圧倒的なマニュアルと付録の分量 『ゼクシィ』を真面目に読むとガンガン伝わってくる、リクルートの驚異的な“段取り力”
「広告ばかり」と揶揄されることもあるゼクシィ。読者は広告の対価に何を受け取っているのか?
おそらく日本で一番知名度があるであろう結婚情報誌『ゼクシィ』。広告ばっかりと揶揄されがちなこの雑誌(事実、広告はめちゃくちゃ多い)だが、実は真面目に読むとけっこう面白いということはあまり知られていない。おれは最近結婚したので、この雑誌と向き合う機会を設けられた。ということで、首都圏版2020年4月号を読みながら、ゼクシィに秘められた驚異のパワーを紹介していきたい。
ゼクシィには「使い方」が存在するのだ
まず冒頭10ページで3000字以上書けるほどの読み応えがあるのだが、本記事ではそこを読み飛ばすこととする。我々の前に現れるのは「ゼクシィの使い方」というマニュアルページである。ゼクシィはタラタラ眺めてもいいが、編集部の推すマニュアルに沿って使いこなすことで、よりよい結婚準備〜新生活のスタートを切れるのだ。明確な使い方が存在する(しかしダラダラと眺めてもよい)という点でいえば、どちらかというと辞書や百科事典に近いタイプの書物である。
このマニュアルページは、毎号同じ内容(時期によって変更はあるはずだが、基本的には前号とほぼ同じもの)が同じ位置に掲載されている。毎回雑誌の自己紹介兼使い方が同じ位置に載っているというのも、ゼクシィという雑誌の特異さを表している。
なんせゼクシィは毎号購入する読者を想定した作りになっていない。目次に「4冊読んだらそれで充分」と書いてあるのだが、その言葉の通り4冊読んだらそれで充分という雑誌なのである。この雑誌を読む人間は毎回“一見さん”であり、読者の間で共有されているお約束やルールは存在しない。だからこその懇切丁寧さ。徹底している。
マニュアルページの内容も興味深い。まず冒頭には「ゼクシィを使うといいこと(ハート)」と称して、マニュアルに沿ってゼクシィを使えばどのようなインセンティブが生じるかが提示される。その「いいこと」の項目は、「結婚準備全体の基本を知れる」「“したい”結婚式が見えてくる」「3軒以上見比べればぴったりの会場が見つかる」「式準備も結婚生活もとことん楽しめる」の4つである。
つまり、ゼクシィを使いこなせば結婚〜新生活の流れの全体像が把握でき、式のアイデアが具体的になり、会場や式準備など個別の問題にもアンサーが出せ、式の後までフォローされるということだ。結婚式というプロジェクトについて何もわかっていない状態からスタートしても、抽象から具体の流れでルートを設けてスムーズに進行できるようにしてある。
さらにその下には、「お役立ちツールはこんなにいっぱい(ハート)」として、各種ゼクシィがずらりと並んでいる。いつも本屋で見かける“あの”ゼクシィ以外にも、ゼクシィにはバリエーションが存在するのだ。
雑誌の形態をとっているものだけでも「ノーマルゼクシィ」「国内リゾートウエディング特化型ゼクシィ」「海外ウエディング特化型ゼクシィ」「33歳以上の花嫁に特化したゼクシィPremier」(ちなみに「Premier」は2020年Spring号で休刊してしまったようだ)の4種類が存在する。ほとんどザクというか、MSVである。さらにスマホ用の「ゼクシィアプリ」やゼクシィのWebサイトがあり、そしてプロのアドバイザーと直接会話しながら会場を決められる「ゼクシィ相談カウンター」がページに並んでいる。
その次のページではゼクシィの使い方を具体的に紹介。結婚準備全体を理解でき、トレンドのドレス情報や演出、金銭面での基本データを読み込め、さらに具体的に結婚式場やショップの絞り込みができるというゼクシィの基礎的な使い道が、見開き2ページでまとまっている。興味深いのは、その後に続くアプリ版ゼクシィのマニュアルには倍の4ページが割かれていることだ。誌面を読んでいるということはすでにゼクシィを手にとっているということである。そちらを細かく説明するよりは、ダウンロードという一手間が必要なアプリ版のメリットを解説する方が重要なのだろう。さらに、アプリ版やWeb版のゼクシィを使えば商品券がもらえるという。ネット経由での式場探しにも誘導したいという強い気持ちが伺える。
相談カウンター紹介ページでは、新郎は空気だった
ちょっとビックリするのが、その次の「ゼクシィ相談カウンター徹底活用ガイド」のページである。この部分もマニュアルページと同じく、毎月基本的に同じ内容が掲載されている。扉のページに掲載されている写真のアングルは、相談員のお姉さん越しに相談に来たであろうカップルを捉えたもの。中央に写っている被写体はこれから結婚するであろう新婦であり、新郎は画角の右端で見切れている。
この写真から読み取れるのは、相談カウンターに行って相談をする主体は新婦であるという認識が、ゼクシィ編集部に強く存在していることだ。「夫婦並んで相談している」という絵面ではなく、あくまで中央に写っているのは新婦の方。新郎は横でニコニコしているだけである。どれだけ「男はゼクシィを読まない」「男には結婚式をやる気がない」とみなされているか、ビリビリと伝わってくる。
このページには、左下にこの写真の詳細がキャプションとして添えられている。カメラマンやスタイリング、ヘアメイクやモデルや構成・文の担当者のクレジットも入っており、このページが独立した作りであることがわかる。さらにその下には、2人が着ている服の詳細も列挙されている。新婦の方は「ワンピース3万1320円(販売)、コート2万8080円(販売)/全てトロワズィエムチャコ(アプレドゥマン)……」という感じでディテールが書かれているのだが、新郎の方は「全てスタイリスト私物」で終わりである。あっさりしたものだ。
