韓国映画は歴史から逃げない 「新感染」監督が放つNetflix映画「サイコキネシス-念力-」と「龍山惨事」
現実の事件を背景に持つ骨太の映画。
ヨン・サンホは映画を通して社会を描く監督だ。もとより映画には、フィルムを通して現実を写し取り、隠れている問題意識、そしてそこに生きる人々の感情をスクリーンを通して訴えかける力がある。特に韓国映画においては、メディアの弊害や無能な政府の姿をとらえた「トンネル 闇に鎖された男」、現在話題沸騰上映中の「タクシー運転手 約束は海を超えて」(※)などを引き合いに出すまでもなく、その色が濃い。
※20万人が参加した大規模デモ、その武力弾圧により多数の死傷者を出したにも関わらず、戒厳令に伴う報道規制により市民にはその存在が隠されていた「光州事件」を題材としている
ヨン・サンホ作品には、社会の残酷さを少年たちの閉鎖的コミュニティーを通して書いた「豚の王」、弱者がいかに虐げられてきたかを現した「ソウル・ステーション/パンデミック」、そして襲いくる“北”に対する恐怖を切り取った「新感染 ファイナル・エクスプレス」がある。そして最新作「サイコキネシス-念力-」でもやはり、弱者の視点から見た「巨大資本と権力への怒り」が込められていた。
映画は開発予定地区に立てこもる住民たちと、施工業者との衝突から始まる。かつてはテレビに紹介されるほど栄えた激辛チキンの店を経営していたルミだが、半閉鎖地区となった町は業者の嫌がらせも伴い、ほぼスラム状態となっていた。
住み慣れた地区を資本の都合で追い出されることに納得できない彼女たちは、当然の権利である立ち退き料を求め籠城を続ける。その最中、ルミは施工業者の暴行により母親を目の前で殺されてしまう。住民の側につく正義に燃えた若手弁護士・キムはどうも頼りなく、警察は母の死もまともにとりあってくれない。それもそのはず、業者は警察・検察とも手を組んでおり、住民側に対しさらに圧力をかけていく。
2009年の「龍山惨事」
この舞台設定を見て、韓国の近代事件に多少興味のある人間ならば、2009年2月の「龍山惨事」を思い起こすだろう。大規模な都市開発を強行するため、雑居ビルからの立ち退きを命じられた約50人の住民が、派遣された1500人もの警察隊と衝突し、市民5人、警察側1人の死者を出した事件である。
韓国でこの龍山という地名は「4.3事件(1948年)」の済州、冒頭に触れた「光州事件(1980年)」の光州、「セウォル号沈没事故(2014年)」の珍島と並び、近代韓国4つの“政府による虐殺”が起こった地の1つとして認知されている。セウォル号事故からほどなくして、韓国のネットではこれら4つの事件を歌った一遍の短歌が広く拡散する現象も見られた(参考:真鍋祐子「歴史意識の詩学−『セウォル号の惨事』に寄せて−」)。
この事件は住民たちをそこまで追い込んでしまった資本システムの欠陥、再開発共同組合によるテナントへの嫌がらせ(破壊、暴力。性的なものを伴う)、ならびに発火後の事故対応に明らかなミスが見られたにもかかわらず住民側のみに有罪判決が下り、警察側へのおとがめが一切ない(裁判のなかではいくつもの証言の誤り、証拠の隠蔽、不開示が指摘されている)結果など、さまざまな問題を浮き彫りにした。
これを受け、韓国では国家暴力の象徴として「2つの扉(2012年)」「共同正犯(2018年)」など多数のドキュメンタリー映画も製作されている。こうした現実にヨン・サンホが投げ込んだのは、「我は神なり」「ソウル・ステーション」「新感染」に続き、“父と娘の関係”である。
スーパーヒーロー映画ではない
地区から遠く離れた場所で、警備員職としてさえない人生を送っていたシン・ソッコン。ある日自分に備わった“念動力”に気が付いた彼のもとに入った電話はルミからのものだった。
妻と娘を捨て10年、彼はまだ若い娘の置かれている現状――スラムの中、自分と同じほどの中年たちに囲まれ、無駄な抵抗を続けている姿を目にする。狭苦しい部屋で金もなく酒浸りの彼が「こんなことはやめて一緒に住もう」と言ってみたところで、その言葉が娘に届くはずもない。
しかしある日、施工業者たちとの大規模衝突で力を振るった彼は一躍ヒーローとなる。かれらを念力で投げ飛ばし、一夜で資材をつみあげて強大なバリケードをつくりあげ、どこからでも空を飛んで駆け付ける。いかに相手を傷つけたところでなにせ手を触れていないのだから、業者側が警察に駆け込んだところで逮捕されるわけもない。
しかし業者側もこれに手をこまねいているわけにはいかない。再開発を主導するミンにとっても、なんとしてでも立ち退きを成功させなければならない理由があるのだ。物語後半、シンとある人物との象徴的な対話があるが、そこで語られた内容は、必ずしも韓国のみに当てはまるものではないだろう。
作中キャラクターを襲う現実の刃
冒頭を除き、前半のタッチはライトなコメディだ。韓国映画にありがちな若干のオーバーリアクション演技、VFXを多用した”“念動力”に慌てるリュ・スンリョンの顔芸などはアニメーション監督らしい。だが物語が進むにつれ、事態はそううまくいかないことが明らかになってくると共に、彼の表情は静かな怒りに変わり、影と深みが増してくる。これは「現実にスーパーヒーローがいたら」という物語ではない。
龍山惨事――「龍山殺人鎮圧」ともよばれた事件を想起させる光景がたたみかけられるほどに、弱者の生活を破壊する強大な資本の象徴、そして政府の力はまるで怪獣のように住民をなぎ倒しはじめる。
「ソウル・ステーション/パンデミック」で市民に向けられた機動隊、放水車、催涙ガス――アニメーションとして和らげられていたその恐怖が、今回は彼らへの刃そのものとして描かれる。前半とのタッチの落差、または登場人物たちがステレオタイプの抜けきらないキャラクターたちであることが良い方向に作用している。かれらに向けられる暴力はときにひどく痛ましく、とてつもなくリアルだ。
韓国映画は歴史と向き合うことをやめない。さまざまな悲劇と向き合い、ときにはメタファー、笑いを盛り込みながら、はっきりと観客に傷と怒りを共有させる。間違っていること、もう起こってはならないことをこれ以上ないかたちでたたきつけてくれる。そういった中から本作や「タクシー運転手」のような名作が現れ、海を越えた先でも評価されているのは喜ばしく、またそこから見えてくる歴史の愚かさに、すこしばかりの哀しさを感じてしまう。「サイコキネシス-念力-」はNetFlixで配信中だ。
(将来の終わり)
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