“安易ではないスピンオフ”はどう作られるのか 『1日外出録ハンチョウ』×『闇金ウシジマくん外伝 らーめん滑皮さん』担当に聞いた(2/2 ページ)
らーめん滑皮さんの作り方
じゃあ滑皮の話もしちゃっていいですか? こちらもハンチョウとは違う方向でぶっとんでいます。『闇金ウシジマくん』のスピンオフでは肉蝮伝説の次に出てきました。
この作品自体がすごい訳ありで、もともとは戌亥が主人公だったんですよ。
1巻、戌亥の出番が多いですよね。
そうです。当初は戌亥のグルメ漫画で、探偵がB級グルメを食べるみたいな感覚だったんですが、掲載する「やわらかスピリッツ」用のバナーを作ってみたら全然絵が映えなくて。作家の山崎童々さんとデザイナーさんと3人で打ち合わせして、「申し訳ないですけど、主人公を滑皮にしましょう」と。
成立までの試行錯誤が(笑)。
滑皮というのは本編最大のライバル。ウシジマくんの悪役って大体動物の名前が入ってるんですが、滑皮は「(動物の)皮を剥いで鞣す」が由来なんです。それで真鍋さんにネームを見てもらったら、「これ絶対ラーメンに絞った方がいいですよ」とアドバイスされて、『ラーメン発見伝』もあるしそうしようと、ある種ノリでラーメンに絞りました。1話目はどう読み返しても戌亥の話ですね。
主人公やテーマの変更に柔軟な対応しているのが流石です。最初は戌亥がラーメン食べて、それに滑皮がちょっかい出す構成なのかなって思って読んでました。
そこから軌道修正して、今の形になってます。ちょっといい話風になってから、最後に滑皮らが話を台無しにするという。ウシジマくんは悪人ばかり出る漫画だから、悪人の方が印象が強いんです。
滑皮は絵のタッチが秀逸です。ウシジマくんにあれだけ寄せて描ける作家はいるものなんですか。
あまりいないと思います。山崎さんはもともと少女漫画がフィールドで、漫画家になる前は難波のストリートで似顔絵を描いていたこともあるんです。過去作のコマ割りのペースがウシジマくんに似ていたので、「ひょっとして好きだったりします?」と聞いたら「ウシジマくんで漫画を勉強していました」と(笑)。スピンオフを打診したら二つ返事でOKでした。絵はだんだん似てきてすごいですよね。真鍋さんも「立ち姿と横顔は自分よりうまい」と言ってます。
本編では死んじゃったり悲惨な目にあったキャラたちが、「滑皮」ではちゃんと生きているのを見ると感慨深いです。
愛沢が出てきたときは反響がありました。悩む債務者の代表みたいなキャラで、モノローグで1人で悩んでくれるし、その一方でハートが強い。負けてもめげない人ってウシジマくんでは珍しい。
自分はあのエピソードが好きなんですよ、滑皮が若かりし頃の熊倉に習ったラーメンを舎弟たちに出す回。とても感動的で。
確かにいわれてみればいい回ですね(笑)。熊倉〜めんもおいしそうで。これグルメ漫画ですけど、他の食べ物はあまりおいしそうではない……。
(笑)。
本当はおいしさにこだわった方がいいんでしょうけど、テレ東の「ハイパーハードボイルドグルメリポート」がすごく好きで。ああいうひりついたところでホッと出てくるご飯に意義があるなぁと。
世界観と食べている物のギャップってありますよね。
豚塚のらーめんに覚醒剤が入ってるんじゃないか……という話も印象的でした。トラックで店を破壊するシーンが迫力あって。
やっぱりブラックカレーの話がみんな大好きなので、それを踏まえつつどう裏切るか考えましたね。トラックは以前、とある監視モニターを見せてもらったらそういうシーンが映っていて……ノンフィクションを参考にしている部分があります。
そういえば梶尾メインの回が本編とリンクしていて、美しい流れでした。
本編のあのエピソードを読んでから作りました。真鍋さんが本編にらーめんを取り入れてくれていたので、山崎さんも「返盃したい」と。
スピンオフのあれこれ
小学館はスピンオフ後発組だったんです。今でこそコナンとかすごく頑張っていますが、ずっと腰が重くて、どこかでちゃんと取り組みたいと思っていました。刃牙のスカーフェイスで、本編とは違うキャラの側面が見れたのは一読者としてうれしかった。
一昔前ならハルヒ関連とかで角川のイメージもあったんですが、昨今のスピンオフの流行りってやっぱりトネガワが切り開いた気がします。
「犯人の犯沢さん」にはこんなのできるんだと驚かされました。
トネガワ以前に意識した作品ってありますか?
