アニメ「犬王」は“怪物”と“音楽”を映画にした 湯浅政明×古川日出男 対談ロングインタビュー(2/4 ページ)
フィクションの親友が必要だった理由
――湯浅監督は原作を読んで手塚治虫の『どろろ』に似ていると公式のインタビューで語っており、私もまさしくそうだと感じました。また、明るいキャラクターの犬王と出会って、精神的に腐りそうな状態だった自分に、光が差したような感じがしたということですが、なぜそう思ったのか、いま一度教えてください。
湯浅 変わった形の身体の一部が、だんだんと元に戻っていく感じが、『どろろ』の百鬼丸というキャラクターの設定に似ていますよね。百鬼丸も大好きですが、犬王とは似ているようで、全く違うとも思います。
百鬼丸はどちらかといえば暗い性格の持ち主で、「なんでこうなってしまったんだ」「こうなるはずだったであろう身体を取り戻したい」と悩んだりもします。犬王は全く気にしていないように見えて、自分のやりたい目的へ真っすぐ向かっていっている、その強い姿勢に勇気をもらったし、自分もこうありたいと思ったんです。
外から見ると酷くマイナスに見える見た目や境遇でいながらも、本人にはそれをものともせずやりたい事をやって駆け上がっていく。端的に言って「逆境に無敵」である事が、すごく魅力的に映ったんです。
古川 その犬王には、親友となる存在が必要だと思いました。犬王は呪いを解いていけば、どんどん体が変化していくのですが、バディを組むことになる琵琶法師の友魚(ともな)は両眼から光を奪われていて、この障害ばかりは絶対に元には戻らないんですよ。片方は奇跡を起こせるけど、片方には奇跡が起きないという話になっているんです。
犬王は心の片隅でバディの友魚を見ることで、ずっと明るいままでいられるような気がするんです。友魚の両眼には絶対に光は戻らないけど、自分は頑張れば光がつかめるから先に行くんだ、そんな2人の物語なのだという思いを小説に込めました。
湯浅さんは、犬王の明るさの部分にブーストをかけてくれて、もっともっと分かりやすくしてくれましたね。
――友魚は完全にフィクションの存在、古川さんが創作した人物ですよね。
古川 はい。でも映画を見ていると、半分くらいの人は「友魚っていう琵琶法師もいたのかな」「史実かな」って勘違いされるんじゃないかなと思います。実在していた犬王は、イキイキと明るい人物としてアニメで描かれていた。そして虚構として作った友魚も、また生きている人間になっていました。それは湯浅さんの力だし、もちろんアヴちゃんさんと森山未來さんの力も大きかったと思います。フィクションの人物を実際にいる人物にしてくれた、それがアニメのいちばんの力だと思います。
湯浅 古川さんは、友魚を「犬王にはこういう相棒が必要」なので創造されたとおっしゃられますが、実際に起っている状況から「友魚のような仲間がいた可能性が高いし」いや「たぶん本当にいたであろう」と思える感じがしました。
片腕を極端なまでに伸ばした理由
――犬王の片腕が長いこと、だからこその湯浅監督らしい躍動感のあるアクションも面白かったです。
古川 想像より3倍長くて、すごく面白かったです。良い意味なのですが、「極端にしないと何をやっているか通じない」ということかもしれませんね。現実で起きていることを現実通りに分かってもらうためには、小説でも現実の2倍のアンプをかけないといけないし、アニメだとそれは20倍くらいになるのかなと、見ていて思いましたね。
小説を書いているときは、ある意味“外側”からキャラクターに触れていましたが、映画では最初のほうに、犬王が生まれ落ちて、面を通して外界を覗(のぞ)いているシーンがあり、アニメでは犬王を“内側”から描こうとしているんだなと思いました。内側から描いたからこそ、あんなに体が大きくなったり、片腕が伸びたりする、それが湯浅さんのリアリティーに対する捉え方なんだなと思って面白かったです。
湯浅 犬王を明るく天真らんまんなキャラクターにしたのは、自分の思い込みというよりも、そうであってほしいという“願い”なのかもしれないですね。それを姿形としては、どんな原因においても「実際にあり得る形にはしたくなかった」というのもありました。腕の長さを決めて、そのうち慣れてしまう事もなく、常に「ちょっと長いんじゃねぇの」って思うくらいには伸ばしておきたいし、犬王にとってはそれさえも自由に使いこなしている事が重要だと思いました。
