「シンクロナイズドモンスター」は最高のゴジラ映画になったかもしれない:ねとらぼレビュー
「ゴジラ」と「シンクロナイズドモンスター」のあんな関係性やこんな関係性。
大業なアクション、共感できる恋愛ドラマ、息を呑むスペクタクル――。人が映画に求めるものはそれぞれだ。しかし年間1000本を超える国内公開映画の中には、「いったいどんな脳の構造をしていたらこんなものを思いつくのか」というものが存在する。本作、「シンクロナイズドモンスター」はそんな一作だ。
アン・ハサウェイ演じるグロリアは働きもせず、彼氏の家にやっかいになり、連日飲みつぶれている典型的なダメ女。堕落した生活を続ける彼女についに見切りをつけた彼は、荷物をまとめて出ていくように告げる。行き場もなく故郷の空き家となった実家に戻り、偶然再会した同級生の経営するバーのウェイターとして働くことに。ダン・スティーヴンス演じる元カレと新しい場所で出会った飲み仲間たちの間で揺れ動く心、そんな中テレビに現れたのは韓国・ソウルに出現する巨大怪獣。その行動はアメリカの田舎町のグロリアの一挙一動とリアルタイムでシンクロしていた――、というのが本作のプロットだ。
歪な人間ドラマと、遠く離れた場所のスペクタクルが共存するおかしみは、監督・ナチョ・ビガロンドの過去作品に共通する試みである。2011年制作の「エンド・オブ・ザ・ワールド 地球最後の日、恋に落ちる」はスペイン上空に突如出現した巨大UFOと、無人となった町並みに建つマンションの一室に取り残された男女四人――一人の女を中心に彼女と一夜を過ごした男、その彼氏、そのストーカー――の間の抜けた人間模様が描かれる。ホラー・オムニバス作品「ABCオブデス」収録の短編作品「A is for Apocalypse」もまた、窓の向こうの終末が一組の夫婦を通じて描かれている。
本作でも主軸となるストーリーは怪獣スペクタクルではなく、描かれているのはその体験を通じてのグロリアの再生であり、怪獣が現れるシーンのほとんどはバーの中のテレビ、スマートフォンによるリアルタイムストリーミング、またそれらを観戦する家々からの歓声として描かれる。これまで同様、大迫力のスペクタクルシーンに予算を割けないインディー映画ならではのアイデアで勝負したユーモア溢れる作品になっている。
監督がFilm Dividerのインタビューに答えたところによると本企画のそもそものスタート地点は"the cheapest Godzilla movie ever"――「最も低予算なゴジラ映画」であり、かつ非常にシリアスなものになる――、であったという。実際、流出したと思われる本作のディレクターズノートには2014年版「ゴジラ」のシルエットをほぼそのまま流用しており、内部にも多数の「ゴジラ」シリーズの画像が使用されている。これは当然東宝の知るところとなり、翌年、制作のボルテージ・ピクチャーは東宝に訴訟を起こされることになる。10月に至った和解の詳細は明らかにされていないが、本作のモンスターデザインが当初のゴジラとは似ても似つかない容貌になっていたこと、また怪獣が現れるのが当初の予定されていた東京から韓国になっていること――これは劇中、グロリアの少女時代についてのある描写から非常に違和感がある――から、大まかな内容を推察することができる。おそらくは怪獣のデザインを「ゴジラと似ても似つかない」ようにすること、「物語の舞台を東京にしないこと」、といったところではないだろうか。
さて、本作は怪獣映画である。戦争と空襲、核爆弾の恐怖を描いた初代「ゴジラ」、日常化した戦争のメタファーとしての怪獣を描いた「モンスターズ/地球外生命体」、そして東日本大震災そのものとして機能した「シン・ゴジラ」がそうであったように、ポリティカルな主張と製作者の危機意識が全面に押し出されるジャンルだ。前述の「そもそもの企画の出発点が日本、東京であった」ということを踏まえて本作を見てみると、そこに描かれているのは「ダメ人間の再生」「テレビの向こう側の危機」だけではない。とりわけ劇中、怪獣を通じて彼女が伝えるあるメッセージが非常に大きな意味を持ってくることに疑いの余地はないだろう。そしてそれは、過去二度にわたり公開されたハリウッド版ゴジラに決定的に欠けていたものだ。
本作には日本が舞台であったことを示唆するものが他にいくつもある。それはアン・ハサウェイが寝転がる布団であり、ラップトップに貼られた葛飾北斎の富嶽三十六景、そして何より彼女の名前、グロリアである。初代「ゴジラ」において、最初にゴジラの被害にあった貨物船は栄光丸。本日地上波放送となる「シン・ゴジラ」でもオマージュが捧げられていたが、翻訳するまでもなくその英語名は"Glory-Maru" である……というのも、考え過ぎではないだろう。
上記の推察を踏まえずとも、本作はB級ジャンル映画としての手順をきっちりと守った佳品だ。何より凛とした強い女性のイメージの強いアン・ハサウェイが演じるダメ女はそれだけで面白い。またジェイソン・サダイキス演じるオスカーの演技も鬼気迫るもので、話を単なる軽いコメディに終わらせず、物語に厚みをプラスしている。物語上のツッコミ所は確かに多い。だが何より日本版ポスターの絶妙なクソコラ感、この絵一枚だけでもう勝ったようなものだろう。先んじて公開されたしたまちコメディ映画祭では多くの笑いと拍手をもって歓迎された。
本作は11月3日(ゴジラの日)より、新宿バルト9ほかにて公開中。
出演:アン・ハサウェイ、ジェイソン・サダイキス、ダン・スティーヴンス、オースティン・ストウェル、ティム・ブレイク・ネルソン/
監督・脚本:ナチョ・ビガロンド 2016年/カナダ/英語/110分/シネマスコープ/5.1ch/原題:COLOSSAL/字幕:仙野陽子/
提供:ニューセレクト、博報堂DYミュージック&ピクチャーズ/配給:アルバトロス・フィルム
(C)2016 COLOSSAL MOVIE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
(将来の終わり)
関連記事
ねとらぼレビュー:「シン・ゴジラ」はゴジラであって、ゴジラでない 庵野秀明監督が伝えたかったメッセージは?