『北斗の拳 イチゴ味』には衝撃を受けました。最近の流れはあれが元祖かもしれない。
あぁ〜。なるほど、なるほど。
実写化の難易度が高い!?
トネガワやハンチョウはアニメ化していましたが、それによって変わったことってありますか?
こういっちゃあれですがないです。
(笑)。実写ドラマもオファーが殺到していそうですが。
滑皮の場合、映像化はややこしいんですよね。ウシジマくん本編の実写版では滑皮は女性で。高橋メアリージュンさんがラーメンを食べるのも面白いんですが、この漫画の存在がよくわからなくなる(笑)。
ハンチョウだと、「地下にいる」という謎の設定を初見の人にどう理解してもらうか。そこがハードルですね。こないだ僕と萩原さんが甘い物好きだったのもあって、ブルボンの魅力を語る回をやったんですが、舞台が地下強制労働施設なのはブルボンの方にとって意味不明だろうと考えて代々木公園にしたんですよね。「ブルボンパーティはやっぱり青空の下だろう」という理由もありますが。
あそこでも『銀と金』出てきましたね。必殺技かと思いきや、意外とそうでもないところに使った。ハンチョウはなんだかんだ、「普段地下にいる」からこそ1日を過ごすプロフェッショナルなんですよね。
小さい幸せに名前付けてという感じですよね。
今の世の中では重要な考え方かと(笑)。
スピンオフは聖書研究
最後に、スピンオフに対して制作側として大事にしていることを聞きたいです。
そうですね。スピンオフ作る側がしていることって「聖書研究」だなって。
非常によく分かる。
カイジという聖書があって、それを読み込んでキャラクターなりエピソードを考察していく。例えば沼川と石和について、本当にちょっとしたコマで大槻が「疑り深い沼川もそう思うか……!」って言うんです。その1行から沼川は慎重派で小市民的なのではと。逆に石和の方は何もないのでクレイジーな一面があるんじゃないかとか、聖書を研究していく。
やっぱり原点ありきというか、どこまでいってもまず原作がベースなんですね。
そうですね。本編にいかに抵触しないかはよく考えます。例えばトネガワの過去は描けないけれど、ハンチョウの過去が重要になることはないだろうから描ける(笑)。あと福本先生からたまにキャラクターについての解釈などを聞かせていただく機会があるのですが、聖書研究をしている身からすると、キリストの言葉を直に聞くのに等しいので衝撃大きいです。
ヤング滑皮編を描くにあたって研究していたとき、彼の舎弟の1人、鳶田は今はスキンヘッドだけど若い頃はロン毛でヤリまくり系の分かりやすいキャラなんです。
パット見での印象で伝わるのはウシジマくんの強みですよね。
でも梶尾は全然わからなくて。今は痩せているのに昔は太っているんです。どこにも理由が描かれてなくて、どうしてもわからなかったので真鍋先生に聞いたら「ストレスですよ」と。まだ何者でもないチンピラは、上から急に「お前スニッカーズ20個とラー油食べろ」的なことを言われる。
なんとなく、その意味もなくむちゃ振りされる関係は想像できます。なるほど……。
それでバコバコ食べさせられるし、その反動でラーメンめっちゃ食べたりしちゃって、ひたすら食べるから太るんだと。
取り巻き1人にもそれだけ考えて作っているんですね……。そりゃキリストだ。
ここまで血を通わせて、この太っていた状況を描いてたんだと驚きました。
なるほど。まず絶対の聖書があり、そこから丁寧に読み解き、読者が望んでいるキャラクターの側面と物語を見せていく、と。
サブキャラクターだからこそ見せられる点など、深く考えて作られていってるわけですね。今後もスピンオフ作品の発展を楽しみにしています。ありがとうございました。
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