同人活動には人の心を強烈に惹きつける力がある――同人女の感情を描いた漫画『私のジャンルに「神」がいます』真田つづるインタビュー(1/2 ページ)

「同人女の感情」シリーズ完結&書籍化を記念してメールインタビュー。【試し読みあり】

» 2020年11月14日 11時55分 公開
[青柳美帆子ねとらぼ]
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 Twitterで連載し、更新されるたびに関連ワードがトレンド入りしていた漫画「同人女の感情」シリーズ。最終回を迎え、11月12日には、書籍版『私のジャンルに「神」がいます』が発売されました。

 本作は、二次創作を楽しむ女性たち――「同人女」たちの悲喜こもごもが描かれたオムニバスストーリー。読んだ人の心を揺さぶる二次創作を生み出すひとりの書き手・綾城さんを中心に(同人女のカルチャーではこういう作り手を「神」と呼びます)と、神に出会ってしまった読み手や、神に置いていかれた読み手、神に影響されて変化していく書き手たちの姿が描かれています。

 どのようにして本シリーズは生まれたのか。ねとらぼは作者の真田つづるさんにメールインタビューを行いました。

私のジャンルに神がいます 『私のジャンルに「神」がいます』真田つづるさんにインタビュー!

「同人イベント中止」で生まれたシリーズ

――あらためて、「同人女の感情」シリーズが生まれたきっかけを教えていただけますでしょうか。

 普段は二次創作で活動しているのですが、新型コロナウイルスの影響でイベントが中止になってしまいました。そこでこの機会にオリジナルの漫画を描いてみようと思い、今年の6月に短い漫画をいくつかアップしました。そのうちの一つが「秀才字書きと天才字書き」でした。

「秀才字書きと天才字書き」

同人小説を書いている作り手(字書き)である主人公の七瀬が、ある日“神”綾城さんの小説に出会い、「綾城さんに興味をもってもらえるくらいの字書きになりたい」と決心、連日小説を書いてアップし続ける……という、憧れや嫉妬がないまぜになったお話。


――二次創作同人カルチャーでは、イラストや漫画を描く作り手(絵描き)の存在感も大きいです。「字書き」にフィーチャーしたのはなぜでしょうか?

 私は同人漫画も同人小説も大好きで、どちらの漫画も描いてみたいなと思っていました。それで、同人漫画を描く女子の話は2019年にコミティア(オリジナル作品の同人誌即売会)で描いたんです。だから次は同人小説を書く女子の話をやろうと思って描きました。

――最初にアップされた「秀才字書きと天才字書き」は大きな反響でしたね。私の周りでも「俺じゃん」のような悲鳴がたくさん聞こえていました……! そこから連載のようになっていきましたが、シリーズ化を考えたのはいつごろだったのでしょう。

 第2話「天才字書きがジャンル移動する話」をアップしたときです。たくさんの反響をいただいてとてもうれしかったので、「この話を連載していこう」と決めました。そしてそのときに、3話(「7年前の本が欲しい」前編)から11話(「天才字書きのアンチ」後編)までで描くネタとあらすじをざっくり固めました。

――11月7日に更新された「天才字書きのアンチ」後編で、本シリーズは最終話を迎えました。まだまだ続きを見たいと思う読者も多いのではないかと思いますし、まだまだいろいろな同人女の感情が描けそうと勝手ながら思っていたのですが、当初から決まっていたんですね。

 そうですね。最初に描こうと思っていたものを全部描き切ることができたので、最終回になりました。

「800文字の練習法」

――更新されるたびに関連ワードがトレンド入りを果たす大きな反響がありました。大変に感じていたこと、面白く感じていたことはありますか。

 隔週ペースで更新していくことが大変でした。特に「7年前の本が欲しい 後編」までは隔週でなく毎週更新していて、ちょっと体力的に厳しかったので隔週に変更しました。面白く……というか、うれしかったのは、やっぱり、みなさんからたくさん反響をいただけたことです!

