九州有数のブランド駅弁になった折尾駅の「かしわめし」、そのおいしさの秘密とは?
誕生から100年、北九州・折尾の名物駅弁「かしわめし」のおいしさの秘訣とは。そして、九州ならではの事情があったというブランド化成功の秘訣とは。東筑軒のトップに聞きました。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
今年(2021年)7月で創業100周年を迎えた、北九州・折尾駅弁の株式会社東筑軒。誕生とともに登場した名物駅弁の「かしわめし」は、世代を超えて、広く愛されています。このかしわめしの美味しさの秘訣と言ってもいいのが、一子相伝で受け継がれる調味料。創業家の女性以外は、社員でも調合の仕方を知らないと言います。さらにブランド化成功の背景には、九州ならではの独特な事情がありました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第28弾・東筑軒編(第4回/全6回)
いま、在来線最長距離の特急列車として知られる「にちりんシーガイア」。かつて「つばめ」として活躍した787系電車が、博多〜宮崎空港間を約6時間で走破します。下りは朝7時半に博多を発ち、吉塚、香椎、赤間、折尾、黒崎、小倉と停車し、日豊本線に入って、行橋、中津、杵築、別府、大分、鶴崎、臼杵、津久見、佐伯、延岡、南延岡、日向市、高鍋、佐土原、宮崎、南宮崎に停まり、終点・宮崎空港には午後1時19分に到着します。
「にちりんシーガイア」も停まる鹿児島本線の折尾駅。この折尾駅前に社屋を構え、大正10(1921)年から、名物駅弁「かしわめし」を作り続けているのが、株式会社東筑軒です。その4代目として、伝統の味を守り続けているのが、佐竹真人代表取締役社長(64)。今回は「かしわめし」を作るにあたってのこだわりや、ブランド化のきっかけになったエピソードなどを伺いました。
謎多き!? 100年前の「かしわめし」
―100年続くロングセラー駅弁「かしわめし」、最初はいくらで販売されていたんですか?
佐竹:今回、100周年に当たり、岐阜の掛け紙収集家の方からご提供いただいた、大正末期〜昭和初期に使われていた掛け紙を復刻いたしました。この掛け紙には30銭とあります。ただ、残念ながら、最初の「かしわめし」の価格などの記録は残っておりません。東筑軒の前身の1つ、直方の東洋軒では、昭和5(1930)年に、30銭の弁当を販売していたという文献がありますので、この掛け紙の価格と大きな差はないかと思われます。
―100年間、「かしわめし」の様式は変わっていないんですか?
佐竹:大正10(1921)年の「かしわめし」が、どのような形だったかも、記録が残っておりません。いまの社長・副社長が物心ついたころ、昭和20〜30年代には、いまの形になっていました。いつから、かしわ、玉子、海苔の3色になったのかは、記録が残っていないんです。ただ、他の駅弁業者と話をしたなかで、かつて、「炊き込みご飯」はいたみやすいと考えられ、ご飯の上に食材を載せて、日持ちをよくしたのではないかという説を聞いたことがあります。
鶏肉を大事に余すことなく使い、一子相伝の調味料で作られる「かしわめし」
―鶏肉、ご飯は、どのようなものを使用していますか?
佐竹:鶏肉はむね・もも・正肉の3種類です。骨を取り除いた状態で業者から仕入れ、まずは、ご飯を炊き込むベースとなるスープをとります。スープをとったあと、鶏肉は1日寝かせてスライスし、醤油と砂糖などで味付けをして炊いていきます。ちなみに、スープのほうは鶏のガラと脂を加えて、さらに煮込んでいきます。かしわめしのご飯は、九州産米の「ヒノヒカリ」を使用しています。
―調味料は、本庄さんの奥様・スヨさんが作られたものを受け継いでいるそうですね?
佐竹:本庄巌水の妻・スヨさんが作ったレシピを、本庄家の女性が代々受け継いでいます。女性に限られているのは、おそらく「女性のほうが細かいところに目が届く」ということだからではないかと思います。あと、2代目の社長を務めた本庄副社長の祖父に当たる方が、細かい作業が少し苦手だったことも、女性で受け継いでいく理由の1つになったのではないかと考えられます。
折尾のかしわめしを全国区に押し上げた大相撲と柔道家
―かしわめし駅弁は、西日本・九州の各駅弁屋さんが作られていますが、とくに折尾の「かしわめし」が有名になり、ブランド化に成功した理由は、どう分析されていますか?
佐竹:折尾のかしわめしが、広く知られるようになったきっかけは、大相撲九州場所の存在です。九州場所は戦前から行われていて、当時は新幹線もなく、飛行機の利用も一般的ではありませんでした。力士の皆さんも列車移動で、聞いた話では当時の列車は八幡駅(鹿児島本線)で停車時間があったそうです。この待ち時間に相撲関係者の方が、たくさんの「かしわめし」を買って下さり、こぞって「美味しい!」と召し上がって下さったと言います。
―エッセーにも取り上げられたことがあるんですよね?
佐竹:もうおひと方、折尾のかしわめしを広めて下さったのは、柔道家の石黒敬七(いしぐろ・けいしち)さんです。石黒さんは随筆家でもあり、「関門トンネルを抜けると……この味から九州の旅が始まる」という文章をお書きになりました。東筑軒でも長年、かしわめしの掛け紙にこの一節を載せています。折尾は筑豊炭田の玄関口でもあり、炭鉱で働く皆さんは全国移動が多かったので、その皆さんが、折尾で乗り換えられる際に召し上がって、口コミで全国へ広めて下さったのも、大きいのではないかと思っています。
折尾駅は、明治24(1891)年2月に九州鉄道(いまの鹿児島本線)、8月に筑豊興業鉄道(いまの筑豊本線)がそれぞれ別の場所で開業、明治28(1895)年に共同の2代目駅舎が誕生し、大正5(1916)年築の3代目駅舎が、長年にわたって使われてきました。その3代目駅舎のモノクロ写真がパッケージに使われているのが、「折尾のデラックスかしわ」(1180円)。2日前までの予約制で販売されています。
【おしながき】
- かしわめし 鶏肉 錦糸玉子 刻み海苔
- 焼き魚
- 蒲鉾
- 玉子焼き
- コロッケ
- うずらの玉子揚げ
- ナポリタン
- エビチリ
- 煮物(里芋、人参、椎茸、筍、がんもどき)
- ひじき煮
- 桜漬け
東筑軒のかしわめしは、経木の折箱に入った大・小のレギュラー版と、かご型容器の大名道中駕籠かしわに加え、会合やイベントなど、用途に合わせて、さまざまなおかずが入ったバージョンが楽しめます。「折尾のデラックスかしわ」もその1つで、焼き魚に玉子焼き、蒲鉾の三種の神器が入った幕の内系の弁当となっています。なお、かしわめしの部分は、予約時にお好みで白飯、赤飯にも変更することもできます。
デラックスと言えば、特急「にちりんシーガイア」や門司港〜博多間の特急「きらめき」などに充当される787系電車には、「DXグリーン」と呼ばれる3席だけの特別席があります。東日本エリアのグランクラスやプレミアムグリーン車の先駆けになったと言ってもいい、ゆったりとした特別な空間。いい時期が来たらちょっぴり贅沢な駅弁を味わいながら、のんびりと列車の旅を楽しみたいものです。
(初出:2021年8月16日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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