『神風怪盗ジャンヌ』に「恋愛」を教わった――「光になって相手の闇を晴らす」少女漫画が私たちにもたらしたもの
種村有菜作品は私たちをどう変えたのか?
少女漫画。それは多くの女性が出会い、ふれあい、どっぷりと浸かり、あるいは反発し、断絶を感じてきた、不思議な文化です。自分の物語を見つけられた人も居場所がなかった人もいますが、人生のどこかで一度はすれ違うものではないかと思います。
今回ねとらぼGirlSideでは、連載企画『少女漫画を語ろう』を立ち上げました。少女漫画について語る言葉が、この世にはまだ少なすぎるように思われたからです。さまざまな人たちに、自分の人生と交差した少女漫画、そして少女漫画と交差した自分の人生について語っていただきます。
第4回は「ねとらぼGirlSide」の担当編集長である青柳美帆子さんです。種村有菜作品に多大な影響を受けた青柳さんが、恋愛と「光/闇」の関係を探ります。
青柳美帆子さんが語る少女漫画:種村有菜『神風怪盗ジャンヌ』
種村有菜『神風怪盗ジャンヌ』は、1998年〜2000年に「りぼん」(集英社)で連載された少女漫画です。私は1990年生まれなので、連載開始時8歳(小学2〜3年生)。『ジャンヌ』が本誌に登場したとき、その絵の華やかさに一瞬で心をつかまれました。
我が家は4歳年上の姉がいたこともあって「りぼん」「なかよし」(講談社)「ちゃお」(小学館)を3誌とも購読していました。私は姉の追っかけみたいな妹だったので、武内直子『美少女戦士セーラームーン』(なかよし連載)やさいとうちほ『少女革命ウテナ』(ちゃお連載)の大人っぽさにどぎまぎしつつ、小花美穂『こどものおもちゃ』、藤田まぐろ『ケロケロちゃいむ』(りぼん連載)を楽しみに読み、姉が買ってもらった渡瀬悠宇『ふしぎ遊戯』(小学館)の色っぽさにいけないものを読んでいるような気持ちになっていた読者でした。そこにやってきた『ジャンヌ』は、まだ自分では自覚がないものの、初めて出会った“推し漫画”でした。
『ジャンヌ』に心をつかまれた読者はおそらく大量にいて、連載中掲載順は常に前の方、巻頭カラーやセンターカラーの常連でした(漫画雑誌では、基本人気作にカラーページが与えられます)。紙ものふろくや応募者全員サービスも多かったです。
ちなみにテレビアニメも、1999年2月から2000年1月にかけて夕方の時間帯に放送されていました。単行本2巻の時点でアニメ化が決定、連載開始から約1年でアニメがスタートしていることから、(当時の夕方帯には「女児向け少女漫画のアニメ枠」があったことを差し引いても)ジャンヌの爆発的人気がうかがえるのではないでしょうか。同時期に連載していた『GALS!』とあわせて当時の「りぼん」の二大看板で、「ジャンヌ派」「GALS派」に分かれてちょっとしたバトルが巻き起こっていました。
『ジャンヌ』が抱えていた闇
本作の主人公は日下部まろん。実はジャンヌ・ダルクの生まれ変わりで、“美術品に憑依した悪魔を回収する”という使命を受け、“怪盗ジャンヌ”として活動しています。この怪盗設定も魅力的でしたが、さらにまろんが新しかったのは、容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀、超努力家――と“完璧超人”でありつつも、“心の闇”を持っていたこと。突如冷淡になった両親からの愛をずっと求めていて、どんなに人に囲まれていても晴れない寂しさを抱えているという一面があったのです。
そんな彼女にアプローチするのが名古屋稚空。実はその正体は、怪盗ジャンヌに対抗して美術品を奪おうとする“怪盗シンドバッド”。そして彼も父親との関係に鬱屈を抱えていました。稚空はまろんの行動をもとに父と向き合えるようになり、以後まろんに夢中になっていきます。
ストーリーはその後、衝撃的な性暴力描写を引き起こす悪魔騎士ノインの登場や、まろんの心に影を落とす出会いと別れ、全読者が震えたあるキャラの裏切り、そして最終決戦……と進んでいきます。私は毎月りぼんを発売日に買いに行き、まず『ジャンヌ』を読んでから(というか買いにいったコンビニからの帰り道に歩き読書で読み切ってしまってから)ほかの作品を読む、という日々を続けていました。振り返ると全7巻で終わったとは思えない濃密さで、種村有菜は毎月毎月読者を翻弄していました。
当時10歳未満だった私に『ジャンヌ』が植え付けたのは、“闇”への猛烈なあこがれでした。かわいくて完璧なまろんちゃんと、メチャクチャかっこいい稚空の恋。それを見る私の目線は、今で言えばカップリング萌えに近い、第三者的なものでした。と同時に、まろんと自分を重ね合わせたい欲望もどこかにあったのです。ただ、私はそのころ姉の友だちから「肉まん」という最悪のあだ名をつけられるほどぷっくりとしていて、勉強はできるもののあくまでも小学生レベル、外見も中身もまろんとは程遠い自覚がありました。
