いままで「焼肉屋さんの○○」「そば屋さんの○○」は1つのブランドになりましたが、いまなら「駅弁屋さんの○○」も1つのブランドになり得ると考えています。コロナ禍でも、駅弁大会は前年度(の売り上げ)を上回ることができました。旅行には行けないけれど、駅弁には需要があるという状況と感じています。地域色を出すことで駅弁店としての強みを出していけたらと思っています。
【おしながき】
- 黒毛和牛の牛めし 岡山県産瀬戸内青ねぎ使用 きんぴらごぼう
- 瀬戸内産真鯛の甘辛揚げ
- 野菜コンソメ煮(キャベツ・ズッキーニ・パプリカ・なす ほか)
- 鶏肉の照り焼き
- 玉子焼き
- ひじき煮 しらす載せ
- 昆布煮 飾り人参
- いぶりがっこ入りポテトサラダ
- わらび餅 岡山県産作州黒豆添え
倉敷美観地区の街並みが描かれたスリーブ式の包装が施された「岡山旅めし 黒毛和牛と真鯛のフルコース膳」。新幹線を利用する皆さんへ感謝の気持ちを込めたという“フルコース”にふさわしく、手に取るとずっしりとした重みが感じられます。肉の最高峰・黒毛和牛と魚の最高峰・真鯛を130年の歴史ある駅弁屋さんの技で、たっぷりと味わうことができる贅沢なひととき。岡山旅の途中、自分へのご褒美気分でいただきたくなる駅弁です。
―若林社長お薦め、三好野本店の駅弁を美味しくいただくことができる車窓は?
若林:私は瀬戸大橋線の児島へ行く途中にいただくのが大好きです。茶屋町の高架に上がっていく辺りから食べ出して、瀬戸大橋の上で食べ終わるのが理想。マリンライナーの自由席は混雑していることもありますので、ちょっと奮発して2階建てのグリーン席で、眺めも楽しみながら進行方向を向いていただくと、より美味しくいただくことができると思います。
―若林社長としては、ニッポンの駅弁をどんな形で盛り上げていきたいですか?
若林:基本的には「岡山へ行ったらあれを食べたい!」というものを作ることだと思います。私も全国を旅すると、「○○へ行ったら、●●がなくちゃ!」といったものがあるんですよ。「祭ずし」に限らず、「岡山へ行ったら、あれを食べなくちゃ」というものをよりたくさん作っていきたいです。駅弁というものは、非常に「文化的な」食べ物なんです。
岡山に鉄道がやって来て130年、新幹線が通ってから2022年で半世紀となります。一方、日常生活ではマイカーの利用が当たり前となっていくなか、江戸時代から続く老舗の力を活かして、行政や地元の人たちの連携を深めながら、三好野本店は、岡山に駅弁文化を根付かせてきました。お出かけにいい時期になったら現地で、それまでは通信販売で、岡山の文化香る駅弁の味を味わってみてはいかがでしょうか。
(初出:2021年5月12日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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