鳥インフルが発生したとき獣医師はどう対応するのか 同人誌『鶏殺処分日記』が伝える、現場のリアル司書みさきの同人誌レビューノート

過酷な現場をかわいらしい絵で表現。

» 2021年06月27日 12時00分 公開
[みさきねとらぼ]
同人誌 本棚 図書館 司書 コミケ

 目玉焼き、オムライス、プリンにふわふわシフォンケーキ……鶏の卵を思い浮かべてみるだけで、おいしそうな料理が次々に思い浮かびます。鶏肉だってレシピがあれこれ出てきます。卵もお肉も、おいしい食べ物には私はもっぱらスーパーの売り場で出会いますが、今回のご本はその生産の現場、しかも突発事態に見舞われた現場からの同人誌です。

今回紹介する同人誌

『鶏殺処分日記』A5 28P 表紙・本文モノクロ

著者:鸚哥二万頭


同人誌 図書館 司書 シンプルな線がやわらかな表紙に映えます

鳥インフルエンザの現場から

 この同人誌には、家畜の保健所、家保で働く獣医師さんが、鳥インフルエンザの対応を行った体験をもとにしたマンガが描かれています。まず、このご本は発生の原因追究や、予防策、具体的な地名や名称は出てきません。鳥インフルエンザが起こったとき、家保の獣医師さんとしてどのような対応に追われるのか、発生から処分が終わるまでの流れが、体験談として順を追ってレポートされています。

 おそらく現場は厳しい状況であることは門外漢の私にも想像できます。けれど、様子を伝えるマンガは意外にもさっぱりとした、かわいらしくさえある雰囲気です。ニュースではたった一言、“殺処分”と流れるその先へと、親しみやすく導きます。

同人誌 図書館 司書 「あれ?」から始まる非日常

“いつもの顔”に責任と覚悟が見える

 最初のページの1コマ目は次の言葉ではじまります。「まず殺処分なんてしないに越したことはないんだけど」と。そうです、普段、運ばれてきた品々をおいしく食べるだけの末端の私ですら、どきっとする出来事です。その大変さを踏まえながら、けれど読み進めるうちに、ちょっとしたギャップにとらわれました。農家さんのそばにいて、家畜を守る最前線の方の様子が、驚くほど日常的に描かれるんです。

 事態に関係するみなさんがぱたぱたと走り回るさまは、とにかく多忙で、時間との戦いでもあることがよく伝わってきます。それなのに描かれる口元が“いつもと同じ”なんです。緊迫した状況なのに笑顔にも見えてくる口元。その表現から、コミカルに読み手の気持ちを解きほぐす効果と同時に、非日常を日常のまま切り盛りするプロの矜持(きょうじ)を感じました。突発的な出来事に揺らがず手順の通りにこなす姿を、シンプルに日常の続きとして描き出すことに、農家さんへの敬意と、公衆衛生を保つ責任と覚悟が見えるように思います。

同人誌 図書館 司書 具体的な手順が目で見て分かりやすく伝わってきます

イレギュラーと向き合う時間

 思いがけなくうれしいサプライズなら歓迎ですが、突発的な事態は往々にして混乱を連れてきます。しかも目には見えないものが原因ならなおさら不安も一緒にやってきたり。心労になるくらいならそこからいったん目を外すのも有効ですよね。ただ、自分が落ち着いたとき、あらためて衝撃的な出来事と向き合えるようになったら……この同人誌で、その機会がやってきたような気がしました。高度に専門的に書かれていると、難解そうでしり込みしたかもしれません。ふと目に入らなかったら、もしかしたらひとごととして忘れていったかもしれません。同人誌として、知を得る楽しさをまとって目の前に表されたことで、イレギュラーな出来事と向き合う時間を持つことができました。

 ご本のあとがきには「所感までは書けなかった」とありました。かわいそう、つらい、そんな感情が目を覆い隠してしまいそうな状況をこんなにフラットに表現できる作者さんが、現場でどう感じていたのか、描かれたその奥を知りたくなりました。続刊が待たれます。

