まず攻めさせろ。受け身に立ってこそ真髄が分かる異色アクション「Heavenly Sword 〜ヘブンリーソード〜」レビュー(2/2 ページ)

» 2007年12月05日 12時00分 公開
[水野隆志,ITmedia]
前のページへ 1|2       

射撃モードで体験できる新感覚のシューティング

 カウンター重視のアクションと並んで、「ヘブンリーソード」で大きなウェイトを占めているのが、オブジェクト移動のシステムだ。射撃武器を使ったり、手で物を投げた場合、射撃あるいは投擲後に、視点を飛んでいく物体に変えることができ、これにより軌道の修正が可能になるのである。入力方法は、ワイヤレスコントローラを上下左右に傾けることで行う。コントローラの傾きを感知できる、プレイステーション3ならではの趣向だ。

画像 大砲で敵歩兵と戦うシーン。まずは主人公視点から×ボタンを押して射撃
画像 ×ボタンを押し続けていると弾丸の視点に。狙いを細かく調整することが可能
画像 撃った後の調整が効くため、かなりの遠距離でも正確に当てることができる

 オブジェクト移動は、これまでにないシューティング感覚を味わわせてくれる。何しろ、撃った後の弾を自由自在に曲げられるのだ。オブジェクト視点で目標に接近し、あ、ちょっとずれているな、と思ったら、ひょいと軌道修正。これで命中となるのである。その曲がり度合いはコントローラの傾きによるから、相当な変化も可能だ。地面を這うような低い弾道から急速に上昇させてヒットなんて芸当もできる。ただし、感度はかなりいいから調子に乗って曲げすぎると、腕を振り上げた相手の脇の下をかすめてしまうなんて事態も起こり得る。このあたりの一喜一憂は他人のプレイを見ているだけでも思わず手に汗握る。自分でやればなおさらだ。このモードだけ抜き出しても立派にゲームになるのでは、と思えるほど、非常に面白いシステムなのである。

画像 オブジェクト移動は戦闘だけでなく、仕掛けを解く際にも使用することがある

 カウンターを核にした一味違ったアクションとオブジェクト移動を用いた斬新なシューティング。2つのシステムが融合することで作り出された「ヘブンリーソード」には確かにド派手なエフェクトが炸裂するようなビジュアル面でのインパクトはないだろう。しかし、アクション好き、とりわけ格闘術が好きな人なら、その面白さは間違いなく理解できるはずだ。

生まれながらに悲しみと苦しみを背負ったヒロイン

 最後にヒロインが持つ英雄像について触れておこう。これは見逃されやすいように思えるが、非常に重要だと思う。造形がストーリーと密接に関わっているため、プレーヤーの印象にも大きな影響を与える。後述するようにあまり人に好かれるタイプの設定ではないから、そのせいでゲームを嫌いになる可能性すらあるのだ。まあ、ゲームが娯楽である以上、どうしても好みの合わないなら仕方ないが、せめて作り手が何を狙っていたのかは知っておいて戴きたい。

 主人公となるのは女剣士のナリコだ。一族に伝わる伝説の剣、“ヘブンリーソード”の使い手である。深紅のロングヘアをなびかせた彼女が、世界制服の野望に燃える凶悪な王、ボハン率いる軍勢と戦っていく、というのが物語の大枠となる。

 世界観的には中国の影響が大きいようで、建物や服装のデザインはまさにチャイニーズ・テイスト。村長をトップにした家父長的な社会も、伝統的な中国社会を思わせる。

画像 ヒロインのナリコ。名前こそ日本的だが、顔つきには欧米伝統の女戦士であるアマゾネスの風貌が漂っている
画像 ナリコの父、シェン。一族を率いる立場にあるせいか、ナリコに対してはかなり厳しい態度を見せる

 さて、あらすじから考えると、世界観こそ異質とはいえ、基本的には一般的なヒロイック・ファンタジーに思えるかもしれない。だが、それはちょっと違う。ナリコは全編を通してかなり悲惨な扱われ方をされていて、話がかなり重いのである。