脚本の野木亜紀子さんとも「犬王は実はそんなに明るいわけじゃない」というやりとりをしたこともありますが、やっぱり彼には明るさを期待してしまうし、そういうキャラこそ今の世の中にも求められていると思いました。
古川 例えば目が前にも後ろにもついているような犬王の外見を気持ち悪い、不幸だと決めつける人もいるかもしれないけど、誰とも比較をしなかったら「後ろも見えて便利で、こんな体に産んでくれてありがとう」と感謝をするかもしれないですよね。
湯浅 その時良いスポーツがあれば、常に全方位把握しているアスリートになれるかもしれないですね。
古川 そういうすごいことができるかもしれませんよね。自分と違う人を、上から目線で見るから、差別は起きるんです。当人になってみると、他人が欠点だと思っている部分が、見方を変えれば全部長所にできるかもしれない。それは、湯浅さんが捉えたところですね。
ロック・オペラはどのようにして生まれたか
――原作をアニメ映画化にするにあたっての工夫は、具体的にどのようなものがあったでしょうか。
湯浅 1970年代の「グラムロック」のジャンルなども参考にして、「室町時代に現れたポップスター」を描きたいと考えていましたね。「当時ではオーパーツの様に斬新な」「デヴィッド・ボウイがこの時代に現れた」イメージで、ロックショーを繰り広げる内容を考えました。でも、ぜんぜんスタッフとのイメージの共有がうまくいかなくて、最初は苦労しましたね。
古川 野木さんの脚本も数バージョン読ませていただきましたけど、脚本の段階では「琵琶法師軍団がロックバンドを結成する」なんてことは書いていないんですよ。だから映像を見てものすごくびっくりしました(笑)。
――脚本にないということは、湯浅監督が付け加えたところですよね。
湯浅 脚本は「想定している出来事と大きな矛盾がなければ良い」というあんばいで制作していて、また実際に作り始めると、他のラインも同時並行で走らせて行ったり、どんどん新たな発見も起きたりするので、ニュアンスなどは流動的に変わっていくんですよ。
古川 絵を描いている間に、他のことも膨らんでくる感じなんですか。
湯浅 そうですね。画面には色んな情報や変化も映り込んで行きますから、大きな変化が起きてしまったら、もう後戻りはできないだろうな、ということも少なくないです。
古川 最初に映像を見て、やっぱりびっくりしたのは、琵琶を首の後ろ側ではじく絵を見たときですね(笑)。「犬王」という映画は、こうした表現からもう後戻りできないだろうな、と。
湯浅 (笑)。琵琶監修をしていただいた後藤幸浩さんも、首の後ろで弾けるんですよ。きっと歌の内容だけではなく、全てを使って、出来うる限り、考えつく限りの事をやって、客の気を引こうとしていたのではないかと想像しました。アーティストというよりは、やっぱり芸人という体で、いろいろな弾き方をして楽しませていたんだろうなと想像はしていました。
歴史には残っていないことを想像する
――お話を伺っていると、やはり「自由に作り上げた」印象を受けます。
湯浅 歴史的な「確証が取れるもの」だけが残って、それで全部わかった気になるのは間違いだと思っているからかもしれません。学者はそれが仕事ですが、僕らは想像するのが仕事なので。
例えば、誰かが天動説を強く主張している時代にも、違う世界を思い描いている人はいました。ティラノサウルスは以前は爬虫類の様に描かれていましたが、鳥類との分岐の可能性が指摘されると、急に毛が生えたり、鳥に寄って行った(笑)。植物も、生き物ではないと主張する向きがまだ強いですが、生き物だと捉える向きが増えていくでしょう。
僕は「常に認識の仕方がもっと広い方がいい」と思っているんです。この「犬王」は失われた人、残されなかった人を描くという話でもあるし、もっとカラフルにいろいろな人がいた。そういうふうに考えていけば、オーパーツに思えたものも想像し得るものになるし、実際にはあり得ない物の可能性は結構少ないかもしれない。確証がないから、学者が「ある」とは言えないというだけなんですよ。
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