実写と2次元のはざまのような作品。ねとらぼレビュー:虚構に勝てるのは虚構だけだ! 「シン・ゴジラ」中盤が最恐だった理由
ゴジラ、強すぎました……。ねとらぼレビュー:「新感染」監督が問う善悪の彼岸 映画「我は神なり」
心の深部を揺さぶる一作。ねとらぼレビュー:映画「虐殺器官」であえて省略された核心とは? 原作をたどり引きずり込まれる、主人公の内面と魅力
劇場版の角度からは見えない主人公の姿が原作にはたくさんあるのです。ねとらぼレビュー:「そいつはやめとけ!」と全世界絶叫 「潜熱」はヤバい男を好きになってしまった女子大生の恋愛沼マンガ
主人公は女子校育ちの大学一年生・岡崎瑠璃。夏休みに始めたコンビニバイトで“ヤクザ”に出会ってしまい――。
関連リンク
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
昨日の総合アクセスTOP10
黒柴の子犬が成長したら…… 頭だけ赤色に変化した驚きのビフォーアフターに「こんなことあるんですね」「レアでかわいい」の声
「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
子「ごめん、もう仕事できない」→母「はぁい了解っっ」 退職を明るく認めた家族のLINEが優しい
“仕事猫”グッズが現場に次々進出中 導入のきっかけや現場での評判を中災防に聞いてみた
田中律子、最愛の父死去で“お別れパーティー” 縁の深い沖縄で明るくにぎやかに「王様みたいなパパでした」
木下優樹菜、元夫・フジモン&娘たちとディズニーシーを満喫 長女の10歳バースデーを祝福
カナダ留学中の光浦靖子、おしゃれヘアのソロショットに反響 「お元気そうでなにより」「別人のよう」
「じいちゃん、すまほを、かいました」 はじめてスマホを買ったおじいちゃんから届いたLINEが思わず笑ってしまうかわいさ
元水道屋さんが「外国製の洗面台は買うな」と断言する理由とは 注意喚起のために制作した“歌詞”が話題に
坂口杏里、夫との金銭トラブル暴露「約40万貸してるのに払う意思ない」 夫がスツールけりながら暴れる動画も公開
先週の総合アクセスTOP10
- DAIGO、姉・影木栄貴のシニア婚に感慨「アスランが好き過ぎて」「人生何が起こるかわからない」 義妹・北川景子が後押し
- 大阪王将「ナメクジの侵入があった」と認める 告発者は「ナメクジが6匹並んでいた」と発言
- かわいすぎるおっさんだな! 橋本環奈、23歳にして自宅にビールサーバーを設置 すっぴんで「ぷはー……うまっ」「おいしすぎてビックリ」
- 「お先にどうぞ」で歩行者妨害は不成立 道を譲られたドライバーの交通違反が撤回へ 警察が謝罪
- 大型犬「こわいよぅ!」→先生「震えすぎて心臓の音が聞こえません笑」 診察を必死に頑張るハスキーが応援したくなる
- 益若つばさ、休業を宣言 骨折直後の“死体みたい”な写真とともに「命が危なかったか下半身不随」の可能性あったと告白
- 坂口杏里さん、夫の前で“推し男性”に抱きつく画がカオスすぎる 「本当にこんなに好きになった人、7年間の元カレと王子だけ」
- スタッフが掃除していると、ウミガメたちが列を作って…… 甲羅磨きをねだる姿が「かわいいw」「気持ちいいのかな?」と話題に
- 「担保に傷いったのがショック」 粗品、535万円したレクサス白に擦り傷 購入報告からわずか2日の惨事に落胆
- 柴犬さんが「じいじとばあばのお布団の間」に一番乗り! 最高にいとおしい寝姿に癒やされる
先月の総合アクセスTOP10
- 安倍元首相、銃で撃たれて意識不明か 事件時のものとみられる映像投稿される
- 野口五郎、20歳迎えた娘と誕生日デート 家族同然の西城秀樹さん長女も加わり「楽しい時間でした!」
- 「大阪王将」店舗にナメクジやゴキブリが発生? 元従業員の“告発”が衝撃与える 大阪王将「事実関係を調査中」
- この画像の中に「さかな」が隠れています 猫に見つからないように必死! 分かるとスッキリする隠し絵クイズに挑戦しよう 【お昼寝編】
- ダルビッシュ有&聖子、ドレスアップした夫婦ショットに反響 「ハリウッド俳優やん」「輝いてます」
- 「auの信頼度爆上がり」通信障害でも社長の“有能さ”に驚く声多数 一方で「まだ圏外だぞ…」など報告続く
- スシロー、“ビール半額”で今度は「ジョッキが小さい」との報告? 運営元「内容量に差異はない」と否定
- スシロー「何杯飲んでもビール半額」開始前にPOP掲示 → 注文したら全額請求 投稿者「態度に納得いかなかった」 運営元が謝罪
- TKO木下、海外旅行先で総額270万円のスリ被害に エルメスの財布奪われた“瞬間映像”も公開「くっそ〜……」
- パパが好きすぎて、畑仕事中も離れない元保護子猫 お外にドキドキしながら背中に乗って応援する姿があいらしい