別れたくなければ毎日自分を殺すこと―― 不死ゆえの苦しみとすれ違う純愛 「兎が二匹」ラストシーンの衝撃

「虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!」第70回は、月刊コミック@バンチ掲載、山うた先生の「兎が二匹」を紹介します。

» 2016年06月17日 10時00分 公開
[虚構新聞・社主UKねとらぼ]
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 ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。

 ほぼ隔週でマンガを紹介する本連載、これまで恋愛マンガはラブコメを中心に紹介してきましたが、今回は直球の恋愛作品、山うた先生の「兎が二匹」(全2巻/新潮社)をご紹介します。


兎が二匹 「兎が二匹」(全2巻/新潮社)→試し読み


 普段は中高生の淡い初恋ものや、酸いも甘いも経験したアラサーの落ち着いた恋愛ものを好んで読んでいることもあって、「永遠にすれ違う純愛物語」「永遠に探し求める純愛物語」と銘打つ本作のストーリーは、いつものマンガ体験では味わってこなかった心のすき間にグサグサと入り込んできました。

 どれくらいグサグサ刺さったのかと言うと、完結巻を読んでから1カ月たっても、折に触れて本作の「あのラストシーン」が脳裏によみがえってしまい、本棚から出してはしまってをエンドレスで繰り返すほど。ここ最近読んだマンガの中では、トップクラスに切なく重い余韻を抱えた作品なので、ぜひぜひ読んでほしい一作です。



不老不死のすず、すずを殺し続けるサク

 ある夏の日、部屋の中で「お願い、死なないで」と泣きながら、女の首をギリ、ギリと絞め続ける青年が1人。しかしその涙もむなしく、首の骨が折れる鈍い音とともに、女は鼻血を流したまま動かなくなってしまう……はずが、すぐに息を吹き返します。

「今日も死にぞこないじゃー」

 女の名は稲葉すず(398歳)。日課は自殺をすること。そして、生き返ったすずに大喜びで抱き付く男は「サク」こと、宇佐見咲朗(19歳)。日課はすずの自殺ほう助。

 別れたくなければ毎日自分を殺すこと――。「不老不死」という体質のせいで400年生き続け、常に自らの死を願い続けるすずと、毎日彼女を殺し続けるという条件を受け入れ、いろいろなやり方で殺害を試みるサクの奇妙な同棲生活が送られています。


兎が二匹 サクの日課はすずを殺すこと。しかしどうやっても彼女は生き返ってしまう(1巻19ページ)

 2人の出会いは、ある土砂降りの日、すずが空腹で道に倒れていた幼いサクを見つけたころにまでさかのぼります。不老不死のため他人との関わりを避けてきた彼女ですが、いろいろな事情が重なり、両親に捨てられたサクを引き取って育てることに。しかし、サクが成長するにつれて芽生えたすずへの恋心により、疑似親子として始まった2人の生活に変化が訪れます。

 長く、長く生き続ける中で、死ねない化け物である自分に絶望し、他人と距離を置き続けてきたすず。400年もの間、大切な人たちの死をただ傍観することしかできなかった、そしてこれからも傍観していくしかない彼女にとって、サクの気持ちは、それがひたむきでまっすぐなだけに余計につらく感じられます。

 幸せであることが怖い、そして怖さに襲われると、「一瞬だけ楽になれるから」と、衝動的に自分の首や腹に刃物を突き立ててしまう彼女が、サクの想いを素直に受け入れることなどできるはずがありません。愛情の欠如と不老不死の孤独――、お互い寂しいはずなのに、その寂しさを埋めることができない矛盾を抱え続けるところに、この物語の哀しさがあります。その挙句、すずが同棲の条件としてサクに突き付けたのが「今日から毎日 うちのこと殺しんさい」なのだから、本当に救われない。

 なぜすずはこれほどまで生きることに罪悪を感じるようになったのか。物語後半では、その苦しみを決定的なものにした過去が語られ、またどんな時も彼女の前ではずっと笑顔だったサクとの関係も、ある意外な結末にたどり着きます。しかし、それが果たして「よかったよかった」であったかどうかは、読んだ人によって感想が真っ二つに分かれるんじゃないでしょうか。

 それはこの冒頭で触れた「あのラストシーン」をどう受け止めるかで印象が大きく変わるからです。



ラストはハッピーエンドなのか、それとも……

 本作のラストシーンを読み返すたびに社主は思うのです。「これは果たして純愛物語なのだろうか」と。

 「打算的でない純粋な愛」という辞書的な意味でなら、本作はまぎれもなく純愛物語でしょう。一途にすずのことだけを考え続けたサクの言動はまさに純愛そのものです。


兎が二匹 「すずちゃんとけっこんをしたいです」。サクの一途な思いは昔から(1巻112〜113ページ)

 けれど、このぽっかりと穴が開いたような読後感を前にすると、とてもそんなふうに思えないのです。「ハッピーエンドともバッドエンドとも受け取れる」という月並みな表現はあまり使いたくないですが、確かにそう感じられるのは、すずに与えられた不老不死をどう受け止めるかによるところが大きいのかもしれません。

 永遠に与えられた時間を希望と見るか、絶望と見るか。「死にたくても死ねない」という、これまでのすずと立場を同じくするなら、永遠の命など苦痛でしかありません。しかし、その永遠の時間が愛する人のために使えるなら……?

 この結末をどう受け止めるかが、本作を純愛物語と見るかどうかの分かれ道でしょうし、またその余情は読者であるあなたが、これまでどんな人生を歩んできたかを鏡のように如実に反映したものになっているはずです。社主は美しくもずいぶん酷な話であるように思いましたが、「いや、こんなに希望にあふれた結末があるか!」と感じた読者も多いでしょう。いずれにせよ、秀逸なエンディングとしか言いようがないので、ぜひ実際に確かめてみてください。

 孤独を感じると死んでしまうという兎。いつまでも続く永遠の中で、二匹の兎が心から幸せだと思える日は来るのだろうか……などと物思いにふけりつつ、今日はこれにてそっと筆を置きます。

 今回も最後までお読みくださりありがとうございました。


(C)山うた/新潮社


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