――特に反響が大きかった回はどれでしょうか?

 印象に残っているのは、「前人未到の0件ジャンル」(5〜6話)です。

――主人公のたまきが、小説投稿サイトに1件も投稿がない“前人未到”のジャンルにはまってしまい、そこで字書きとして開花するお話です。

 そこでたまきが実践するのが、「800文字の小説を毎日書く」という練習法なんです。感想の声で「実践しました」と寄せてくださる方がいて、とてもうれしかったです!

――真田さんは字書きとして活動していたこともあったとか。あの練習法は、真田さんが実際にやっていた方法だったり……?

 えーっと……元々やっていたというわけじゃないんですけど、この方法を漫画に描くにあたって、私も実際にやってみました。「0件ジャンル」の話を考えたとき、たまきのためになる小説の練習法は何かな、と考えました。そのときまず思いついたのが、私が実際にやっていた「4ページの漫画のネームをとにかくたくさん描く」という練習法でした。

 この「4ページネームの練習法」自体は私が自分で考えたもので、「とにかく数をこなそう」「1個のネームを最後まで描き切ろう」「駄作上等」という思いで続けていました。

――駄作上等ですか。

 例えば、たった1個のネームに「これを最高傑作にする!」と決意して何週間も掛けて取り組んだとして、アップしたけど全然いいねが付かなかった、となるとショックだと思うんです。そうすると、「私には才能がないんだ……」と落ち込んで、もう描くのが嫌になってしまうかもしれません。

 でも4ページのネームを大量に作っていれば、「今回のは駄作だったな。よし、次いこう」という感じで、駄作と気楽に向き合えるんです。トライ&エラーが大切だとよく言いますが、重要なのはエラーの後にもう一度トライできるかどうかではないかと思っていて。その「エラーを乗り越える力」というのが「駄作上等」、つまり「駄作があってもいいじゃないか」という考え方なんです。

 この「4ページネームの練習法」をたまきのために「字書き版」にできないかと思って、考え付いたのが「800文字の練習法」です。

――なるほど。とにかくたくさん書いて次に行くという。

 たまきがやった練習法は、(1)萌えやアイデアを全部箇条書きにする、(2)「800文字以内」というルールで短い小説を書く、(3)毎日書く――というものです。この中で一番大切なのは3つ目の「毎日書く」ということで、1つ目と2つ目は「毎日書く」を実現するための方法と言い換えてもいいです。800文字という短い作品だから、毎日書ける。作品を途中で投げ出さない。駄作上等だから、へこたれず続けられる。そして(1)の方法でネタをたくさん出せるので、ネタ切れせずに書き続けられる、ということです。

 ちなみにアイデアを箇条書きにするというのはすごく便利で、私は考え事をするときはいつもGoogleスプレッドシートを使っています。おすすめです。

――すごい。聞いているだけで書く力がつきそうです。

 こういうふうにして「800文字の練習法」が完成したのですが、漫画に描く以上でたらめではいけないと思ったので、文章の書き方の本をいくつか読みました。それで「800文字の練習法」は有効そうだなと確認できたので、実際私もやってみることにしました。かなり難しかったんですが、まず「面白いぞ!」と思えたんですよね。「面白いぞ!」と思えることって、続けるためにはかなり大事なので、これは良い練習法かもしれないと思いました。

 それから、私は最近小説を全然書いてなかったんですが、この練習法のおかげで何本か800文字小説が書けました。これも重要なことだと思います。例えば普段料理しない人にとって、手間のかかる料理ってなかなか作る気になれないですよね。でもツイッターでバズってるレシピって、「作ってみたい!」ってなると思うんです。「簡単そう」「短時間でできそう」という感じが「やってみたい」という気持ちを沸き立たせるんですよね。

 普段料理しない人をキッチンに立たせる力ってすごいですよね! 「800文字の練習法」も、普段小説を書かない人にペンを持たせる力を持っているという点で、バズったレシピと同じような魅力を持っていると思いました。料理も小説も、作ったものはどちらもおいしいですしね。