この新婦の方の服装が細かめに列挙されているのは、「ゼクシィ相談カウンターに来るときは、だいたいこんな感じの服装で来てくれれば大丈夫ですよ」というゼクシィからのメッセージなのではないかと思う。結婚式や葬式に着ていく服ならわかるけど、結婚式の相談のために窓口に行くときの服装は、あらためて考えるとわからない。変な服装で行って恥をかきたくない。そんな心理に寄り添うべく、ゼクシィ側が模範解答をあらかじめ提出してくれているというのは、穿ち過ぎだろうか。
対して新郎の服装は「全てスタイリスト私物」である。なんか、「まあ、男の方は全裸じゃなければいいです」という感じがする。確かにおれが相談カウンターに行くとして、「何を着て行こう……?」と悩むとは考えにくい。妥当な判断である。さすがゼクシィだ。ちなみにこのパートのラストには「ゼクシィ相談カウンターMAP」として、首都圏版では主に都内から神奈川〜千葉あたりまでのゼクシィ相談カウンターの位置が掲載されている。「こんなにカウンターあるの!?」とビビる量なので、ぜひ一度見ていただきたい。
ゼクシィの付録を熟読すれば、段取り力が確実に上がります
この後しばらくはゼクシィアプリをダウンロードするともらえるオリジナルスタンプ(結婚式でいろいろ配ることになる印刷物やらちょっとしたプレゼントやらに押すらしい)や、ゼクシィ主催のブライダルイベント「ゼクシィフェスタ」などの各種ゼクシィ関連宣伝ページが掲載されている。その後に挟まっているのが、今月の付録パートである。
ゼクシィには毎号、バラして別で保存しておける冊子型の付録が挟まっている。本誌にくっついている別体の付録(4月号だと「くまのプーさん超BIGお洗濯ネット」がそれにあたる)以外にも、数冊のパンフレットが雑誌自体に挟まっているのだ。
首都圏版2020年4月号についている冊子型の付録は、「結婚式の費用明細BOOK」「花嫁ヘア60style book」「親専用ゼクシィ」の3冊である。加えて、折込として「結婚の手続き届け出やることシート」が付属する。この付録や「やることシート」の作りがバカにならない。端的にいって、けっこう役に立つのである。
大抵の人間は、人生における結婚の回数は多くて数回である。結婚式の段取りなんてわかっておらず、何をどういう順番で進めていけばいいのかは巨大な謎だ。極論を言えば届けを提出するだけなのだが、しかし人間にはさまざまな事情がある。紙1枚を提出して、それで終わりというわけにもいかない。しかし、一体何をどういう順番で進めれば、全方向に対して角が立たないのか……?
そういった段取りのサポートが、ゼクシィの大きな仕事である。結婚にまつわる全てのプランを独力で考え、行動できるカップルならば一切必要ないサポートなのは間違いない。しかし、そんな人間は多くないし、だいたいそんなこと自分で考えるのはめんどくさい。そういう人間に対して、ゼクシィは「普通は親に対してはこういう根回しをしておくといいですよ」「この部分にはこれくらい金をかけるのが一般的ですよ」というアドバイスをしてくれる。
基本的に全てのアドバイスの根拠が「一般的にはこうです」「世の中の多くの人はこんなもんでやってます」みたいな感じなので、読んでいると「うるせえ馬鹿野郎! おれは勝手にやるぞ!!」という気持ちになってくる。
だが、結婚にまつわる諸々には空気の読み合いが付いて回り、関わる人数も多い。関係者全員をなんとなく納得させ、なんとなく「よかったね」と思わせなくてはならないのだ。新婦もしくは新郎が得手勝手にやったことに対して、関わりの深い親族や関係者が1人でも納得しなかったら、場合によっては禍根を残す。関係者全員の気持ちを汲み取り調整するという、なかなか大変なプロジェクトなのだ。
そういうフワフワしたものである以上、ある行動に対して「みんなこうやってます」というこれまたフワフワした根拠を持たせるのは有効である。日本人の多くは、そう言われたら「まあいいか」と納得してしまうものだからだ。ゼクシィのアドバイスは、結婚の非論理的な部分にかみ合っている。
さらに言えば、ゼクシィのこれらの付録や、最初に紹介した「使い方」のページの作りは、「段取りよくタスクを消化していくこと」に特化した作りになっている。前方にあるタスクを図示したロードマップと、具体的なそれらの処理方法がリスト形式で並び、ゴールに向けて一つずつ段取りを消化していく作りになっている。遠目に見るとめんどくさい手続きが塊になっているように見えても、近くに寄ってリストに分解し、各個撃破すればなんとかなる。『バガボンド』で宮本武蔵が「1対1を70回」と考えて一乗寺下り松での吉岡一門との決闘を乗り切ったのと同じ原理である。というかこのメソッド、普通にめんどくさい仕事をやらなくちゃいけない時とかに使える。ゼクシィの付録の仕組みを他のことにも応用すれば、確実に段取りをつける力は上がると思う。
ともすれば「広告ばっかり」と揶揄されがちなゼクシィ。実際、大量の広告が挟まったカタログ雑誌なのは間違いない。しかしその隙間には、現実的な段取りの為の情報やツールが挟まっており、それらは普通に参考になる。逆に言えば、これらの情報やツールと引き換えに、我々は大量の広告の束を手に取らされるのである。よくできた仕組みだと、つくづく感心させられるのであった。
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