冴えない青年が悪のカリスマになった「実話」 うらやましさの欠片もない邪悪な青春映画「ロード・オブ・カオス」レビュー
ブラック・メタル黎明期の血塗られた歴史を基にした実話映画。
青春映画を見ると胸が苦しくなる。例えば弱小野球部員が、甲子園を目指して困難を乗り越え、一生の仲間たちと優勝をつかみ取る。ふわりと夏が香ってくるような田舎町で、美男美女がひと夏の恋をする。はたまた荒れた学校で、拳ひとつで頂点にのし上がる――。うらやましいからだ。自分に関係のない物語に卑屈な感情を抱かずにはいられないからだ。
そんな自分にぴったりな「青春映画」があった。もうまったくうらやましくない狂乱の青春を描いた「ロード・オブ・カオス」である。キラキラした夏も学ランも登場しない、悪魔崇拝に憑りつかれた主人公・ユーロニモスのヤバい青春を描いたR-18指定の問題作だ。
スポーツも初恋もない、邪悪な青春
主人公は、悪魔崇拝を掲げる19歳の青年・ユーロニモス。本作は実在の伝説的ブラック・メタルバンド「メイヘム」、そして悪魔崇拝者グループ「インナーサークル」の創成をリーダーである彼の視点で描いた、実録青春ドラマである。
悪魔のもとに生きると決めたユーロニモスは、同じ信念を掲げる仲間たちと音楽活動を通して、反社会的な運動にのめり込んでいく。動物を殺したり、教会を燃やしたりといった悪行の数々は、やがてユーロニモスが作り上げたカルト集団での格付けの基準となっていく。
もしあなたが彼のことを知らないなら、どうか鑑賞前にウィキペディアだけは読まないでほしい。この映画とあなたをつなぎとめるのは、このユーロニモスである。本作は、ただの“ヤバいバンドの再現映画”ではない。結末を知らないまま彼に感情移入すれば、きっと青春映画の味わいが口に残るに違いない。
ここからは、作品冒頭に表示される「これは真実と虚構を織り交ぜた、事実に基づいた物語である」という表記をふまえて、あくまで映画内での彼について言及させていただきたい。
本名をオースタイン・オーシェトといった彼は、真のブラックメタルを追及するという目的のもとバンド活動にいそしんでいた際、自らを「デッド」と名乗るヴォーカリストに出会う。この出会いが、メイヘムを本格的に始動させた。
ブラックメタルを愛する気持ちにウソはないものの、ユーロニモスがバンドを続ける最大の目的は「自分という存在を知らしめたい」というものだった。今風に言うと承認欲求の塊であり、前述した“悪行の数々”も、彼自身が手を下すことはほとんど無く、仲間の悪事を「自分の指示だ」と触れまわるような、言ってしまえば情けない存在。学園ものの青春映画であれば“ドーテイ”役に回されるような役回りだ。
そんな彼は、後からバンドに加入したヴォーカリストのデッドという男に衝撃を受ける。その名の通り死に憑りつかれたデッドは、客席に豚の頭部を投げ入れ、自身の両手首を切り裂き、血を流しながらすさまじい声で歌い上げる。自身の弱さを知ってか知らでか、ユーロニモスは彼に尊敬と嫉妬心を覚えた。デッドは“本物”だった。メイヘムの顔は自分ではなく、もはやデッドとなっていた。
そしてついに、デッドは自殺してしまう。ユーロニモスは、デッドの自殺死体をアルバムのジャケットに使用し、頭蓋骨をペンダントにしてメンバーに配った。バンドはより一層格を上げることとなり、ユーロニモスは悪魔崇拝サークルを発足させる。
痛いほどに理解できるのが、ユーロニモスの劣等感だ。彼はまぎれもない非行少年であり、まともな倫理観を持つ者ならば目を背けたくなるような邪悪である。だけど、自分より優れている者への嫉妬心が丁寧に描かれるせいで、否応なく感情移入させられてしまう。自分こそが主人公だと思っていたのに、目の前に“本物”が現れたときの悔しさ。まったくスケールの違う話で恐縮だが、自分が冷え性だという話をすると、必ず相手は自分よりもっと冷え性なのだ。相手は冷え性で病院に行っている。それが悔しい。だからユーロニモスの気持ちは痛いほど分かる。
彼が始めたブラックサークルは、徐々に悪への歯止めが効かなくなり、「一番悪いことをした奴が偉い」という幼稚な価値観のもとに犯罪を繰り返す。悪魔に認められたいのか、それともサークルの仲間連中に認められたいのか、彼らは互いと競い合うように悪事を働いていく。
音楽の才能とカリスマ性を持って生まれたために、ノルウェー中の若者に伝播した闇の周波は、その張本人であるユーロニモスにさえ制御のできないものになっていた。ばかりか、ユーロニモスは自身の掲げる信念に自身の覚悟が追い付いていない、未熟な青年なのだ。責任の所在が自分にあることからも逃げ続ける彼は、果たしてどんな成長を遂げるのか。
