アニメ評論はなぜ「無いように見える」のか? アニメ雑誌と評論の歩み――アニメ評論家・藤津亮太インタビュー(3/3 ページ)
――アニメ誌でもメイキングやクリエイターインタビューはたくさんあるわけですよね。
藤津 ファンは当然、クリエイターが好きなんですよ。声優さんを含む作り手や作品が好きで、その真髄に触れたい。だからクリエイターとファンというラインが強ければ強いほど、「語る人」は、ファンの導線からするとノイズにも見えるわけです(笑)。実際、Webで富野由悠季監督がどういう人物かをコラムで書いたときなどは、「なんだインタビューじゃないんだ」という感想はファンから出てきますしね。
……例えばちょっと視点を変えてみると、文芸誌に載る文芸評論って、小説と同じフィールドにありますよね。編集部からすると、評論家も小説家も同じ雑誌の中で活動するプレイヤーなんです。ところがアニメの媒体だと、基本的には作品とスタッフがメインであって、われわれライターは基本的には黒子なわけです。
――小説であれば小説家が評論を書くこともあるし、評論家が小説を書くことだってあり得ますね。
藤津 そうです。とはいえ、ここで言いたいのは、同じフィールドに乗せるべきということではなく。読者側からの見え方がまず違うし、それはそのまま媒体のスタンスに影響を与えるってことです。
映画評論の場合は、それが歴史的にたまたま成立したんです。早い時期に映画が新しい時代の芸術だと言われたことと、有料メディアだったもあって、レビューが成立して、そこをもとに批評の世界が成立したんだと捉えています。
――それではアニメ評論は、どのようにニーズを獲得していけば良いのでしょうか?
藤津 大前提として、作品がいろんな受け止められ方をして、肯定否定を問わず公に記録されるのは、基本的に大事なことなわけです。それはIMARTでも言及された、広い意味でのジャーナリズムなわけで。ただそれをやってもビジネスになりにくいので、数が増えない現状がある。
――「ねとらぼエンタ」のアンケート回答も、まさにそれでした。
ねとらぼエンタの回答(抜粋)
例外はありますが、基本的には消極的掲出のスタンスです。積極的になれない理由は経済的なものであったり、記事のレベルであったり、そもそもの需要であったりといくつかありますが、総じていえば、「メディアの太い柱に据えるのが難しそうだから」という理由に依るものだと思いました。
藤津 僕個人はネガティブな評を書かないスタンスで仕事をしていますが、それは現状、アニメ評論そのものが少ないから、ファンにはできるだけアニメ評論というジャンルの味方になってほしいと思っているからです。「あったほうが良いよね」って皆が思えば、ちょっとずつ世の中が良くなるはずで。
だからニーズを生み出していくためにも、今は作り手に対してよりもまず、ファンにこういうことを提示したら皆面白がってくれるんじゃないかとか、腑に落ちてくれるんじゃないかな、ということをやろうと決めているわけです。まあ、10年や20年やったところで、この作業って終わらないかもしれませんが(笑)。
――まずファンの味方を増やすところから。
藤津 ほかの人はどうか分からないけど、自分の中で刺さった作品の面白がり方を書いてったほうが、僕の中ではアニメの好きな人は増えるかなという気がするんですよね。それにつまらない作品と感じた作品を取り上げるのは、時間とスペースの無駄ではあるし。
とはいえ、大前提はさきほども言ったように、いろんな意見が記録されることにある。ネガティブな批評もあって良いし、作り手にも反論する権利はあります。
――最近は反論するとすぐ炎上としてひとまとめにされてしまう、言いづらい空気を感じます。
藤津 それはあると思います。今は特にネガティブな内容が一人歩きしやすく、ろくに作品に向き合おうともしない人の、暇つぶしの道具にされてしまう。それは嫌で、僕がネガティブなことを書かない理由の1つです。
大学の授業で学生にレビューを教えるときには、批判を書くときは「誤読が許されない」とよく言います。それだけ批判的な評論を書くのは難しい。誤読を前提に批判をしてしまうと、「いや、それ解釈が間違ってますよ」と返されたときに、その原稿の寄って立つところがなくなるわけです。「虚像に怒ってたの?」と。
――シャドーボクシングになってしまう。
藤津 しかしハードルは高いですが、逆にいえば正当な批判というのはあるわけなので、それはそれで説得力を持って書ければ、アリではあります。
レビューは数があることで意味が生まれる
――直近で、具体的にこういうことがやってみたいというのはありますか。
藤津 「こういうのができれば」というより、もっと単純に、Web媒体のギャラがもうちょっと良くなってほしいですね。
――あーーー……。
藤津 Web媒体で1本の評論の原稿を書くのにかける時間と、僕が家族4人を養うのに必要なお金を時間で計算していくと、絶対に一番効率悪いのがアニメの評論なんですよ(笑)。そこはしょうがないなあと思って、割り切ってお付き合いをしていますが。
――そこはこちらとしても申し訳ないところです。
藤津 基本的に、評論やレビューは増えたほうが良いと思います。まず場所が増えれば書く人も増えるし、バリエーションも増える。だからアニメの評論を盛り上げようとする媒体が増えると良いなあと思うんですけど。ただ、さっき言った媒体とファンの関係があるので、別の立て付けを考える必要はありそうですね。
――なるほど。図版の使用についてはどうですか?
藤津 絵を使えないことでアニメ評論が広まらない、ということじゃないんですよ。それによって不便ということはあるし、次のステージみたいなものが見えにくいのはあるかもしれないですけど。
そこについては、ムックや雑誌で大特集を組むときはやりやすいわけです。権利元に対しても「素材をこれだけまとめて出してください」と言うことができるので。でもWebで単発のレビューを1本書くためだけに、必要なシーンの画像を必要なだけ出してほしいと言うのはなかなか現実的ではないかなと。
だから、そうした図版をめぐる問題とはあまり関係ないところで、アニメ評論の数が少ないという状況があるわけです。
――図版が主要因ではないとすると、どうすればアニメ評論が増えていくと思いますか?
藤津 それは先ほどお話した通り、媒体が主導でレビューの書き手を増やすのが一番早いんじゃないでしょうか。アニメを論じるという点では、石岡良治さん、町口哲生さんといった方もいらっしゃいますが、授業や書籍がベースで、雑誌やWeb媒体での登場は少ない。
僕なんかと同じような、Webや紙で、アニメ・シーンと並走する書き手を増やして、それを通じて読者のニーズを掘り起こしていく。評論の中でも速報性が大事なレビューは、1人じゃなくて、複数あることで、意味が生まれますから。そしてレビューが現状少ないニーズをより喚起することで、もっと深度のある評論が成立する土壌も出てくるでしょう。ニワトリが先かタマゴが先か、という話ではあるんですが、これが図版の使用うんぬん以上に、アニメの評論が「無いように見える」全体の状況を変える力になるんじゃないでしょうか。
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