――真田さんは「漫画の作り方」の同人誌「いまからまんがをつくります。」も刊行しています(boothでダウンロード販売中)。「秀才字書きと天才字書き」のお話は、同人誌で紹介していたやり方で生まれたのでしょうか。

 はい、どのお話も、1枚のふせんに1つのシーンを書いて、並べ替えながらストーリーを作る――という「いまからまんがをつくります。」に書いてある通りの方法で作っています。昔はアナログで、実際にノートとふせんでやっていたんですが、最近はデジタルでやっています。アナログだとふせんが剥がれて行方不明になりがちなので……。今はCLIP STUDIOというソフトの「吹き出し」ツールを使っています。こちらもおすすめです!

――見せていただいているプロットは、「秀才字書きと天才字書き」のプロットですね。

初期段階のプロット 初期段階のプロット(左から右に読む)。当初はオチが違うものだった

 この時点では全く違ったオチになる予定でした。黒塗りにしてある部分は、おけけパワー中島と名付ける前の中島の名前が入っています。

――「おけけパワー中島」は、綾城さんに一番近しい存在の書き手で、シリーズの主人公たちから嫉妬を向けられたり、「お前に綾城さんの何がわかるんだ!」と複雑な思いを向けられたり……実際の読者からも「おけパ」と呼ばれてさまざまな声が寄せられていましたね。

 最初の中島の名前は、本当に普通の、よくある女性の名前でした。それだとあまりに中島がイヤな奴になってしまうので、かわいいハンドルネームを付けてバランスを取りました。

――ちなみに、さまざまな同人女が出てくる本作ですが、登場人物の中で誰が一番真田さんに近いところがあるのでしょうか?

 うーん…………よくわからないです……。というのも、主人公が「私」にならないように、というのを毎回心がけているので、私に近いキャラはいないかな……と思います。人に伝わる話を描けるかどうかは、どこまでキャラクターを客観視できるかにかかっていると思ってます。

同人活動には人の心を強烈に惹きつける力がある

――もともと字書きだった真田さんが、絵描きとしても同人活動をするようになったきっかけはなんでしょうか?

 「一瞬の感動」をやりたかったんです! 小説って文字で感動を伝えるもので、それがすばらしいところなんですけど、そんな小説の世界で私がどうしても表現できなかったことがあるんです。それが「一瞬の感動」です。小説は言葉での表現ですから、読者は文章を読みながらじょじょに感動を受け取っていくわけです。でも映画とか漫画は、その光景を目にした瞬間猛烈な感動に襲われて、雷に打たれたようになる、そんなことがありますよね。小説から得られる感動とはまた種類が違って、どちらもすばらしいと思うんですけど、でも映画や漫画で「一瞬の感動」と出会うたびに、いいな〜ずるいな〜、ずるいな〜いいなあ〜、こんなふうに人を感動させられたら最高だろうなあ〜とずっと思ってて、そういう動機から漫画を描きはじめました。

 でもこうやって漫画を描くようになってからは、逆に「映画や漫画ならたった一瞬で終わってしまうこのシーンを、小説だとこんなにじっくりと、何度もうなずいて、ひとつひとつの表現に深く感動して、心の中で随所にマーカーを引きながら、味わうことができるのか……」と圧倒されています。

――本シリーズには、二次創作同人カルチャーのステキなところや、楽しいところ、だからこそ苦しいところが描かれていたと思います。シリーズを書き終えて、真田さんがあらためて感じる二次創作同人カルチャーの魅力はどういったところにありますか?