青少年の闇の一面を抽出して描かれる物語は、ユーロニモスを慕うクリスチャンという青年の登場で、より暗い影を落としていくこととなる。ここから先は、実際に鑑賞して確かめてほしい。
個人的に何よりも印象に残っているのが、終盤で判明する、デッドの死体を前にユーロニモスが取っていた行動。あの描写があるおかげで、本作は決して悪趣味映画では終わらないのだ。
ただし、本作はまともな奴がひとりも登場しない上に、動物殺しや放火に始まり、過激な自傷行為、ついには殺人まで真っ向から描いている。R-18指定が付くのも当然の内容だから、覚悟のある方だけスクリーンに足を運んでほしい。逆に言えば、過激な描写を期待する方にとっては間違いなく満足のいく内容であるともいえるだろう。
音楽を知らなくても大丈夫。実力派スタッフによって裏打ちされた確かな娯楽性
と、あらすじだけでも大いに狂っていて、「本当にこんなことがあったのか?」とうたがってしまうが、本作の監督は当時のブラック・メタルシーン最前線でドラマーとして活躍していたジョナス・アカーランド。ツテや記憶を頼りにリサーチを重ねた彼は、作品全体に圧倒的なリアリティーをもたらした。メイヘムと横一線で活動していた男の回想録としても、音楽ファンには非常に興味深い作品かもしれない。
今やジョナス・アカーランドは、マドンナ、ビヨンセ、レディー・ガガといった大スターのミュージックビデオを監督してきた大御所。加えて映画監督としても活躍し、主演マッツ・ミケルセンの全裸アクションが日本でも話題となったトンデモアクション「ポーラー 狙われた暗殺者」も記憶に新しい。
「ポーラー」で顕著だった、“特に目新しい話でもないのになんだか只事じゃない”味わいを残す独特の演出は本作でも健在。ことに本作は話自体も只事じゃないので、タイトル通りよりカオスを感じられる出来といえるだろう。(フィルモグラフィとしては本作のほうが前)
そして監督に応えた役者たちが素晴らしい。主人公ユーロニモスを演じたロリー・カルキンは、かのマコーレー・カルキン(現在はマコーレー・マコーレー・カルキン・カルキン)の実弟。危うさと繊細さをあわせ持った主人公像に見事にハマっていて、これはまさに彼の代表作となるだろう。小柄なのもよい。
そして、出番は少ないものの強烈な印象を残すデッド役には、ヴァル・キルマーの息子・ジャック・キルマー。その端正な顔立ちと、今にも消えてしまいそうな儚さを兼ね備えた、美しいデッド像を見事に体現。デッドの顛末(てんまつ)を再現した彼の演技は、本作のベストアクトといえるだろう。
他にもスカイ・フェレイラ、エモリー・コーエンなど、これから何度も顔を見ることになるであろう若手が勢ぞろい。個人的にはスカイ・フェレイラが出てたから観たと言っても過言ではないのだが、まったく期待を裏切らない熱演だった。
これを読んでいる方の中には「ブラック・メタル」になじみのない方も多いだろう。自分もその1人だったのだが、この映画は詳細を知らずに見ても絶対に面白い。数年前の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」がそうだったように、ノンフィクションを扱った作品には予習が必須なものも珍しくないが、本作は主人公の語りに乗せて丁寧に説明してくれるので、知らないからといって魅力が損なわれることはない。無知のまま劇場へ繰り出し、フィクション顔負けの衝撃を思い切り味わおう。
もちろん実際にブラックメタルシーンを生きた監督がメガホンを取った点も非常に重要な意味を持つ、ぜひその狂乱の青春をスクリーンで味わってほしい。得るものがあるかどうかは分からないが、とにかく面白い映画であることは保証する。刺激を求める方、そして灰色の青春を送った方ならばきっと満足できるはずだ。
映画「ロード・オブ・カオス」は、2021年3月26日より全国ロードショー。
(城戸)
画像は予告より
関連記事
「12歳女子」の釣りアカウントに届いた2458件の友達申請 児童の性的搾取を暴くリアリティショー「SNS 少女たちの10日間」レビュー
傑作であり問題作。もしもビデオ通話に幽霊が降臨したら ロックダウン中に撮影された外出自粛ホラー「ズーム/見えない参加者」レビュー
舞台はZoomの画面の中。トランプ激おこの問題作「ザ・ハント」に感じた最高のカタルシス “セレブVS庶民”の人間狩りアクション
