「韓国・フェミニズム・日本」特集はなぜ大ヒットしたのか? 『文藝』編集長に聞く、86年ぶり3刷の裏側(1/2 ページ)

「在庫が一瞬でなくなった」異例の大ヒットの裏側。

» 2019年07月26日 18時00分 公開
[不義浦ねとらぼ]

 河出書房新社の雑誌『文藝』が増刷した。それも3刷である。

 「韓国・フェミニズム・日本」をテーマとした今号は、大ヒットした小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、2018年)の作者であるチョ・ナムジュや、『すべての、白いものたちの』(河出書房新社、2019年)のハン・ガンら現代韓国文学の旗手が短編を寄稿しているほか、前掲の2冊をはじめ数々の韓国文学を翻訳してきた斎藤真理子と翻訳家の鴻巣友季子による対談、西加奈子深緑野分の新作も掲載されている。発表当初から話題を呼び、初版で8000部、2刷で3000部、3刷で3000部が発行された。

文藝韓国・フェミニズム・日本 『文藝』2019年秋号(書影はAmazonより)

 異例の大ヒットを記録している「韓国・フェミニズム・日本」号は、どのように製作されたのか? ねとらぼ編集部では『文藝』編集長坂上陽子さんにお話をうかがい、「韓国・フェミニズム・日本」号に込められた思いを聞いた。

文藝韓国・フェミニズム・日本 河出書房新社でお話を聞きました

リニューアルされた『文藝』

――『文藝』、増刷おめでとうございます。2019年4月発売の夏号から装い新たに生まれ変わった『文藝』ですが、なぜリニューアルされたのでしょうか?

坂上 まずは単純に、編集長が変わったからですね。私は1月に『文藝』編集長に就任したばかりで、最初に手がけたのが4月発売の夏号でした。実は私はずっと書籍の編集部にいたので、文芸誌の経験があまりなかったんですね。さあどうしよう……と思ってとりあえず『文藝』のバックナンバーを見たのですが、わりと編集長によって色が違うなと気づきまして。時代によって内容が全く違うところが『文藝』の伝統であり魅力であり、厳しい文芸誌業界で『文藝』が生き残ってきた理由だと思いました。

 新しく入ってきた編集部員もいたので、「せっかくならリニューアルしてみよう」と話して、「この時代にゼロから文芸誌を立ち上げるとして、何ができるだろう」と考えながらやってみた感じです。

――リニューアル後2号目である「韓国・フェミニズム・日本」号が3刷までされたわけですが、そもそも雑誌の増刷ってそんなにないですよね。

坂上 そうですね。3刷までいったのは1933年以来です。特に80年代半ばまでの『文藝』は月刊だったので、月刊誌の増刷となるとよけい難しかったと思います。今もそうだと思いますが、すぐ決めないと次の号が出てしまう。

――今号の企画立案の経緯はどのようなものだったのでしょうか。

坂上 私は第一回日本翻訳大賞(※1)で『カステラ』(パク・ミンギュ著、ヒョン・ジェフン、斎藤真理子訳/クレイン、2014年)が大賞を受賞してから韓国現代文学に興味を持ち始めました。それからうちの会社からも数冊刊行され、折に触れ読んで、なんとなく好きだなと思っていたんですけど、年明けに『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳/筑摩書房、2018年)が10万部越して、「すごいね」って編集部で話題にしていたんですよ。翻訳文学がそんなに売れることって、10年に1回あるかないかなので。

 このヒットにはフェミニズムの文脈があり、この本が韓国で100万部売れた時にもこの作品について言及したアイドルが非難されるなど(※2)いろいろ問題が起きていたので、「テーマにしてみようか」と考えました。

 また、『文藝』リニューアルにあたって「同時代の世界文学を紹介していきたい」というコンセプトもあったので、海外作家に世界初発表の書き下ろしを頼んでみたいと思ったんです。普通はもう海外で発表された作品の翻訳をすることが多いんですけど。