 そもそもの発端は、彼女の部族に伝わる伝説に始まる。はるかな昔、善と悪の戦いが行われた際、人々を救ったのが光り輝く神であり、その時に神が使った聖剣こそが“ヘブンリーソード”だ。この剣はナリコの一族に伝えられ、ある定められた暦のもとに生まれた男子が手にした時、一族を救ってくれるといわれていた。

画像 特典映像には、“ヘブンリーソード”の伝承を描いたアニメーションも収録されている

 ナリコはこの運命の年に生を受けた。しかし、予言と違って女子だったうえ、誕生時に母が死亡してしまったため、生まれながらにして、のろわれた子の汚名を被せられてしまったのだ。父であるシェンは彼女を一族の守り手となるべく鍛え上げ、そのためナリコは剣の腕は上がったが、父の愛情を注がれることはなかった。しかも他の同族からは白い目を向けられる。ゲームは冒頭からこの人物関係を全面に出して進んでいくので、ナリコの立場にあるプレーヤーとしては非常につらい気分を覚えることになる。ナリコ以外のヒロインとして、その義妹であるカイという少女が登場するのだが、彼女はちょっと変わった性格をしていて、少なくとも一般的な日本製ゲームのヒロイン像とはだいぶ趣が違う。そんなこんなで、感情移入できるキャラクターを見出すことが難しいのだ。


画像 もうひとりのヒロインであるカイ。幼少時に家族を惨殺され、そのショックで精神に深い傷を負っている
画像 弓の扱いが得意なカイ。オブジェクト移動は彼女のためにあるシステムと言っても過言ではないくらいだ

 さて、このように見てくると、もはや単純なヒロイック・ファンタジーとは異なっていることは明白だろう。ところが、確かにゲームで語られる英雄像とは違っているのだが、ヨーロッパ伝統の英雄観という点から見ると、ずいぶんと様相が変わってくるのである(「ヘブンリーソード」はヨーロッパの制作会社NinjaTheoryが開発)。実は、こちらの視点から見れば、ナリコの設定はむしろ当然というか、一般的ですらあるのである。

ヒロインに込められた欧州伝統の英雄観

 そもそもヨーロッパの英雄譚には、いくつかの絶対的な法則がある。それをまとめると以下の10項目に要約できる。

  1. 英雄は特別な血を引いている
  2. 英雄は特別な武具を持っている
  3. 英雄には師匠がいる
  4. 英雄には親友がいる
  5. 英雄にはともに戦う同志がいる
  6. 英雄には愛する異性がいる
  7. 英雄には宿命の敵がいる
  8. 英雄は偉業を成し遂げる
  9. 英雄は悲劇に見舞われる
  10. 英雄は死ぬ

 もっとも著名な英雄であるアーサー王などはこれにぴたりとはまるし、ベオウルフ、ローランなども基本的にこのラインに沿って物語が構成されている。アメリカ映画だが「スター・ウォーズ」も、あれをアナキン・スカイウォーカーの物語としてみれば、見事なまでに条件を満たしているのが分かるだろう。

 さて、「ヘブンリーソード」を見てみよう。ナリコは予言の子という特別な扱いを受けている。これは1の条件を満たしている。2は言うまでもなく“ヘブンリーソード”。3はシェン。4と5はカイが兼任している。6は満たしていないが、これは主人公がヒロインであるがゆえの縛りだろう。ヒロインが他の男性キャラと恋に落ちるのを喜ぶ男性プレーヤーはあまりいない。アクションゲームというジャンルの性質上、プレーヤーは男性が多いと想定されるので、盛り込まれなかったのは妥当と思われる。7はボハン王。8はボハンの軍勢を破ること。9は予言と性別が違ったせいで過酷な人生を歩むことを余儀なくされたこと。