けれど一点だけ、まろんと近くなれるところがありました。それが両親の話です。私の両親は私が小学校に入るころから別居していて、父との関係は悪かった。「父から愛されていないのではないか」という疑念は頭にありました(実際今振り返ってもそんなに愛されてなかったですね)。それでも全然普通〜に私の生活は回っていたのですが、まろんとのほぼ唯一の共通点を大事にした結果、なんといえばいいのか、父との不仲を自分の個性のようにとらえていた時期があったように思います。
そして触れないではいられないのが、コミックスの“柱”(本誌掲載時は広告などが載っており、単行本化の際に作者コメントやイラストなどが載る部分)での有菜っち――ファンは種村先生をこう呼んでいました――の作者コメントです。
有菜っちは『ジャンヌ』連載中のある時期から、柱に自身の闇を書くようになっていました。まろんちゃんが先生自身の憧れであること、そして大事に思っていた人に裏切られていたこと……。こんなにステキな作品を描く有菜っちも、闇を抱えているのか。そしてそれを読者に打ち明けてくれるのか。私は一読者として有菜っちの闇に深く共感し、親しみを覚え、有菜っちがこの闇を乗り越えてくれることを祈りました。
あのころ有菜っちに何があったのか。『ジャンヌ』連載終了後に、私はインターネットで一端を知りました。有菜っちはファンサイトの掲示板に“降臨”し、さまざまなコメントを残して物議を醸していました。あのとき有菜っちが戦っていた(一部)は、インターネットだったんですね…………。
なお文庫版や完全版ではこの柱はばっさりカットされているので、当時の空気感を思い出したい方はりぼんコミックス版で確認していただきたいところです。
恋愛とは闇であり、トラウマ解消であるという呪い
さて、私たちはいつから「世の中に恋愛というものがある」ことを知るのでしょうか。はっきりとは覚えていませんが、今振り返れば私の場合は『美少女戦士セーラームーン』が入り口となり、合間合間にさまざまな少女漫画を踏まえたあと、『神風怪盗ジャンヌ』で“型”がインプットされたように思います。それは、恋愛とは他人の闇を晴らすことであり、少女は己の闇に向き合いつつ、光たるべし、という型です。
今でも私たちの周りには、闇=病みのカルチャーが残っています。恋愛や人間関係がうまくいかなかったとき、“病む”行動をとるのは女性の方が多いように見えます。ネットスラング的な意味での「メンヘラ」(メンタルヘルスに問題を抱えている状態)も、男性のメンヘラは「男メンヘラ」と称されることがあることからも見えてくるように、一般的に女性を指すイメージが強いでしょう。
そこに私はカルチャーの影響を感じずにはいられません。少女漫画をはじめとして、ドラマや映画、ケータイ小説といったティーン向けのフィクションは、少女(時には少年)の闇を多く描いてきました。もちろんそれは、現在進行形で自分の闇に苦しむ少女たちの救いになったでしょうが、同時に「恋愛や友人関係では思い悩むものである」「そしてそれを乗り越えたところに“本物の関係”が生まれる」という学習や憧れ、転倒して「障害を乗り越えてこそ恋愛や友情である」になっていたところもあるのではないでしょうか。
私は「りぼん」ののち、「りぼんっ子」の黄金ルートである「花とゆめ」(白泉社)系の漫画に向かっていきます。トラウマを主人公が癒やす少女漫画のオールタイムベストである高屋奈月『フルーツバスケット』、津田雅美『彼氏彼女の事情』が小学校高学年〜中学生以後に嵐のように襲い掛かり、また恋愛シミュレーションゲーム(いわゆる乙女ゲーム)の「攻略」にもハマっていきます。同時にゲーム系二次創作カルチャーの世界にもどっぷり沈み、“攻は闇、受は光”という価値観で気が付けば成人していました。
そして自分の恋愛はというと、やはり頭のどこかで「誰かのトラウマを癒やす、誰かを変えることが恋愛だ」というふうに思っていたところがありました。でも、平成の世の学生同士の恋愛において、少女漫画のような劇的なトラウマに直面することはそうそうねえ! また実際に相手が何か大きな問題を抱えていたとしても、最初はそこにコミットしようとはするものの、だんだん相手の闇を背負いきれなくなってきます。相手の問題を「光で晴らす」よりも、多かれ少なかれ問題がある中でどう生活を続けていくのかを考えた方がいいのではないか? やがて恋愛観も人間関係観も、「生活をやっていくことの難しさと大事さ」重視にシフトしてきました。
それでも三つ子の魂百までというか、“光と闇”型人間関係に膝を撃ち抜かれてしまっているので、そうしたコンテンツやキャラクターや人間関係に出合うと反射的に転がり落ちそうになります。これはもう最初の推し漫画が『ジャンヌ』だった時点で避けられないことですし、そして有菜っちに“狂わされた”少年少女は私以外にもたくさんいると確信を持っています。
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