東大・ハーバードの競争率をはるかに超えた総務省の「異能vation」プログラム そこで起こった3つの戦い
Freedom to fail.
角川アスキー総合研究所と総務省は2月6日、昨年7月から行っている「異能(inno)vationプログラム」(関連記事)についての中間報告を東京・秋葉原で行った。
異能vationプログラム(通称“変な人プロジェクト”)では、10件の枠に対し710件の応募が。この倍率は、東大・ハーバードの競争率(高くても20倍以内)をはるかに超える70倍の競争率となる。採択されたのは、石橋誠氏、落合陽一氏、崎洋佑氏、瀬尾拡史氏、武井祥平氏、谷口和弘氏、藤堂高行氏、徳田貴司氏、福原志保氏、安田隆宏氏の10人。
報告発表会には衆議院議員の新藤義孝氏と伊藤達也氏、総務審議官の櫻井俊氏が出席。前総務大臣でこの企画を立てた当時の担当大臣でもあった新藤氏は、「政府が行う公募で事前に電話で問い合わせがあったのは前代未聞。異能vationプログラムではまだ募集が始まっていないにもかかわらず、300人以上から『自分は変な人だと思うのだが、採用してくれるのか』との電話がかかってきた。中には『破壊的な地球規模の価値創造』と書いてあったため、地球を破壊すると思った人もいたようだ」と発表当時の様子を語った。
また、この中間報告会には実際に応募者の採択に携わった「スーパーバイザー」と呼ばれる各分野のプロフェッショナル9人も出席。異能vationプログラムのスーパーバイザーが一同に会すのは、これが初めてだ。9人のスーパーバイザーたちは、それぞれの立場から思いを述べた。
MITメディアラボ所長 伊藤穣一氏
例えば、学位の間の「白い部分」が重要で、そこをつないでいくことが必要。今回の異能vationでは、普通ならお金をもらえない・仕事をもらえないようなプロジェクトを中心に選んだ。他の研究所で仕事になる人はいらないし、他の人がお金を出すものにお金を出す必要はない。
そういう人を「評価する」ことがとても大事だと思っている。今までの日本は、変な人を追い出す風潮があった。しかし、これからロボットや人工知能が進んでいく中で、“ロボット人間”は必要ない。なぜなら、今までのいわゆる“お利口さん”はもうロボットで置き換えられてしまうから。“お利口さん”ではなく、「人間ならば」の人を育てなければならない。
NICT光通信基盤研究室長 川西哲也氏
このプロジェクトにおいて、研究成果に興味を持っている人が多いかもしれない。しかし、私は「変な人」という「人」の部分に興味を持って参加している。最初この話をもらったときは、正直「なんだろう?」と思ったが、今は1つ1つ尖った技術がある中で人と人がぶつけ合って、それを試す場になればいいと思っている。
「変な人」というのは、「自分で尖ったものを持っていて、コミュニケーションもできる人」だと私は考える。いち研究プレーヤーの私自身も、このプロジェクトを通じて昔の「変な自分」に戻れたらいい。
ロボ・ガレージ代表取締役社長 高橋智隆氏
最終的に10人採択したが、その10人が全員本物かどうか分からない。それくらいリスクのある、イチかバチかのような選考だった。
10人が10人成功する保証は全くないし、ひょっとしたら1人いるかいないかくらいかもしれない。普通だったら怪しくて選べないような人も、化ける可能性に掛けて採択した。それは例えば、この手の公募にありがちな「少子高齢化」や「地球環境」といったテーマを選んでいないことからも分かると思う。
TwitterもFacebookもYouTubeも全てそうだと思うが、私は何か分かりやすいニーズがあって発明されたもの「ではない」ものが、新しい産業を作っているように見える。最初は1人の変わった人が思い付いた遊びのような、悪ふざけのようなものだ。しかし、それが産業となり、いずれは人の役に立つものとなる。
Preferred Networks 代表取締役社長 西川徹氏
優秀なだけではイノベーションを起こせない。優秀で情熱を持っているのはもちろん、いろんな分野に興味を持ち異分野を融合する力や多様性を取り入れる力が必要。
いろんな分野の尖った人が集まって活動できる場、お互いに刺激を与えられるような場が重要だと思う。
京都大学情報学研究科教授 原田博司氏
今回の選考にあたって、3つの戦いがあったと思っている。1つは提案者同士の戦い。もう1つは、提案者とスーパーバイザーの戦い。そして、スーパーバイザー同士の戦い。