同人誌 図書館 司書 さまざまな人が関わり、対応していくのが分かります

サークル情報

サークル名:ずいぶん

Twitter:@parakeet20000


今週の余談

 今回のご本の表紙、現物はやわらかな黄色なんです。そのくすみのない色味が、今作のさっぱりさ、明るさに通じているように思いました。

みさき紹介文

 図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。

関連キーワード

同人誌 | 図書館 | コミケ


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2408/31/news036.jpg 犬が同じ場所で2年間、トイレをし続けた結果…… 笑っちゃうほどの変貌が379万表示「そこだけボッ!ってw」 半年後の現在について聞いた
  2. /nl/articles/2408/30/news121.jpg 「地獄絵図」「えぐすぎやろ……」 静岡・焼津市の地下歩道が冠水 “信じられない光景”にネットあぜん
  3. /nl/articles/2408/31/news073.jpg 「よくこんなものが……」 米不足でメルカリに米出品→疑問の声も 運営は“禁止出品物”に「然るべき対応」
  4. /nl/articles/2408/31/news025.jpg 次男に塩対応の柴犬、いよいよ次男の帰省最終日を迎え…… 本音が出た瞬間に「不意に泣かせるのやめて欲しい」と感動の声
  5. /nl/articles/2408/30/news017.jpg 最上位グレードのハイエースを“50万円の底値”で購入したら…… 驚きの実物に「ある意味最強」「正直、羨ましい」
  6. /nl/articles/2408/30/news188.jpg 実写「着せ恋」、キャストに物議 海夢の再現度が高すぎるタレントを推す声あがる 「逆になんであかせあかりさん以外の人……」
  7. /nl/articles/2408/29/news193.jpg 「なんで欲しいと思ったんですか?」 酔った勢いで購入 → 後日届いた“まさかの商品”に反響 「理性あったら買わないw」
  8. /nl/articles/2408/28/news142.jpg 明石家さんま、69歳バースデー迎え長男から幸せ呼ぶ“輝かしいプレゼント” 同席した元妻・大竹しのぶは「最高の笑顔でした」
  9. /nl/articles/2408/31/news084.jpg 仕事早いな! 大谷翔平の愛犬“デコピン”、大反響の始球式がさっそくTシャツ化 「こ、これは……」「欲しい!」と爆売れの予感
  10. /nl/articles/2408/30/news113.jpg 「これ600円なの?」 大谷翔平が長く愛用しているデコピンの“おやつ入れ”、始球式で注目「おそろだった」「真美子さんが選んだのかな」
先週の総合アクセスTOP10
  1. ヒマワリの絵に隠れている「ねこ」はどこだ? 見つかると気持ちいい“隠し絵クイズ”に挑戦しよう
  2. 「米国人には想定できない」 テスラが認識できない日本の“あるもの”が盲点だった 「そのうちアップデートでしれっと認識しそう」
  3. 「苦手な芸能人は誰?」 あのちゃん、女性芸能人を“実名で即答” 「ここ最近で一番笑った」「強すぎる」
  4. ホテルでチェックアウト、忘れ物で多いのは? ホテル従業員が教える「圧倒的に多い忘れ物」
  5. 乳がん闘病中の梅宮アンナ、抗がん剤治療で「髪の毛ほとんどなくなっています」 帽子かぶり「ああ、来たか」
  6. 「キティちゃんのお面だと思ったら……」 ひっくり返すと“まさかの正体”に11万いいね
  7. 「凄すぎる…」「ガチで滝」 “市ケ谷駅の冠水”が衝撃与える 階段に大量の水が流れる様子も…… 東京メトロに経緯を取材
  8. 「早すぎます」「一体なにが」 52歳ボディービルダー、訃報1週間前に最期の投稿で“人生初の試み” 恋人は「亡くなる数時間前まで普通にお出かけも」
  9. お盆で帰省した次男に、柴犬も猫もまさかの反応→どちらも豹変して爆笑 「涙出てきました」「おもろ可愛過ぎ(笑)」
  10. 着陸する戦闘機を撮ったはずが…… タイミングが絶妙すぎる1枚に「一部の専門家には貴重な一枚」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 釣れたキジハタを1年飼ったら……飼い主も驚きの姿に「もはや魚じゃない」「もう家族やね」 半年後の現在について飼い主に聞いた
  2. 「もうこんな状態」 パリ五輪スケボーのメダリストが「現在のメダル」公開→たった1週間での“劣化”に衝撃
  3. 「コミケで出会った“金髪で毛先が水色”の子は誰?」→ネット民の集合知でスピード解決! 「優しい世界w」「オタクネットワークつよい」
  4. 庭で見つけた“変なイモムシ”を8カ月育てたら…… とんでもない生物の誕生に「神秘的」「思った以上に可愛い」
  5. 「米国人には想定できない」 テスラが認識できない日本の“あるもの”が盲点だった 「そのうちアップデートでしれっと認識しそう」
  6. ヒマワリの絵に隠れている「ねこ」はどこだ? 見つかると気持ちいい“隠し絵クイズ”に挑戦しよう
  7. 「昔はたくさんの女性の誘いを断った」と話す父、半信半疑の娘だったが…… 当時の姿に驚きの770万いいね「タイムマシンで彼に会いに行く」【海外】
  8. 鯉の池で大量発生した水草を除去していたら…… 出くわした“神々しい生物”の姿に「関東圏では高額」「なんて大変な…」
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「なんでこんなに似てるの」 2つのJR駅を比較→“想像以上の激似”に「駅名だけ入れ替えても気づかなそう」