マンガで解説、「シャーロック・ホームズ」原文の面白さ ワトソンとの見えざる拳の応酬(2/2 ページ)

» 2017年12月06日 11時00分 公開
[寺本あきらねとらぼ]
前のページへ 1|2       

戦闘開始!

 ホームズはジャブとばかりに、「ワトソン、知ってるんだぞ。君は僕のLOVEをシェアしているだろう!」と、突然切り出します。

シャーロック・ホームズの行間を読む 「言葉のパンチ」のイメージ図。ホームズとワトソンが本当に拳を交えることはないので、念のため

 このLOVEとは「日常生活からかけはなれた、奇妙なものが大好き」という意味のLOVEです。

ホームズ「僕は知っている、ワトソン。君が私と同じように奇妙で、毎日の退屈な繰り返しや慣習から外れたもの全てが好きなことを」

(I know, my dear Watson, that you share my love of all that is bizarre and outside the conventions and humdrum routine of everyday life.)


 ここでいう「日常生活」には、ワトソンの「結婚生活」を暗示する意味もあります。実際、前作「ボヘミアの醜聞」事件で、ワトソンは慌ただしかった新婚生活が一段落したときにベーカー街の部屋の前を通りかかり、ホームズが事件に没頭している影を見て、そのまま上がり込んでいました。ワトソンが、開業医の平穏な毎日に飽き足らなくなったため、刺激を求めてホームズ宅にちょくちょく寄るようになったことは確かでしょう。さすがはホームズ、図星を突きます。

シャーロック・ホームズの行間を読む ワトソンは往診の帰りに「偶然」ベーカー街を通るが、そこで事件の臭いをかぎつける

 次にホームズは、「(君に事件を紹介してやるのはいいんだが)熱狂しすぎて、勝手に話を盛って書くからなあ」と、人格攻撃のようなキツいパンチを打ち込みます。もちろん裏読みは「だから、すぐ事件に参加させてやらなかったんだよ!」です。この鋭い攻撃をワトソンは「確かに君の事件は非常に興味深いものだね」とひらりとかわします。

ホームズ「やけに熱狂的に僕の事件を記録しようとするのは、自分の好みを宣伝しているようなものだ」

(You have shown your relish for it by the enthusiasm which has prompted you to chronicle)

ワトソン「確かに、君の事件はものすごく興味深いね」

(Your cases have indeed been of the greatest interest to me.)


 ワトソンは「熱狂」(enthusiasm)「興味」(interest) と言い換え、やんわりかわします。裏読みすると、「うぬぼれないでくれ。興味はあるけど、そんなに夢中になっちゃいないさ!」というわけです。

シャーロック・ホームズの行間を読む 見事にかわすワトソン

 ホームズはパンチが効かなかったと見るや、得意技である遠回しのイヤミから、正面攻撃にチェンジします。「事実を超えるフィクションなどない! 言っただろう! 肝に銘じておけ!」

ホームズ「僕がこの前言ったことを、肝に銘じておくがいい。(…)日常生活というのはいつでも、どんな想像力の産物より衝撃的なのだ」

You will remember that I remarked the other day,(…) which is always far more daring than any effort of the imagination.”


 これは正面攻撃なので、厳密には裏読みには当たりませんが、“You will ...” という表現は、王様が召使いに使うような、ものすごく偉そうな口調です。

シャーロック・ホームズの行間を読む ※「唯事実拳」とは、英国三千年の秘奥技(ひおうぎ)、"Fact-Only Punch"(FOP)の日本語訳である。これを受けると、事実以外の記述ができなくなるという、作家にとって致命的なダメージを負う。あまりにも危険な技のため、原作には出てこない

 この「事実以外に余計なことを書くな!」という偉そうな批判に対して、ワトソンは「お言葉ですが、そのご意見には賛成しかねると申し上げたはずですが」と超低姿勢の言い方で、相手の勢いをユーモラスに流します。ホームズが「剛」ならワトソンは「柔」、見事な応酬です。

シャーロック・ホームズの行間を読む ワトソンの柔軟な防御力!

