「初恋」という日本映画の新たな地平を切り開く大傑作 ベッキーのブチギレと窪田正孝の男気に咽び泣け!
「初恋」は三池崇史監督作品のぶっちぎり最高傑作、いやラブストーリー史上でもNO.1の大傑作である。
2月28日より映画「初恋」が公開されている。筆者としては「十三人の刺客」(2010)を軽々と超えて三池崇史監督作品のぶっちぎり最高、いやラブストーリー史上でもNO.1、いや実写の日本映画史上もっとも面白いのではないかとさえ感じた、オールタイムベストにも食い込むほどの大傑作だ。
本作のタイトルはシンプルだ。これだけだと「ピンと来ない」という人も少なくはないだろう。しかし、本作を表すのにこれ以上にふさわしい言葉はない。その理由は、本作が“初めての恋”を描くラブストーリーであること、かつそれ以上に多数の要素を含んでいながら、初恋こそが物語で最も大切なことだと映画を見終えて気付かされるからだ。
三池監督も本作のことを、「信じていない方もいるかもしれないですけど、確実にラブストーリーです」と語っている。予告編ではヤクザものやバイオレンスな要素が目を引くが、大前提にあるのはあくまでロマンティックな恋だ。カップルで見るのにもぴったりなので、ぜひ物怖じすることなく劇場に足を運んでほしい(※「PG12」な点にはご注意を)。
これは三池監督が起こした奇跡である
三池監督は「仕事は来たもん順で受ける」と公言しており、年間2、3本ペースで映画を世に送り出すのほど多作である。そのためというべきか、映画ファンからは「当たりハズレの差が大きい監督」と言われてしまうこともある。
老舗映画ブログ「破壊屋」では、「この映画はいったい誰が観に行くんだ!?大賞」という人気投票企画があり、そこに寄せられた三池監督作「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」(2010)へのコメントでは、「誰か三池を遠心分離機にかけろ」という迷言まで誕生していた。これは言うまでもなく、傑作から駄作まで振り幅がありすぎる三池作品への痛烈な皮肉である。
三池監督は多作であるがゆえに、本来持ち味であるはずの“バイオレンス”、“悪趣味なギャグ”、“アクの強い登場人物”といった作家性が必ずしも企画や物語(自身は脚本を手がけない監督でもある)とうまくかみ合っていない、または生かされていないと思ってしまうケースもあった。
※とはいえ、三池監督は「ガッチャマン」の実写映画化を日本映画の現状では難しいと断る一方で、「ヤッターマン」(2010)の実写版を成立させるなど、しっかりとした鑑識眼も持ち合わせている点は指摘しておきたい。
ところが今回の「初恋」では、そんな三池監督らしさ全てを盛り込みつつ、根底にある純粋なラブストーリーもしっかりと描ききっている。その意味で、これは遠心分離機にかかった三池監督が生み出した、三池監督にしか作ることのできない傑作となっているのである。
三池監督のための完全オリジナル企画
本作は原作が存在しない完全オリジナル企画である。これについて本作の紀伊宗之プロデューサーが次のように語っている。
「昨今は原作ものが多く作られていますが、映画の企画はそもそもオリジナルであるべき。映画館で初めて出会う体験を提供することが映画の使命だと思うので、オリジナルで、スケールの大きい作品を成立させること自体に意義があると思いました」
日本映画では、人気マンガや小説の実写化がよく話題となり、安定した興行収入を生み出している。もちろん良質な原作を映画という別媒体でも楽しめるのは歓迎すべきだが、一方で知名度のある原作でないと大作映画の企画成立も難しくなっているという、日本映画の厳しい現状も感じさせる。
そんな中で本作は、「映画で初めて出会う体験を観客に提供したい」、そんな作り手の意思が前面押し出されている、志の高い映画でもあるのだ。
紀伊プロデューサーは近年、「孤狼の血」(2018)で東映の代名詞的存在とも言える“実力ヤクザ路線”のスピリットをよみがえらせ、過激なバイオレンスに堂々と挑んだ映画も手掛けていた。そこでの手応えを受けて、「このような作品をもっと世に送り出したい!」という野望の下、タッグを組んだのが三池監督だったのである。
三池監督は劇場長編デビュー作である「新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争」(1995)から歌舞伎町を舞台としたバイオレンスものを手掛けていたし、ぶっ飛んだラストシーンが伝説化している「DEAD OR ALIVE 犯罪者」(1999)をはじめとしたヤクザ映画も多数手がけている。
「初恋」は紀伊プロデューサーの「かつてのVシネ時代の破天荒な三池作品をもう一度大きなスクリーンで観たい」との意向もあり、三池監督の「やりたいことを全部叶えるための企画」としても出発していたのである。
「パラサイト 半地下の家族」と同じ“全部乗せ”の面白さ
ここであらためて、あらすじを簡単に記しておこう。
天涯孤独のボクサーのレオは、試合でKO負けを喫し病院へとかつぎこまれ、医師から自分の余命がわずかであるという事実を突きつけられる。自暴自棄になりながら歌舞伎町の街を歩くレオの目の前に、男に追われる麻薬中毒者の女性のモニカが現れる。
レオは反射的に男にパンチを食らわせてモニカを救うのだが、それをきっかけに彼らはヤクザや悪徳刑事、チャイニーズマフィアらによる戦いに巻き込まれていく――というのが映画の導入部分だ。
本作の何がそんなに面白いのか? と問うならば、さまざまなジャンルが詰め込まれているのが理由の筆頭に挙げられるだろう。バイオレンス、犯罪ノワール、アクション、ファンタジー、群像劇、コメディー……そして、やはり「初恋」というタイトル通りのラブストーリーが、次々に展開していく。
作中の要素を列挙すると
- バイオレンス:主にベッキーが殴る蹴るの暴行を加えるシーンのほか、軽く腕や首がふっ飛んだりもする(PG12指定)
- 犯罪ノワール:ジャパニーズYAKUZAやチャイニーズマフィアが歌舞伎町で攻防を繰り広げる
- アクション:銃刀法違反って何だっけな感じで銃VS日本刀の異種格闘技戦が開幕する
- 群像劇:多数の登場人物が複雑に絡み合いそれぞれの行動が互いに影響を与えていく
- ファンタジー:終盤の飛躍は良い意味で現実離れしてファンタジックである(三池監督は自身の作品を「常にファンタジー」と語っている)
- コメディー:主に染谷将太が暴走しまくり間抜けすぎて爆笑をかっさらっていく
といった具合だ。
ありとあらゆるジャンルが混然一体となり、お互いにお互いをジャマすることなく、とんでもなく面白い点は、アカデミー賞で作品賞を含む4部門を受賞した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」と同じだ。
中でも、特にアクションには大いに期待してほしい。終盤では実際のホームセンターで撮影した「イコライザー」(2014)をほうふつとさせるDIY精神あふれる武器でのバトルが堪能でき、銃だけでなく格闘技もミックスした戦いは「ジョン・ウィック」(2014)をも連想させる。
また本作は豪華キャストが勢ぞろいしていることも大きな魅力だ。メインキャラだけでも、窪田正孝、染谷将太、ベッキー、大森南朋、内野聖陽、村上淳、塩見三省という絢爛ぶりなのである。
特に復讐鬼の役どころで登場するベッキーの演技は最高という言葉では足りない。基本的な行動が殴るか蹴るの暴行、果ては「私もぶっ殺すけど みんなもぶっ殺して!」と叫ぶ危険な女を見事に演じきっている。
ベッキーはスタイルが良すぎたためにスタントが見つからず、激しいアクションを自身でやりきったそうで、しかも「人を殴ったり叫んだり怒ったり、普段はできないことをやらせてもらえたので、ありがたかったし楽しかったです(笑)」ともコメントしている。誰もが「あの不倫報道からよくぞここまでふっ切れた!」と感動できることだろう。
主演の窪田正孝のカッコ良さも、本作を語る上では外せない。ボクサーを演じるのは役者人生で初となるが、現役選手を相手にした試合シーンも鍛え上げられた肉体で自らこなしている。
そこに「HiGH&LOW」シリーズでも見せた儚さや繊細さを持ち前の存在感で体現し、大切なものを何としてでも守るという“男気”をも見せてくれるのだからたまらない。窪田正孝のファンは一瞬たりとも迷わずに劇場に足を運ぶべきだ。
染谷将太はコメディーリリーフ的役割で、彼の立てた計画が最悪の方向に転がっていく様は滑稽そのもの。彼のひょうひょうとした“小物”な演技も相まってどうしても笑ってしまう。大森南朋演じる汚職刑事との凸凹コンビぶりも楽しく見られることだろう。
内野聖陽、村上淳、塩見三省というオトナの役者たちにもほれぼれするしかない。いぶし銀という言葉がぴったりな、三者三様のヤクザの仁義を感じさせる佇まいを眺めていると、思わず「好きです」と告白してしまいそうになる。
そしてヒロイン・モニカ役を演じる小西桜子は、オーディションで応募総数3000人の中から選ばれた新星だ。雰囲気もルックスも前田敦子にそっくりな彼女は、“生きることが苦しそう”なキャラクターに、その存在感をもって見事にハマっている。
パートナーとなる窪田正孝は他の共演者に比べて圧倒的に演技経験の少ない彼女のリード役を任されていたそうで、テイクを繰り返した時も彼女を優しく受け止めるように芝居を返していたという。この実力派若手俳優と新鋭女優の関係性は、偶然出会って次第にお互いを信頼していくという、劇中のキャラクターとも絶妙にシンクロしている。
大ヒットしてくれ!
二度とは実現し得ないかもしれないこの豪華キャストたちが、濃厚な一夜を過ごし、そして初恋を成就するまでのラブストーリーを紡いでいくという事実。本作のキャスティングはもはや完璧という域を超えて、奇跡だ。
考えてみれば、余命宣告もののラブストーリーというのは、日本映画ではごくありふれたものだ。しかし、この「初恋」には三池監督が得意とする“ヤクザ映画”と、その作家性である“バイオレンス”や“悪趣味なギャグ”が強烈にブレンドされたことで、全く新しい、まさに日本映画の新たな地平を切り開く大傑作となっているのである。
本作は三池監督作品が苦手だったという人にも自信を持ってオススメできる。メジャーな大作映画を多数手掛けているとは思えないその強烈な個性は間違いなく好みが分かれるところだが、本作「初恋」では、それが「誰が見ても面白い」と思えるほど、エンターテインメントとして昇華されているのだ。もし三池監督のファンであれば、「見たかった三池作品が見られた!」という感慨もひとしおだろう。
これほどの日本映画が、しっかりと評価され、ヒットしなければウソだ! 今は新型コロナウイルスの影響もあって、すぐには見られないという人もいるだろう。それでも、状況が落ち着いたらぜひ見てほしい。もしも、すぐに見に行くのであれば十分に対策をして行こう。少しでも、多くの人が劇場に足を運んでくれることを強く願っている。
(ヒナタカ)
※一部表現を修正しました
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