小島秀夫監督と「マッドマックス」のミラー監督との共通点は? 最新作「アラビアンナイト 三千年の願い」対談インタビュー(2/3 ページ)
小島 作品を創るうえでこだわっていることは、ストーリーテリングというか、物語、世界観、キャラクター、ディテールなどいろいろあると思うんですけど、僕の場合は右脳で直感的、哲学的に、文系の脳で考えます。
一方で、左脳でかなり緻密に理屈をこねて組み立てる作業を同時並行的にやっているんです。意識はしてないんですが。あるアイデアがあって、それを右脳で直感的に考えつつ左脳では科学的、数学的に解析している。それを最終的にひとつにまとめて出力している。ミラー監督も同じではないでしょうか。
ミラー よく分かります。クリエイティブなプロセスというのは、知性というものに燃料を与え、一方で直感が知性というものを導いてくれる。これの無限ループなのだと思います。クリエイティブな作業は音楽的なものであれ、アートであれ科学であれ、きっとこういう仕組みなんじゃないかな。だから小島監督に同感です。それに加えて、私がいつも気を付けていること、考えていることは、細かいディテールの部分が全体像にどういうふうにはまっていくのかということです。それがたぶん、小島監督がおっしゃった右脳と左脳が並行するということなんじゃないかな。
私がとてもリスペクトしているアーティストが、的確に表現していました。大きなグラフィックアートを創作している方なんですが、彼に言わせるとまず指で細かいディテールから創作を始め、それから手首、そして腕を使って描いてから一歩離れて、一回転してまるで初めてかのようにその全体像を見るのだそうです。ミクロの部分から始めて、少しずつ広げていって全体を見るというやり方をなさっているんですが、これがまさに私のクリエイションのくせでもあるんですよね。このように、私は全体像とディテールのバランスを取りながら創作しているという傾向があります。
小島 それは同じですね。常にミクロの部分とマクロの部分を切り替えながら創作する。自分で感じたものを一回描くんですけど、それをもう1人の僕が見て、確認しながら微調整するというプロセスは、たぶんミラー監督と同じです。
アートは孤独のうちから生まれてくる
――小島監督は、ミラー監督と自身で、作家性が共通していると思う部分はありますか。
小島 僕とミラー監督の共通点はいろいろとありますけど、重層的にビジュアルを構築することや、言語だけで世界を説明しない、ということは特に大きいですね。また、日常でも仮想の世界でも、何かに縛られている主人公がいて、そこからどう脱出するかということを、逆説的にも描いていることも同じです。
――ミラー監督は「ハッピー フィート」や「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を初め、主人公が一定の価値観に縛られた集団の中で、革命を起こしていく物語を描いていますよね。
小島 ただ「革命を起こして、解放されました。良かったね」という話では全くないですよね。「今いる境遇から出るか出ないか」というところで主人公は戦うわけですけど、その結果が正解か、間違っているかということは明確に提示していません。そこは「観た人が考えてほしい」と、結論を良い意味で観客に投げつけているところも、僕とミラー監督はけっこう似ているのかなと思います。
――おふたりは作品内で「孤独」を描くことも共通していると思います。ミラー監督はそのように1人が革命を起こしていく物語を描いてきましたし、今回の「アラビアンナイト 三千年の願い」での主人公は家族のいない女性です。小島監督の「メタルギア」シリーズも主人公が1人で潜入して戦う内容で、「DEATH STRANDING」も孤独がひとつのテーマと言っていい作品でした。
小島 確かに、孤独という要素はミラー監督の作品にありますし、僕の創るゲームでもそうです。また、僕たち2人に限らず、クリエイターは全て孤独なのかもしれません。人と違う、ズレている。そう思い、孤独を感じるからこそ、ものを創るのではないでしょうか。
ミラー 孤独なキャラクターは、僕の映画でよく登場しますし、小島監督の作品でもそうですね。たまたまですが、先日「怒りのデス・ロード」で共に仕事をしていた3人の絵コンテのアーティストと話していたときに、それぞれ孤独な育ち方をしていた部分があることに気付きました。僕自身は、双子の弟がいたので物理的に孤独だったわけでもありませんが、自分の孤独な部分は双子の弟がいたからこそ常にバランスを取っていたとも言えます。そして、1人で過ごす時間もあったからこそ、たくましい想像力を持つことができたと思うんです。