実は、採択に当たって全てが合意されたわけではない。ある人が強く推したものもあるし、気に入らない提案も事実としてあった。最終的にどうやって決めたかというと、「自分の名前が選考員として出る」という観点で見たときにアクセプトできるかどうか。選考員である自分たちが今まで積み上げてきたものを失わない範囲内で、かつ、失敗してもいいかなという領域を残しつつ選んだ人たちだ。そういう意味では自信がある。
こういった評価形態も今までになかったと思う。通常であればこのような選考は眠たくなるものだが、守りたい部分と攻めたい部分があるので、他の選考員に次何を言われえるか分からない中で眠くなる暇がなかった……というのが正しいだろうか。これは、それぞれの領域で一流の人が集まったからこそできた戦いで、非常に面白かった。
エバーノートジャパン会長 外村仁氏
シリコンバレーのスタートアップには、変な人が多い。例えば、人に見られると仕事ができないと言って自分の周りをカーテンで囲う人や、食事の前にカプチーノを飲まなければごはんが食べられないという人までいる。重要なのは、その人たちがどれだけ変人かではなく、周りの人がその人たちにどういう態度で接しているか。ほかの人と違う部分を非難したりせず、そのまま受け入れて、その人のいい部分を伸ばそうとする態度が大事だと思う。
実は、このプロジェクトのスーパーバイザーを引き受けたのは「優れた10人選ぶため」ではない。ましてや「採択者が成功するかしないか」でもない。「これからの世の中には異才の人が必要なんだ」と国が公に認めて、その価値観が親や先生たちに広がっていってほしいから。「うちの子が変で困ってるんですよね」と言っていたお父さんが、「うちの子は変だから見どころがある。それを伸ばしてあげよう」という社会に変化させていきたい。今までの日本社会だったら封殺されかねなかった人々が、自分に自信を持ちのびのびと生きていける――そんな環境づくりを応援できればいいと思った。
このプロジェクトに対する批判も聞こえるが、代案のない批判なら誰でもできる。日本にとっての新しいチャレンジと言えるので、しばらく応援してみてほしい。
Twitter Japan メディアプログラム部 執行役員 牧野友衛氏
イノベーションとは何か。私はGoogleやYouTube、Twitterといったいわゆる「イノベーション企業」でこれまで働いてきた。それらを振り返ると、イノベーションとは「とりあえずやってみること」だったり、「とりあえずやってみたことを認めてあげること」という環境なんだと思う。
これは、結果でなく始まり。今回採択した10人は、自分が見て面白いかどうかというところで判断した。
Ruby アソシエーション 理事長 まつもとゆきひろ氏
こういった公募では普通、ある程度の絞り込みがある。しかし、異能vationの審査は応募があった710件全てを見てくださいと言われ、3日ほどこれにかかりっきりになった。
審査をする上で一番怖かったのは、本当に変な人を落としてしまうのではないかということ。私は普通の世界に生きているので、スーパーバイザーたちの基準で選んだら「本当に変な人のアイデアにダメだと言ってしまうのではないか」と心配した。そのため、自分が理解できないものもとりあえず通すという選択肢をとった。10件に絞り込まなければならない一方で、「本当に変な人を落としてはいけない」という矛盾に悩まされた選考だった。
エンジニア 上田学氏
「情報通信技術を使った革新的な研究」としていたため、ソフトウェアのアイデアが多いと思っていた。しかし応募作品を見てみると、情報通信技術を使って現実の世界でモノが動いたり体験できたりするアイデアが多かった。そういうところが「日本らしい」と思う。
新しいものが世の中に生まれ既存のルールでは扱いきれなくなったとき、次のステップとして必要なのは技術を「だめ」というのではなくルールを変えていくこと。受け入れる環境を作ることが、日本から新しいイノベーションを生み出すために必要なこと。新しいアイデアを持つ人がいて、それを政府がバックアップして、それを受け入れる社会があるといい。
平成27年度(2015年)の研究者の公募は、ゴールデンウィーク明けを目標に準備が進められている。
シリコンバレーのように、日本の中にも作っていきたい風土がある――「Freedom to fail(失敗する自由がある)」(衆議院議員 伊藤氏)。
(太田智美)
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