 人の持つ「表現の欲求」を引き出し、それを実現させる、両方の力を持っているところだと思います。

 アマチュアのカルチャーは世にたくさんありますが、同人カルチャーほどに多くの人を夢中にさせる……しかも一時的な「マイブーム」で終わるのではなく、何年、何十年というスパンで虜にし続けるようなものって、なかなか無いと思います。同人イベントに行くと、いつも圧倒されます。一冊の本を作るという、とてつもなく労力のかかることを、これだけの数のサークルが行っている。同人誌だけじゃなく、オンラインの活動も同じです。pixivなどを見て、こんなにも多くの人が、それぞれの力作をネットに投稿しているということに感動します。同人活動をしている当事者からすると当然のように感じるかもしれませんが、これは本当にすごいことです。

 逆に考えれば、同人活動にはそれだけ人の心を強烈に惹きつける力があるってことだと思います。それが、「表現したい」という欲求を引き出す力、そしてそれを実現させる力なんじゃないでしょうか。

 自分の中にあるものを「表現したい」と思っても、絵で表現する、文章で表現するって、難しくてなかなか気軽には始められないことだと思います。題材となるキャラクター、場所、時代、世界観……などから考え出さなければいけないですから。でも二次創作の場合だと、その最初の一歩が非常に踏み出しやすいんです。

――作中でたまきが「読み専」から書き手になったように、原作が好きで、二次創作を求めるうちに「自分で書く」道に入っていく同人女たちは少なくなさそうです。小学生のときの私もそうでした……。

 素晴らしい作品に触れると、たくさんの感動と愛が生まれますよね。大好きなキャラクターが出来て、ストーリーに大興奮して、人間関係に心が燃えて……。この感動を、愛を表現したい! そんな欲求が引き出されます。そして、絵や文章でその感動を表現することができる。二次創作の世界なら、それができるんです! 特別な知識や技術が無いから自己流で、時間もそれほど割けないから仕事や学業のあいまに、そんなアマチュアも「表現したい」という夢をかなえることができる。そんなすばらしい場所だと私は思っています。

 二次創作ってものすごく特殊で、理解されにくい文化のようにも思えますが、実はそうでもないんじゃないかなと思って。例えば歌うことが好きな人は、好きな歌手の曲を歌いますよね。自分のオリジナルソングを作るのはものすごく難しいけど、ひとの曲を歌うことで、「歌う」楽しさを味わうことができる、それとよく似ていると思います。

 私自身、二次創作を通して創作することの楽しさを知り、夢中になっていきました。何かに夢中になって一生懸命頑張れるというのは、本当にすばらしいことです。

描きおろしエピソードは「綾城の感情」

――11月12日に発売になった書籍版についても聞かせてください。真田さんの初商業単行本ですが、どのような思いがありましたか?

 作中で七瀬が「誰かの宝物になるような本を作ってみたい!」というシーンがあるんですが、私も同じ思いでこの本を作りました。それから、「今の自分にできる最高のものに仕上げよう」という気持ちで臨んでいました。

 制作時のエピソードだと、デザイナーさんとお話しして表紙のデザインを決めたのがすごく楽しかったです。蛍光色を使うのを勧められて、一緒に色を選んだりしました。蛍光色の表紙が大好きなのですごくうれしかったです! ピンクと黄色の蛍光色を2色も使っていただいて、めちゃくちゃカッコいい表紙になりました。表紙以外もいろいろと工夫された装丁になっているので、隅々まで見て楽しんでいただけたらうれしいです。

――特色(蛍光色など、通常のCMYK印刷では出ない色を使うこと)は、同人誌を作ったことがある人にとってもワクワクする響きですね……。書籍版の描きおろしエピソードは、“神”になる前の綾城さんが描かれています。未読の方のネタバレになってしまうので詳しくは言えないのですが、読んでいて「綾城さん……!(言葉にならない)」という気持ちになりました。

 ありがとうございます! 「同人女の感情」の本編では、綾城の周囲の人間が主人公だったので、綾城自身のことが描かれることはありませんでした。なので、描きおろしでは綾城の感情に触れる話が描ければと思いました。

――読むと、どうして綾城さんが中島を信頼しているのかも感じられる気がします。最後に、本シリーズは最終回を迎えましたが、次回作の構想や予定などありましたら教えていただけますでしょうか。

 構想はまだありませんが……ぜひまた新しい話を連載したいので、がんばります!

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