意味がわかると怖い話:「異形の寺」(1/2 ページ)

不思議な誘い。

» 2020年08月23日 21時00分 公開
[白樺香澄ねとらぼ]

 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

意味怖

「異形の寺」 

『彼氏のふりして、一緒に実家に来てくれない?』

 春から始めたバイト先の学習塾で、指導係の社員の千尋さんから唐突にそんなことを言われた。彼女はH県の寺の娘で、実家から見合いをしろとうるさく言われるので、男を連れて帰って納得させたいというのだ。

『シフト見たけど、ヒマなんでしょ。1泊2日、カラダ貸してよ』

 面白そうだと思い、二つ返事でOKした。『みんなには秘密ね』という、年上の美人からの誘いにときめかなかったと言えば嘘になる。

 新幹線から鈍行に乗り換え1時間、日も暮れたころにやっと彼女の故郷のS町に着く。久宜寺(くぎじ)というその寺は、海を見下ろす岬に建っていた。異様な寺だった。「本殿」と「庫裏」だと説明された二つの建物はいずれも壁が真っ黒に塗られていて、全ての窓が雨戸で鎖されていた。

 「庫裏」は僧堂と寺務所を兼ねた施設、つまりは千尋さんの実家だった。玄関先で、そろって白い僧衣に黒い輪袈裟をかけたふたりの男性が待っていた。父と兄だという。父は『娘から話は聞いている』と言い、荷解きする間もなく食堂(じきどう)に案内された。

 娘の彼氏だ、質問攻めにされるだろうという予想は外れた。「父」も「兄」も、隣に座る千尋さんさえ一切、会話を交わすことなく、ただ俯いて夕食を――冷めきった豆の煮物やカビ臭い漬物といった、精進料理としても粗末な食事をつつくばかりだった。

 気まずい夕食の後で「兄」から『本殿の仏堂に布団を敷いたからそこで寝てくれ』と案内され、俺はいよいよ来たことを後悔した。

 仏堂には朱塗りの祭壇が据えられ、大小さまざまな二十ほどの仏像のようなものが並んでいた。いずれも彫り方はかなり荒く、かろうじて顔は笑みを浮かべていると窺えるものの、手足も判然とせずノミの削り痕が生々しい。似たものを教科書で見たことがあった。「円空仏(えんくうぶつ)、ですか?」

 江戸時代初期に全国を行脚し、各地に木彫りの仏像を残した僧。円空については、そのくらいしか知識はないが。

『似たようなものです。……お手は触れないように』

 「兄」はそう言ってこちらに薄く微笑んだ。

『夜が更けてから“何か”がやってきても、決して仏堂から出ないでくださいね。ただ黙って布団をかぶっていれば、朝になりますから』

『な……何か、ってなんですか?』

 ゾッとして訊いたが答えはなく、「兄」は、『火気厳禁ですので』とだけ言い置いて行ってしまった。

 庫裏にいるはずの千尋さんにLINEでメッセージを飛ばしてみたが、既読にもならない。

 スマホの時計を見ると、23時を回っていた。長旅の疲れを改めて感じ、早々に寝てしまうことにした。

 ――ふと目が覚めた。夜中の2時頃だったと思う。

 ぷたん、ぷたん、と、水気を含んだ重いものが床に叩きつけられるような音が、外から聞こえている。……足音? 俺は布団の中で身を固くする。

 月明かりが、仏殿の障子戸に「それ」の影を落としていた。

 四つんばいになった人間のように見えた。廊下を、何かを探すように這いずっている。犬が唸るような声が耳に届いた。

 ……寝る前に妙なことを言われたせいで、幻を見ているのだと自分に言い聞かせた。震える手で、枕元のバッグから煙草を探し、火をつけた。一服して頭が冴えれば、妙なものは見えなくなるはずだ。火気厳禁と言われたが、知るものか。

 背後でカタカタカタ……と乾いた音がした。仏像たちが小刻みに震えているのだ。

 すがるように煙草を深く吸い、電灯を点けようと壁のスイッチを探す。だが、なぜか灯りがつかない。

 唸り声が、はっきりした音として耳に届く。……エンクエンクエンク。そう低い声で繰り返していた。

 ――円空? 俺は倒れた像のひとつを手に取った。高僧の加護にすがる亡者の霊。そんなイメージが脳裏に浮かんだ。

 これが欲しいならくれてやる。無我夢中で、障子に向かって仏像を投げつけた。

 そこで記憶が途絶えた。

 

 翌朝、救急車のサイレンに目を覚ました俺は、障子の破れ穴と、床を焦がした吸殻を見て、「あれ」が現実だったのだと思い知らされた。

 外に出ると、救急隊員が担架で「父」をかつぎ出していた。仰向けにされた「父」は両手を虚空に伸ばし、驚愕したように目を見開いていた。……生きているようには見えない。

 それに、記憶にある彼の身長に比べて、担架が短すぎる気がした。下半身がどうなっているかは、毛布で覆われていて分からなかったが。

 茫然と立ちすくむ千尋さんと「兄」を見つけ、俺は駆け寄った。

「何があったんです?」

 千尋さんは俺の姿を認めると、泣き笑いのような顔をした。

『無事だったんだね……キミはここに居ない方が良い。早く帰って』

 肩を掴まれ、有無を言わさぬ口調でそう言われた。

 