そして、小島監督がおっしゃったように、アートというのは、孤独のうちから生まれてくると思います。また、孤独なキャラクターを追う方が、観客やプレイヤーはより強烈に共感できます。創作において、孤独は有効な手段なのです。
これまでの「アラビアンナイト」にはなかった発明
最後に、小島監督が単独で語った、原典としての「アラビアンナイト」が日本のアニメへも与えた影響、そしてミラー監督の「アラビアンナイト 三千年の願い」の革新性と、これまでの「アラビアンナイト」にはなかった「発明」についても記しておこう。
小島 「アラビアンナイト」は、とても古い時代からある物語です。現代にまで続く物語の原型のひとつでもある。例えば、「大魔王シャザーン」という1960年代のアメリカのテレビアニメがあります。ツボの中の魔人が、日常生活を送る現代の少年の家に居候しているという設定です。少年が、危機的な状況に陥った時に「出てこいシャザーン!」と叫ぶと、魔人(シャザーン)が出てきて、代わりに戦ってくれます。無力で弱者である少年の願望を叶えてくれるんです。この手の「魔人もの」では定番の内容です。実写のシットコムの「かわいい魔女ジニー」もそうですね。願いを叶えてくれる異能者が自分のそばにいるという図式。こういう子供の願望を肯定してくれるので、多くの作品がつくられた。
日本には「ハクション大魔王」がありますよね。ハクション大魔王はくしゃみをすると出てくる。アクビちゃんはアクビをすると出てくる。少年が日常で困ったら、願いを叶えてくれる存在です。これは、どこかで観た構図ですよね。そう、「ドラえもん」ですよ。
つまり、日本の昭和のお茶の間アニメは「アラビアンナイト」がベースになっているとも言えるんです。子どもは社会的な弱者です。のび太は、視聴者が共感しやすいように、暴力に弱く、勉強もできない、スポーツもダメな少年として描かれています。そんな彼が、都合が悪い時に、楽をするためにドラえもんを呼んで、問題を解決してもらう。これ、まさに子どもの願望ですよね。「忍者ハットリくん」や「オバケのQ太郎」や「うる星やつら」もそうです。それらは自分の力で成長をしない物語とも言えます。トラブルがあっても誰かが代わりに解決してくれて、1話が終わる。構造は同じでも飽きないように、更なるトラブルが少年を襲う。でも、解決するのは壺から出てくる魔人。それが永遠に繰り返されるわけです。もちろん、ドラえもんは最終回で未来に帰っていき、のび太は成長するのですが、そのあとも連載は続いている。成長しないのび太のお話は、繰り返されています。
でも、今回のミラー監督の「アラビアンナイト 三千年の願い」は、そこに真正面から向き合っています。小瓶を破壊することによって、「アラビアンナイト」という典型的な物語の構造をクリアにして、明日への物語として紡いでいく。これは発明なんですよ。「またアラビアンナイトか」「どうせこうなるだろう」とたかを括っている方もいるかもしれませんが、「まあまずは観てみてくださいよ」と言いたいです。
また、この「アラビアンナイト 三千年の願い」と似たことを、Netflix配信の「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」もやっています。
よく知られている「ピノキオ」の物語は、ゼペットじいさんが子どもの代わりに作った人形に魂が宿り、最終的にピノキオが人間になるというものです。「鉄腕アトム」も、これと同じですよね。でも、デル・トロ監督の「ピノキオ」の終わり方は、詳しくは言いませんが、原典とは全く違う、新しいことを提示していました。
実は、「アラビアンナイト 三千年の願い」でも、ミラー監督は構造的に同じことをしています。古い典型的な物語を、あえてこの時代に語る意味や意義を示してくれているんです。それこそがミラー監督が見せてくれる「発明」なんです。
「アラビアンナイト 三千年の願い」は2月23日公開。ミラー監督の過去作、「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」、本対談で語られた作家性の話題や、小島秀夫監督のゲーム作品なども照らし合わせて見ると、さらにそれぞれのクリエイターの想いや作家性を感じられて、面白く見られるだろう。
(ヒナタカ)
配給:キノフィルムズ (C) 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD./(C) 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.
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