ワトソン「勝手ながら、そのご高説には、疑問を呈しておいたはずですが」

(A proposition which I took the liberty of doubting.)


 いろいろな角度から攻撃してみたものの、ワトソンに有効打を与えられなかったホームズ。「小ざかしい奴め。いつか倒してやる。ネタはいくらでもあるんだからな」と捨てぜりふのあとに「そうそう、こちらの依頼人は……」と話題を変え、ここで導入部が終了となります。

 いやー。手に汗握る攻防でしたね。「赤毛組合」はコナン・ドイルが全力で書いていた、ごく初期のホームズ作品です。冒頭の会話には1つ残らず意味が込められていて、裏読みしてこそ楽しめる仕掛けになっています。


読者へのキャラ紹介という側面

 「赤毛組合」は、ストランド・マガジン(初出誌)に連載した、ホームズ・シリーズのまだ2作目でしかありません。この会話部分は、ホームズ世界の設定になじみの薄い読者を想定し、対照的なキャラクターをじっくり紹介する意味合いがあります。この会話で「ホームズ&ワトソン」という永遠の名コンビが、ストランド・マガジン読者の心に、くっきりと刻み込まれたのではないでしょうか。ぜひ、原作から「自分の裏読み」にチャレンジしてみてください。シャーロック・ホームズの面白さが何倍にもなりますよ。


寺本あきら


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/20/news096.jpg 新1000円札を300枚両替→よく見たら…… 激レアな“不良品”に驚がく 「初めて見た」「こんなのあるんだ」
  2. /nl/articles/2412/20/news034.jpg 「博物館行きでもおかしくない」 ハードオフ店舗に入荷した“33万円商品”に思わず仰天 「これは凄い!!」
  3. /nl/articles/2412/18/news015.jpg 家の壁に“ポケモン”を描きはじめて、半年後…… ついに完成した“愛あふれる作品”に「最高」と反響
  4. /nl/articles/2412/20/news050.jpg 「マジかーーー!」 新札の番号が「000001」だった…… レア千円を入手した人が幸運すぎると話題 「555555」の人も現る「御利益ありそう」「これは相当幸運」
  5. /nl/articles/2412/20/news148.jpg 浅田真央、男性と“デート” 驚きの場所に「気づいた人いるかな?」
  6. /nl/articles/2412/20/news016.jpg 身内にも頼れず苦労ばかりの“金髪ギャルカップル”→10年後…… まさかまさかの“現在”に「素敵」「美男美女でみとれた」
  7. /nl/articles/2412/18/news144.jpg 海岸で大量に拾った“石ころ”→磨いたら…… 目を疑う大変貌に「すごい発見!」「石って本当にすてき」【カナダ】
  8. /nl/articles/2412/18/news047.jpg トイレットペーパーの芯を毛糸でぐるっと埋めていくと…… 冬に大活躍しそうなアイテムが完成「編んでるのかと思いきや」【海外】
  9. /nl/articles/2412/15/news077.jpg 生後1カ月の保護子猫、後頭部を見るとあのアルファベットが……→9カ月の現在にびっくり 「プレミアム猫」「本当にPですね」
  10. /nl/articles/2412/19/news190.jpg 辻希美、17歳長女・希空に「ダサすぎるって」とツッコんだ格好 
先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  4. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」
  5. 「申し訳なく思っております」 ミスド「個体差ディグダ」が空前の大ヒットも…… 運営が“謝罪”した理由
  6. 「タダでもいいレベル」 ハードオフで1100円で売られていた“まさかのジャンク品”→修理すると…… 執念の復活劇に「すごすぎる」
  7. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  8. ある日、猫一家が「あの〜」とわが家にやって来て…… 人生が大きく変わる衝撃の出会い→心あたたまる急展開に「声出た笑」「こりゃたまんない」
  9. 友人のため、職人が本気を出すと…… 廃材で作ったとは思えない“見事な完成品”に「本当に美しい」「言葉が出ません」【英】
  10. セレーナ・ゴメス、婚約発表 左手薬指に大きなダイヤの指輪 恋人との2ショットで「2人ともおめでとう!」「泣いている」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」