俺たちを魅了した「ドラゴン裁縫セット」がカタログから消えた? 生みの親に聞く「ドラゴンの現在、そして未来」
青春はドラゴンの裁縫セットと共に。
たまらなくノスタルジーを喚起する光景がある。日本人の遺伝子に刻まれた、集合的無意識とでも呼ぶべき原風景。田舎のあぜ道、夏の入道雲、茜色に染まった住宅街、そしてドラゴンの裁縫セット――。
ドラゴンの裁縫セットとは、小学校家庭科の教材として販売されている裁縫道具のバリエーションの1つである。学校推薦のカタログによく掲載されていたため、20代以下の世代なら目にした記憶がある人は多いだろう。少なくとも、私と友人は全員ドラゴン使いだった。
思えば裁縫セットで作るエプロンもドラゴン柄だった。小学生男子は3度の飯よりドラゴンが大好き。他の教科が「メダカを育てましょう」とか、「きつねの気持ちを答えなさい」とかやっている中、家庭科は「ドラゴンの裁縫セットでドラゴンのエプロンを作りましょう」である。生物としての格が違う。
ところが、そんなドラゴンがカタログのラインアップから消えつつあるらしい。7月初旬、ドラゴンがいなくなったカタログの画像がTwitterに投稿され、大きな注目を集めた。そんな馬鹿な……。絶対究極最強無敵のドラゴンがなぜ……。
矢も楯もたまらず、ドラゴンの生みの親であるサンワード社に問い合わせたところ、たまたまツイートのカタログに載っていなかっただけで「ドラゴンはまだまだ現役」だそうだ。サンワード公式Twitterは「時流にあった新しいドラゴンを追求して参ります! だって世の中にドラゴンは、きっと必要だから」と発言している。
伝統工芸家のようなストイックさ。ところで「時流にあった新しいドラゴン」とは一体……? あのころドラゴンに魅了された一人として、ドラゴンの裁縫セットの現在、そして“これから”をサンワードに取材した。
――いつごろからドラゴンの教材のデザインを請け負うようになったのでしょうか。
サンワード 当時ドラゴンのデザインを手掛けたスタッフはすでに在籍していないため、弊社データベースを調べてみたところ、初代ドラゴンと呼べる「LOURD LEGER(ルールレジェ)」シリーズが誕生したのは2001年、つまり19〜20年前のようです。
学習教材の新学社さまから「ドラゴンをモチーフにした裁縫セットを」とご提案があり、お引き受けしたのがきっかけでした。「LOURD LEGER」の人気のおかげで後継のドラゴンシリーズが生まれることになったと聞いております。
――始まりのドラゴン……始祖竜ですね。どのような姿をしていたのでしょうか。
サンワード 「LOURD LEGER」シリーズだけでもさまざまなドラゴンがおりましたが、一番人気だったのはシンプルな黒いドラゴンです。いまだに新学社さまの「Wウイング式裁縫セット」のラインアップで「ブラックドラゴン」としてお取り扱い頂いております。
ちなみに初期は現在のようなコンパクトポーチ型ではなく、大きめのプラスチックケースが主流で、蓋の全面に大きくドラゴンがプリントされておりました。
――ブラックドラゴン! まさに私も持っていました。その後、歴代で何種類ほどのドラゴンを描いてきたのでしょうか。
サンワード 基本的には1年ごとに新しいデザインをご提案しておりまして、商品に採用されなかった没ドラゴンや、ご提案した差分もあわせると40種以上はあるかと思います。
――40種類ものドラゴンが……。ドラゴンを生み出すうえで気を付けている点、こだわりなどありますか。
サンワード シルエットのみの状態でもドラゴンだと分かる、かっこいい造形を目指しています。ドラゴンが登場する全ての作品が参考資料です。本やゲーム、映像など、いろいろなものからインスピレーションを得ています。
また、あくまで想像上の生き物ですから「ウロコや爪をリアルに描きすぎない」ようにしています。要は「トカゲっぽくならないように」ですね。これは先代のドラゴン描きから教わったポイントです。
――ノウハウが脈々と受け継がれているのですね。Twitterでは「時流にあった新しいドラゴンを追求して参ります」と発言されていましたが、これまでシリーズに大きな変化はあったのでしょうか。
サンワード 過去には「ドラゴン=西洋ファンタジー」という伝統から離れ、東洋の龍がモチーフの「画龍天睛」を打ち出しました。龍の隣には小学生を応援する格言を添えています。
――「自分に打ち勝つことが最も偉大な勝利である」。すてきなメッセージですね。東洋の偉人の言葉ですか?
サンワード いえ、プラトンです。
――プラトン。
サンワード また、そのころは他社さまからも多くのドラゴンが登場し、差別化を図る必要に迫られたという背景もあります。「画竜点睛」以外にも、それまでと毛色の違うドラゴンをいくつかご提案させていただきました。
――他社からもドラゴンが! 教材のメーカーや版権元なんて小学生には知る由もないことですが、実際は男子が大好きなドラゴン同士のバトルが繰り広げられていたんですね。
――さて、ここからが本題なのですが、小学生のドラゴン人気は時代の変化と共に衰えてしまったのでしょうか……?
サンワード いえ、今でもドラゴンは人気だと信じています。少年の心に訴える「よく分からないけどなんかカッコイイ」を担う生き物がドラゴンなのではないかと考えております。
ただ、最近は「大人になっても使えるように」と考える保護者さまが多く、スポーツブランドのようなシンプルでかっこいいものを選択されることが多いようです。そうした背景もあり、昔のようにドーンとドラゴンを押し出したデザインは採用されづらくなっている現状があります。
時代の変化によって、教材もデザインの自由度が増し、子どもたちの選択肢が昔とは比べものにならないほど豊かになりました。ドラゴンにも自由に羽ばたいてほしいのですが……。
――なるほど、中学校でも家庭科の授業はありますし、数年後を見据える親御さんの気持ちも分かります。
サンワード こうした事情もあり、「時流に合った新しいドラゴン」の正解は、今なお日々模索中です。少年たちが求める「ドラゴン的かっこよさ」、保護者様の求める「大人になっても使えるかっこよさ」、その両方に応えられるデザインを追究することが今後の課題だと認識しております。
キャラクター制作会社という性質上、かわいらしいデザインを制作することが多い弊社において「ドラゴン」は少し異質ではありますが、約20年もの間、確かに会社を支え続けてくれた大切な柱のひとつだと思っております。流行のデザインをドラゴンにも取り入れながら、今後ともご提案は続けさせていただくつもりです。
なお、サンワードの男の子向けデザインで現在の一番人気は「シャチザダイブ」。「画竜点睛」の意志を継ぐ和風デザインで、躍動感あふれるシャチのイラストに「自分を超えろ」と力強い言葉が添えられている。プラトンも死後シャチと抱き合わせられるとは思わなかったろう。
また、インタビュー中でドラゴンの話しかしなかったので補足しておくと、本来のサンワードはかわいらしいキャラクターを中心に手掛けるデザイン会社である。「コーラシガレット」のパッケージデザインにもなっている「リトルボブドッグ」をはじめ、オリジナルキャラクターの企画及び版権業務を行っている。だからこそ20年近く続くドラゴンへのこだわりが一層際立つ。
かつてドラゴンに魅了されたひとりとして、これからも小学生にはドラゴンの裁縫セットを選び続けてほしい。やがて照れくさく感じる日が来るかもしれないが、ドラゴンのように気高く胸を張ればいい。その気持ちは君が大人になった証だから。自分に打ち勝つことが最も偉大な勝利なのだから。
(戸部マミヤ)
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