※1……2015年に開催された。読者によって推薦された書籍から選考が行われる。第一回の対象作品は2014年1月1日から12月末までに発行された日本語の翻訳書(再刊、復刊、選考委員の著作を除く)。

※2……2018年3月、女性アイドルグループ「Red Velvet」のメンバー・アイリーンが、『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだと発言しただけで一部のファンから激しく非難された。

文藝韓国・フェミニズム・日本 パク・ミンギュ著『カステラ』(書影はAmazonより)

――海外の作家の書き下ろしが日本の文芸誌に載るって、すごく珍しいですよね。

坂上 珍しいと思います。で、周りに「珍しいです!」と吹聴していたら、なんと創刊号でやっていました(笑)。1933年の創刊号でゴーリキー(※3)の書き下ろしを載せているんですよね。

※3……マクシム・ゴーリキー(1868〜1936)。ロシアの作家。代表作は『どん底』。

――ゴーリキーが生きている時代だ!

坂上 そうそうそう(笑)。当時も「世界文壇の新動向」と銘打って出してます。歴代の『文藝』編集者も、考えることは一緒なんだなあと思いました。

『文藝』とヒップホップ

――著者のセレクトもとがっていて驚きました。連載「反安心安全読書日録」は、初回にラッパーのkamuiさん(※4)が起用されていますし、磯部涼さん(※5)の新連載「移民とラップ」が始まるなど、ヒップホップ方面の書き手がそろっています。こうした新しい書き手を起用した背景には何があるのでしょうか。

※4……ラッパー、トラックメイカー。2019年にユニット「TENG GANG STARR」の活動を休止し、現在はソロで活躍する。読書家として知られ、『文藝』春号では不可視委員会著『来たるべき蜂起』(彩流社、2010年)などを紹介した。名古屋出身。

※5……ライター、音楽評論家。川崎区のヒップホップクルー「BAD HOP」などに取材したルポルタージュ『ルポ川崎』(サイゾー、2017年)は、第17回新潮ドキュメント賞にノミネートされた。千葉出身。

文藝韓国・フェミニズム・日本 磯部涼著『ルポ川崎』(書影はAmazonより)

坂上 これは完全に編集部の趣味です(笑)。

 私自身はラップについてはかじる程度なんですが、学生時代から付き合いのある磯部涼さんはじめ、友達にラップ好きが多いんです。

 kamuiさんは編集部員がファンだったこともあるのですが、以前朝日新聞のサイトに掲載されていた読書に関する記事がすごく面白かったので、思い切ってお願いしました。

 それから、今号に載ったMOMENT JOONさん(※6)もヒップホップの流れからの書き手ですね。彼に関しては、去年秋ごろから「MOMENT JOONってラッパーがめちゃくちゃアツいらしい」って噂を何度も人から聞いて、興味を持ちました。MOMENT JOONさんも磯部さんの連載も、この特集に合わせて書いてもらう予定だったわけではなくて、たまたまタイミングが合ったのがこの号だったんですよ。

※6……日本語を中心に英語・韓国語・ロシア語を取り入れてラップする「移民者ラッパー」。現在は大阪大学大学院の学生。最新作「Immigration EP」は真正面から日本社会を風刺した内容で話題を呼んだ。ソウル出身。

――結果的にはすごくドンピシャ(※7)でしたよね。MOMENT JOONさんの自伝的小説「三代(抄) 兵役・逃亡・夢」を読んで、朝鮮戦争についてとても無知だったなと思い知りました。

※7……MOMENT JOONの楽曲には『82年生まれ、キム・ジヨン』に言及したものもある。また、磯部の連載では冒頭からMOMENT JOONのリリックが引用されている。

坂上 私もそう思いました。MOMENTさん、本当に文章がうまいですよね。韓国の兵役っていう誰も書けないトピックを、日本語ネイティブより流ちょうな日本語で、エモーショナルに書きつけている。例えばちょっと田舎に行ったときの会話が関西弁になるところは感心しました。

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