 そして10。現代のエンターテイメントの常識から考えると、奇異に感じるかもしれない。しかし、偉業を成し遂げた英雄ですらハッピーエンドを迎えられない、というのは、それはそれとして魅力的なエンディングだ。そこには人生の無常観、人知を超えた力の存在が感じられる。さらに言えば、この事象が英雄を完全無欠なヒーローではなく、等身大の人間に近づけていることを忘れてはならない。アメコミ最大手の“マーヴル・コミック”の主人公たちは超人的な力を持つ一方で、必ず極めて人間的な苦悩を抱えている。あまりにも超絶で無敵で成功者である英雄は、意外に魅力がないのだ。つまり10番目の項目は、英雄と一般人を繋ぎ止める要素として意味を持っているのである。

 本作でのナリコの英雄性は明らかだ。彼女は、同胞から疎まれ、嫌われ、それでいて同胞のために戦うという運命を余儀なくされている。この葛藤は超人性と人間性を併せ持つ、という英雄の基本的な造形に合致しているといえよう。劇中の同胞たちが、繰り返しナリコを不快にさせる行動を取るのは、葛藤を生み出すための必然でもある。

 ところで、ナリコの戦いがいかなる結末を迎えるかは、ストーリーの根幹と関わるのでご自分でプレイして確かめていただきたいが、悲劇のヒロインという、ナリコの英雄像はしっかり描かれている。それはヨーロッパにおける正統的な英雄観の延長線上にあるのだ。

 システムとストーリーの両面において異彩を放つ「ヘブンリーソード」。そこには他のアクションゲームとは明らかに一線を画する魅力がある。何より、タブーをバンバン犯している思い切りの良さは特筆すべきだ。エンターテイメントの一般原則を無視してまで自分の求めるテーマを追ったデザイナーの勇気には大いに拍手を送りたい。好き嫌いは分かれるかもしれないが、この個性、プレイしなければなかなか分からない。

(C)2006-2007 Sony Computer Entertainment Europe. Published by Sony Computer Entertainment Inc. Developed by Ninja Theory Ltd. Heavenly Sword is a trademark of Sony Computer Entertainment Europe. All rights reserved.


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/14/news189.jpg 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  2. /nl/articles/2411/14/news014.jpg ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. /nl/articles/2411/14/news187.jpg 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  4. /nl/articles/2411/14/news167.jpg 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  5. /nl/articles/2411/15/news016.jpg 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  6. /nl/articles/2411/13/news176.jpg 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  7. /nl/articles/2411/15/news009.jpg 高2のとき、留学先のクラスで出会った2人が結婚し…… 米国人夫から日本人妻への「最高すぎる」サプライズが70万再生 「いいね100回くらい押したい」
  8. /nl/articles/2411/15/news058.jpg 「腹筋捩じ切れましたwww」 夫が塗った“ピカチュウの絵”が……? 大爆笑の違和感に「うちの子も同じ事してたw」
  9. /nl/articles/2411/14/news023.jpg “膝まで伸びた草ボーボーの庭”をプロが手入れしたら…… 現れた“まさかの光景”に「誰が想像しただろう」「草刈機の魔法使いだ」と称賛の声
  10. /nl/articles/2208/06/news075.jpg 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
先週の総合アクセスTOP10
  1. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  2. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  3. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  4. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」
  5. イモト、突然「今日まさかの納車です」と“圧倒的人気車”を購入 こだわりのオプションも披露し光岡自動車からの乗り換えを明かす
  6. 「この動画お蔵かも」 親子デートの辻希美、“食事中のマナー”に集中砲火で猛省……16歳長女が説教「自分がやられたらどう思うか」
  7. 老けて見える25歳男性を評判の理容師がカットしたら…… 別人級の変身と若返りが3700万再生「ベストオブベストの変貌」「めちゃハンサム」【米】
  8. 「ガチでレア品」 祖父が所持するSuica、ペンギンの向きをよく見ると……? 懐かしくて貴重な1枚に「すげえええ」「鉄道好きなら超欲しい」と興奮の声
  9. 「デコピンの写真ください」→ドジャースが無言の“神対応” 「真美子さんに抱っこされてる」「かわいすぎ」
  10. 「天才」 グレーとホワイトの毛糸をひたすら編んでいくと…… でっかいあのキャラクター完成に「すごい」「編み図をシェアして」【海外】
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた