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» 2020年03月07日 11時00分 公開

「劇場版SHIROBAKO」を見たから明日も頑張れる この作品が実質「アベンジャーズ/エンドゲーム」だった「5つ」の理由

「劇場版SHIROBAKO」は完全にヒーロー映画だった。

[ヒナタカ,ねとらぼ]

 「劇場版SHIROBAKO」が絶賛公開中だ。同作を見た後しばらくして、筆者は思った。これは、アニメ制作版「アベンジャーズ/エンドゲーム」じゃないか、と。その理由を詳しく書いていこう。

※以下、「劇場版SHIROBAKO」のネタバレは避けて書いたつもりではあるが、作品の構造に踏み込んでいるところもあるため、予備知識なく本編を見たいという方は注意してほしい。なお「アベンジャーズ/エンドゲーム」については思い切りネタバレしている。


「劇場版SHIROBAKO」予告編

1:数年の時間経過があり、序盤がほぼ鬱展開である

 「SHIROBAKO」はアニメーション業界の仕事を描いた作品だ。5人の若い女性が夢をかなえるために切磋琢磨するというメインプロットがあり、同時に制作上でのトラブル、クリエイティブな仕事がゆえに起こる挫折や葛藤など、現場の環境がリアルに描かれる、多数の人間が織りなす群像劇にもなっている。

 テレビシリーズは2014年10月から2015年3月まで放送され、今回の劇場版はほぼ5年の月日を経て世に送り出された完全新作となっている。本作の物語は、現実での年月とシンクロするように「あれから4年後」のキャラクターが描かれることになる。

 そこで描かれるのは“鬱展開”と言っても過言ではない、テレビ版を見ていた人にとってはなかなかショッキングなものだ。そして同時に、テレビ版のファンは“安心”も覚える。なぜなら、激変したのはあくまで“環境”であり、それぞれの本質的な性格や魅力は変わっていない(むしろ成長していたりもする)のだから。

 開始早々、「ああっ……あいつらが5年(劇中では4年)前と変わらない姿でいる……」「でも……なんでこんなことになっちまったんだ……」という、親しみのあるキャラたちを愛おしく思いつつも、切ない気持ちでいっぱいになるという、なんとも複雑な心境に追い込んでくれるのだ。

「劇場版SHIROBAKO」がアニメ制作版「アベンジャーズ/エンドゲーム」だった「5つ」の理由 主人公の宮森あおい(画像は予告編より)

 これこそ「アベンジャーズ/エンドゲーム」の序盤の衝撃的な展開を連想されるポイントだ。こちらでは、人類の半分が消えた地球で、ヒーローたちは巨悪をあっさりと倒すが、事態は解決しないまま無情にも舞台は“5年後”に移る。そこには、希望を失ったまま日々を過ごしている、かつてのヒーローたちの姿があった。

 「劇場版SHIROBAKO」における、アニメに携わっているキャラの姿が、この「アベンジャーズ/エンドゲーム」のヒーローたちの哀しい姿に、どこか重なって見えたのだ。自分たちには人々を楽しませるアニメを作る力がある。だけど、今はそれはできない。方法がない。どうしようもない。そんな状態にまで陥っているのだから。

 しかし、ほんのわずかな可能性から、希望へとつなげていく……そんな「どん底からの逆襲」が描かれる「劇場版SHIROBAKO」は、ヒーロー映画さながらのカタルシスを届けてくれる。そこにこそ、最大の感動がある作品だったのだ。

 

2:“一見さんには向かない”作品でもある

 「劇場版SHIROBAKO」は「テレビシリーズを見てから劇場に足を運んでほしい」と強く願いたくなる内容だ。その理由は前述したように、「あのキャラがこうなっている……」という感慨およびショック、つまりは“キャラクターへの思い入れ”があってこそ、感情を揺さぶられるところがあるからだ。

 さらに、セリフの端々に「(テレビシリーズの)あの頃のあの出来事」を連想させるところもあり、過去に起こった“失敗”の詳細な説明もないまま話が進むため、今回から見ると細かい設定がよく分からず、モヤモヤした気持ちになってしまうかもしれない。

 これも、「アベンジャーズ/エンドゲーム」と共通する事項。正直に言って、“一見さんには向かない”内容であると感じた。

 一方で、「アベンジャーズ/エンドゲーム」も「劇場版SHIROBAKO」も、「初めて見たけど楽しめた」という意見もいくつか見かけた。



 実際「劇場版SHIROBAKO」ではキャラの初登場時には名前と役職がテロップで出てくるし、オープニングではかわいらしい絵本のような語り口で「今までのあらすじ」も用意されているなど、初めてシリーズに触れる観客への配慮もなされている。

 また、今回の「新作の劇場版アニメを作ろうとする」という物語はテレビシリーズから独立しており、しっかりした起承転結もあるため、今回から見たとしても完全に訳が分からないということにはならないだろう。「全部予習してから見て!」と訴えたくなるのは、ファンの“あるある”だが、それは杞憂(きゆう)なのかもしれない。


3:“過去があってこそ”の名シーンがある

 「アベンジャーズ/エンドゲーム」では、中盤からタイムトラベルで過去に戻ることになる。それにより、過去のシリーズの名シーンが再び映し出され、シリーズを追ってきたファンを感涙させる最高のサービスになる、という構図があった。

 同様に、「劇場版SHIROBAKO」でも、「これまで(テレビシリーズで)やってきたこと」を、(タイムトラベルではないが)“ある方法”で振り返り、そして未来への希望へとつなげていくという、ファンが涙なしには見れないシーンが中盤に待ち受けている。


「劇場版SHIROBAKO」がアニメ制作版「アベンジャーズ/エンドゲーム」だった「5つ」の理由 テレビ版同様、おいしいカレーで元気づけてくれる丸川さん(画像は予告編より)

 未来に向けて歩むことができるのは、過去の積み重ねがあってこそ。物語を追いながら、作品そのものが「過去の(テレビ)シリーズがあってこそ、この作品(劇場版)があるという」とメタフィクション的にも見えて、言葉にならないほどの感動があった。

 また、その“ある方法”は実写作品ではほぼ不可能な、「SHIROBAKO」がアニメ作品であるからこそ成し得たものともいえる。多幸感と高揚感に満ち満ちたこの名シーンを、ぜひスクリーンで見届けてほしい。


4:「アベンジャーズ……アッセンブル!」なクライマックス

 「アベンジャーズ/エンドゲーム」の最大の見せ場は何か、と問われれば、多くの人がキャプテン・アメリカが満を持して口にする「アベンジャーズ……アッセンブル!」という決めゼリフと、それに続く最終決戦の大スペクタクルであると答えるだろう。

 それまで消えて(死んで)いたヒーローたちも復活し、彼らが“総力戦”で戦う図は、作品そのものを待ち続けたというファンの感慨も相まって、興奮が青天井すぎて大気圏突破するほどのカタルシスに満ち満ちていた。

 そして、この「劇場版SHIROBAKO」でも、「アベンジャーズ……アッセンブル!」なクライマックスが待ち受けているのである。しかも、それは単に“制作スタッフが集まってアニメを作り始める”ということではない。

 この「SHIROBAKO」がシリーズがやはりアニメ作品であるということ、そして“アニメの力を信じている”からこその、この方法でしかあり得ないといえるほどの、「武蔵野アニメーション……アッセンブル!」があったのである。


5:現実で生きる希望を与えてくれる

 「SHIROBAKO」は「アニメがたくさんの人の力によって作られている」という事実をあらためて教えてくれる。アニメーションの仕事とは何かと聞かれたら、「絵を描く」「物語を書く」「声をあてる」などクリエーション面に直接関わることを想像しがちだ。しかし作中のキャラクターたちはクリエーション面だけでなく、権利面や人間関係など、実にさまざまな事情が絡んだトラブルにたびたび衝突しまくっていた。

 また、実質的な主人公である宮森あおいの担当は“制作進行”だ。彼女は作品の進捗状況の管理、スタッフの補佐やその間の橋渡し、作品に使用する素材の準備や提供など、マネジメントに日々奔走していた。彼女がにっちもさっちも行かなくなり、パニックになってしまう様は、ストレスでこっちまで胃がキリキリと痛くなってしまいそうだった。

 さらに、劇場版での宮森の仕事は、制作進行からプロデューサー寄りへと変わっており、彼女にのしかかるプレッシャーはさらに重くなっている。そんなわけで、「SHIROBAKO」は「アニメって1枚1枚絵を描くこともめちゃくちゃ大変なのに、それ以外もすっげえ面倒くさい!」と痛感させてくれるのである。

 「劇場版SHIROBAKO」では、こうした面倒くささを乗り越えた先の、アニメ制作に携わることの喜び、楽しさが存分に描かれている。それらをもって、「素晴らしいアニメを送り届けてくれてありがとう!」と、現実でアニメの仕事に携わる人たちに、大いに感謝を告げたくなる作品だった。


「劇場版SHIROBAKO」がアニメ制作版「アベンジャーズ/エンドゲーム」だった「5つ」の理由 画像は予告編より

 エンターテインメントに救われる人は多い。毎週放送されるアニメを楽しみにしていたり、映画館に行くのが週末の楽しみというだけでなく、作中で提示された価値観によって、生きる気力が湧いた経験がある人も少なくはないだろう。それを送り届けてくれるクリエイターとスタッフたちはその意味で、人々に希望を与え続ける、現実におけるヒーローチームだ。

 創作物を手がけるクリエイターおよび制作に関わるスタッフは、現実におけるヒーローと呼んでもいい。そこに改めて気付かせてくれたという意味でも「劇場版SHIROBAKO」は「アベンジャーズ/エンドゲーム」と同様のヒーロー映画であったと主張したい。

最高のヒーロー映画

 この他にも、「劇場版SHIROBAKO」と「アベンジャーズ/エンドゲーム」は、「鬱展開でもあるがゲラゲラと笑えるギャグも多い(そのギャグはやはり過去シリーズを見てるからこそ笑える)」「激太り(リバウンド)したキャラクターがいる」など、細かいところでも共通点が多い。きっと、両者の類似点はさらに見つかることだろう。

 今は、新型コロナウイルスの影響で、エンターテインメント業界全体がかつてない苦境に立たされている。しかし苦しいときだからこそ、アニメをはじめとするエンターテインメントは、生きる希望を与えてくれる。

 特に「SHIROBAKO」はクリエイターとスタッフたちに感謝を告げたくなるだけでなく、仕事の大変さと楽しさを共に描くことで、仕事をする全ての人に「明日も頑張ろう」と思わせてくれる作品だ。

 見れば、きっと元気なれる。現実で戦う力ももらえる……「アベンジャーズ/エンドゲーム」をはじめとした荒唐無稽なヒーロー映画であっても、それは同じだ。「劇場版SHIROBAKO」はクリエイターとスタッフたちを鼓舞し、そしてエンターテインメントおよびアニメを愛する私たちに向けられた、やはり最高のヒーロー映画なのだ。

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