 後日、千尋さんが塾を辞めたと室長から聞いた。

『急な話でね。2年連続で夏期講習中に参っちゃうよ』

 室長の言葉に、俺は聞き返す。「2年連続?」

 室長は苦い顔で、ああ、と頷いた。

『去年も今頃、バイトがひとり辞めちゃってね。彼も千尋ちゃんが指導していた男の子だったんだけど』

「その人は、どうして辞めたんですか?」

『さあ。郵送で退職届が送られてきて、そのまま音信不通でね』

 室長はそう言って溜息をついた。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2408/31/news036.jpg 犬が同じ場所で2年間、トイレをし続けた結果…… 笑っちゃうほどの変貌が379万表示「そこだけボッ!ってw」 半年後の現在について聞いた
  2. /nl/articles/2408/30/news121.jpg 「地獄絵図」「えぐすぎやろ……」 静岡・焼津市の地下歩道が冠水 “信じられない光景”にネットあぜん
  3. /nl/articles/2408/31/news073.jpg 「よくこんなものが……」 米不足でメルカリに米出品→疑問の声も 運営は“禁止出品物”に「然るべき対応」
  4. /nl/articles/2408/31/news025.jpg 次男に塩対応の柴犬、いよいよ次男の帰省最終日を迎え…… 本音が出た瞬間に「不意に泣かせるのやめて欲しい」と感動の声
  5. /nl/articles/2408/30/news017.jpg 最上位グレードのハイエースを“50万円の底値”で購入したら…… 驚きの実物に「ある意味最強」「正直、羨ましい」
  6. /nl/articles/2408/30/news188.jpg 実写「着せ恋」、キャストに物議 海夢の再現度が高すぎるタレントを推す声あがる 「逆になんであかせあかりさん以外の人……」
  7. /nl/articles/2408/29/news193.jpg 「なんで欲しいと思ったんですか?」 酔った勢いで購入 → 後日届いた“まさかの商品”に反響 「理性あったら買わないw」
  8. /nl/articles/2408/28/news142.jpg 明石家さんま、69歳バースデー迎え長男から幸せ呼ぶ“輝かしいプレゼント” 同席した元妻・大竹しのぶは「最高の笑顔でした」
  9. /nl/articles/2408/31/news084.jpg 仕事早いな! 大谷翔平の愛犬“デコピン”、大反響の始球式がさっそくTシャツ化 「こ、これは……」「欲しい!」と爆売れの予感
  10. /nl/articles/2408/30/news113.jpg 「これ600円なの?」 大谷翔平が長く愛用しているデコピンの“おやつ入れ”、始球式で注目「おそろだった」「真美子さんが選んだのかな」
先週の総合アクセスTOP10
  1. ヒマワリの絵に隠れている「ねこ」はどこだ? 見つかると気持ちいい“隠し絵クイズ”に挑戦しよう
  2. 「米国人には想定できない」 テスラが認識できない日本の“あるもの”が盲点だった 「そのうちアップデートでしれっと認識しそう」
  3. 「苦手な芸能人は誰?」 あのちゃん、女性芸能人を“実名で即答” 「ここ最近で一番笑った」「強すぎる」
  4. ホテルでチェックアウト、忘れ物で多いのは? ホテル従業員が教える「圧倒的に多い忘れ物」
  5. 乳がん闘病中の梅宮アンナ、抗がん剤治療で「髪の毛ほとんどなくなっています」 帽子かぶり「ああ、来たか」
  6. 「キティちゃんのお面だと思ったら……」 ひっくり返すと“まさかの正体”に11万いいね
  7. 「凄すぎる…」「ガチで滝」 “市ケ谷駅の冠水”が衝撃与える 階段に大量の水が流れる様子も…… 東京メトロに経緯を取材
  8. 「早すぎます」「一体なにが」 52歳ボディービルダー、訃報1週間前に最期の投稿で“人生初の試み” 恋人は「亡くなる数時間前まで普通にお出かけも」
  9. お盆で帰省した次男に、柴犬も猫もまさかの反応→どちらも豹変して爆笑 「涙出てきました」「おもろ可愛過ぎ(笑)」
  10. 着陸する戦闘機を撮ったはずが…… タイミングが絶妙すぎる1枚に「一部の専門家には貴重な一枚」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 釣れたキジハタを1年飼ったら……飼い主も驚きの姿に「もはや魚じゃない」「もう家族やね」 半年後の現在について飼い主に聞いた
  2. 「もうこんな状態」 パリ五輪スケボーのメダリストが「現在のメダル」公開→たった1週間での“劣化”に衝撃
  3. 「コミケで出会った“金髪で毛先が水色”の子は誰?」→ネット民の集合知でスピード解決! 「優しい世界w」「オタクネットワークつよい」
  4. 庭で見つけた“変なイモムシ”を8カ月育てたら…… とんでもない生物の誕生に「神秘的」「思った以上に可愛い」
  5. 「米国人には想定できない」 テスラが認識できない日本の“あるもの”が盲点だった 「そのうちアップデートでしれっと認識しそう」
  6. ヒマワリの絵に隠れている「ねこ」はどこだ? 見つかると気持ちいい“隠し絵クイズ”に挑戦しよう
  7. 「昔はたくさんの女性の誘いを断った」と話す父、半信半疑の娘だったが…… 当時の姿に驚きの770万いいね「タイムマシンで彼に会いに行く」【海外】
  8. 鯉の池で大量発生した水草を除去していたら…… 出くわした“神々しい生物”の姿に「関東圏では高額」「なんて大変な…」
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「なんでこんなに似てるの」 2つのJR駅を比較→“想像以上の激似”に「駅名だけ入れ替えても気づかなそう」