鯛めしを作っていた駅弁屋さんに突如、「サンドイッチ」が生まれた理由 〜静岡駅弁・東海軒:東海軒「サンドイッチ」(360円)
「元祖鯛めし」で知られる駅弁店に明治33年、なぜ突然洋風の「サンドイッチ」が? 老舗駅弁店・東海軒の平尾社長に当時の話を聞きました。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
静岡の名物駅弁として知られる明治生まれの「元祖鯛めし」。これとともに長い歴史を誇るのが、じつは「サンドイッチ」です。鯛めしを開発した静岡駅の駅弁屋さんのラインアップに、洋風の「サンドイッチ」がいきなり加わったのはなぜか? 駅弁店の社長さんと一緒に歴史を紐解くと、そこには鉄道だけでなく、地元政界・経済界を巻き込んだ、鉄道構内営業のさまざまなドラマがありました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第29弾・東海軒編(第3回/全6回)
甲府からの特急「ふじかわ」が、興津川の鉄橋を軽快に渡って行きます。「ふじかわ」は、静岡〜甲府間を概ね2時間間隔、毎日7往復の運行。それまでの急行「富士川」から平成7(1995)年10月1日に特急に昇格して、早いもので25年が経ちました。1号車と各車両の車端部にあるセミコンパートメントが指定席で、残りは自由席。373系電車は、静岡地区の朝夕時間帯に走る「ホームライナー」としても活躍しています。
東海道本線が全通し、静岡市が市制施行した明治22(1889)年、鉄道敷設の功績から静岡駅の構内営業者として認められた「加藤辨當店」。この加藤辨當店は、10年後の明治32(1899)年から「三盛軒」に、大正時代に入ると「東海軒」と屋号を変えていきました。この背景には一体、何があったのか? 2010年代以降、かじ取りを担っている平尾清(ひらお・きよし)代表取締役社長に、この辺りのお話を訊いてみました。
当時、静岡唯一の洋風ホテルを経営していた平尾家
―加藤辨當店として始まった静岡駅弁ですが、平尾社長のルーツとなる「平尾家」は、当時、どのようなことをされていたのですか?
平尾:静岡駅前で「大東館」という洋風ホテルを営業していました。平尾家はもともと、信州・佐久の出で武田家の家臣だったのですが、いわゆる甲州征伐によって徳川家の旗本となり、家康公が大御所として駿府に入られた際に一緒にやって来ました。のちに東海道府中宿で旅籠「萬屋」を営むようになり、「大萬屋」から「東萬屋」「西萬屋」などに分家しました。明治になって、それまでの屋号にちなんだ「大東館」というホテルを営んでいたわけです。
―鉄道とはあまり縁のなかった平尾家ですが、どうして構内営業に関わるようになったのですか?
平尾:そのころの構内営業権は1年更新でした。当時、鉄道の構内営業権は垂涎の的でした。静岡ではわさび漬けのお店など、いろいろなお店が参入を試みるようになりました。加藤辨當店は営業努力をしながら頑張って構内営業権を守っていましたが、明治30年代になり、入札に敗れる事態が発生しました。ところが新しいお店に構内営業のノウハウがなく、トラブルが続発、鉄道局からもすぐに「加藤辨當店の復帰」命令が出たと言います。
静岡市を挙げて「駅弁店」を守れ!
―加藤辨當店の復帰が、上手くいかなかったということですか?
平尾:父から聞いた話では、加藤辨當店は一旦、構内営業を退いたことで経営が厳しくなってしまったと言います。そこで静岡市を挙げて、まちの玄関・静岡駅の構内営業者をバックアップすることになりました。このとき平尾家は私の先祖・平尾久晴が市議会議員を務めており、議会からの要請を受けて経営に参加したと言います。そしてもう1軒、わさび漬け組合から田中家が参加しました。ここに加藤家、平尾家、田中家の共同経営による、「三盛軒」としての、静岡駅の構内営業が行われていくことになったのです。
―大正3(1914)年、屋号を「東海軒」へ変えた理由は何ですか?
平尾:社内の文献によれば「東海軒」という屋号は、当時、静岡の弁護士界の長老だった倉橋さんという人物に名付けてもらったという記述があります。なぜ、三盛軒に代わる屋号を求められたのかは記述がありませんが、大正時代は「旅行ブーム」の時代でした。後半には旅行雑誌「旅」が創刊され、旅行作家の職業が成立し、駅弁が広く知られていきました。この旅行熱の高まりを受けて、地域の名を冠した新しい屋号にしたと推察しています。
平尾家が参加したことで生まれた、静岡のサンドイッチ駅弁
―鯛めしの他にも、この時代から続く駅弁があるのですよね?
平尾:いまも人気の「サンドイッチ」(360円)です。一説には最古のサンドイッチ駅弁(明治32年)に匹敵するくらい、古くから販売されていたと聞いたことがあります。伝承はありますが、残念ながら文献が残っていません。サンドイッチを駅弁として販売するようになったのは、平尾家が参加してからです。平尾家が営んでいた大東館は、当時、静岡唯一の洋風ホテルとして構内営業に参加する前からサンドイッチを作っていました。このサンドイッチを駅弁として販売したのだと父は話していました。
フランス・パリでオリンピックと万博が開催された明治33(1900)年、静岡「駅弁」として販売したとされる東海軒の「サンドイッチ」。トリコロールカラーのパッケージが印象的です。ちなみに、平尾社長のお父様(先代社長)は大正13(1924)年生まれで、大東館(当時)のシェフが作るステーキやハンバーグをいただきながら、昭和初期の幼少期を過ごしたそう。その意味では、明治の洋風ホテルのハイカラな雰囲気をいまに伝えるパッケージですね。
【おしながき】
- たまごサンド
- ハムサンド
時間が経っても、ふんわりとしたパンの食感はそのままに、たっぷりの玉子が挟まったたまごサンドと、シンプルさが心地よい食感のハムサンドの2種類だけで構成される東海軒の「サンドイッチ」。手にしたときは、溢れんばかりの玉子に感じますが、実際にいただくと、過不足なく食べきることができる、パンと具のバランスが絶妙なサンドイッチだと気付きます。静岡駅では、米の駅弁とは別に、ついつい「サンドイッチ」も手にしてしまうのですよね。
新幹線「ひかり」「こだま」であれば、静岡から東京・名古屋までは1時間〜1時間半。このくらいの乗車時間ですと、「サンドイッチ」くらいが小腹を満たすのにちょうどいいボリュームです。いまではカツサンドはもちろん、静岡ならではの黒はんぺんサンドといった、サンドイッチの姉妹品も登場しています。ようやく明治から大正に入ってきた東海軒の歴史。次回は昭和の駅弁黄金時代、立ち売りのエピソードを伺います。
(初出:2021年9月17日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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