米国で公開延期になった「人間狩り」映画を観てきました。「モロッコのアクション映画」「フィリピンの低予算B級映画」ってどんな感じ? Amazonプライムで珍しい国の謎映画を観賞しよう
「砂漠のアウトロー」、おすすめです。仮面の男に監禁されるだけじゃない 変わったルールの「デスゲーム映画」おすすめ7選
マラソン、サバゲ―、結婚挨拶、な〜んでも地獄に。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
昨日の総合アクセスTOP10
「だめだお腹痛い」「大爆笑しました」 榎並大二郎アナ、加藤綾子に贈った“ガチャピン人形”が悲惨な姿になってしまう
花田虎上、5人の娘が集合した“親子6ショット” 「やっと揃った」「楽しい時間でした」
「ゆっくり茶番劇」商標取得者の所属コミュニティーが声明 商標権の完全放棄を要求
アルピニスト・野口健の15歳娘が広告デビュー 山は「落ち着かせることができる場所」
「志摩スペイン村」がトレンド入り→公式ホテルの予約が急増とさらなる展開へ 広報「すごいことが起こっているぞと思った」
ワンコたちが大好きな泥の水たまりを発見! 止める声も無視してはしゃぐ姿に「とっても楽しそう」の声【米】
「コアラのマーチを振り続けると巨大チョコボールになる」衝撃の豆知識が話題に → 実際やってみたら想像以上にハードだった
「米津玄師に負けた!」ウルトラマンファンが“強火歌詞”にもん絶 解釈強度に「悔し泣き」「映画見てから聞いて感動」の声続出
おばあちゃんが新聞読むのを邪魔する柴犬、話しかけると…… 努力はするけど全然動かない姿に笑ってしまう
「いい旦那さん過ぎる」「こういうノリ大事」 アイスを食べたいとぼやく妻に夫が持ちかけたユニークな提案がステキ
先週の総合アクセスTOP10
- 人気動画ジャンル「ゆっくり茶番劇」を第三者が商標登録し年10万円のライセンス契約を求める ZUNさん「法律に詳しい方に確認します」
- 華原朋美、“隠し子”巡る夫の虚言癖に怒り「私はだまされて結婚」 家を飛び出した親に2歳息子も「もうパパとはいわなくなりました」
- フワちゃん、指原莉乃同乗のクルマで事故 瞬間を伝える動画が「予想の10倍ぶつけてる」「笑い事ではない」と物議
- 「ゆっくり茶番劇」商標取得者の代理人が謝罪 「皆様に愛されている商標であることを存じておらず」「爆破予告については直ちに通報致しました」
- YOSHIKI、最愛の母が永眠 受けた喪失感の大きさに「まだ心の整理ができず」「涙が枯れるまで泣かせて」
- 「ディ、ディープすぎません?」「北斗担、間違いなく命日」 “恋マジ”広瀬アリス&松村北斗、ラストの“濃厚キスシーン”に視聴者あ然
- 有吉弘行、上島竜兵さんへ「本当にありがとうございますしかなかった」 涙ながらの追悼に「有吉さんが声を詰まらせるとは」
- 岩隈久志、高校卒業式でドレスをまとった長女との2ショットが美男美女すぎた 「恋人みたい」「親子には見えません」
- キンコン西野、勝手に婚姻届を出される 「絶対コイツなんすよ」“妻になりかけた女性”の目星も
- 子猫のときは白かったのに→「思った3倍柄と色出た」 猫のビフォーアフターに「どっちもかわいい!」の声
先月の総合アクセスTOP10
- 「普通ではなかった」 坂上忍、「バイキング」卒業翌日に“生放送”の重圧語る 都内自宅取り壊しの決断も明かす
- どうやって着てるんだ! 冨永愛、背中丸見えな“人魚風衣装”に「誰にも真似できない」と反響
- 柴犬が1年ぶりの再会に待ちきれず…… 帰省したお姉ちゃんを見つけてよろこびを爆発させる姿に涙が出る
- 「カムカム」最終回目前、怒涛の展開に視聴者からのツッコミ殺到 「突然のどエラい告白で放送事故」
- 「お綺麗すぎてぶち抜かれた」 フワちゃんが2時間メイクで雰囲気一変、シックな黒ドレスでのモデル姿に称賛の声
- この画像の中に猫が隠れています 見つかるとスッキリなクイズに「わからん」「手こずった」
- 「きもい」「仕事減ったな」水谷隼、誹謗中傷DMへ怒り 「後で泣き喚いても一切同情しないから」
- だいたひかる、虐待の疑いで通報される 警察の訪問受け「アンチが多い事もお伝えしておきました」
- 里田まい、入学準備中の長男に「違う、そうじゃない」 父・田中将大選手そっちのけの推し愛が暴走
- 息子が、大親友ハスキーの「あそんで」を無視した結果…… 激おこワンコとのわちゃわちゃなやりとりに21万いいね