逆にサメが出ない 純文学的サメ映画「ノー・シャーク」レビュー(2/3 ページ)

» 2022年07月23日 19時30分 公開
[ヒナタカねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 例えば、主人公は「ジョーズ」に対してかなりの悪感情を抱いており、「最も卑劣な映画」「馬糞以下の悪徳映画」など強烈な罵詈雑言を吐く。スティーブン・スピルバーグ監督への憎しみを込めた切れ味抜群の罵倒に至ってはもはや爆笑ものなので、それも実際に見ていただきたい。

 そして、彼女はサメ映画の興隆のおかげで、サメに対しての間違った認識が一般化したことに対しても嘆く。「実際のサメは人間を捕食することはほとんどない」「人間はサメを捕獲するばかりかフカヒレだけ切り取って高級食材にしている。残酷な所業だ」といった指摘にハッと気付かされるところもあった。

 ちなみに、本作の最大の謎と言って良いのは、彼女が「ジョーズ4」こと「ジョーズ'87 復讐篇」について、「最低と言われるが、それは嘘だ。あの映画こそ良い」と評価していることだ。筆者はそれに釣られて同作を見たが、気が遠くなるほどにつまらなかったので、彼女になぜ好きなのかを詳しく聞いてみたいところだ。ひょっとすると、「なぜかサメが復讐のために特定の人間を追ってくる」という強引な設定に、ロマンを感じていたのかもしれない。

疎外感に向き合う物語

 本作の大きな価値は、悪く言えば変人、良く言えば個性的な主人公の姿を追うことで、実は普遍的な「疎外感」に向き合う物語に仕上げたことだろう。

 まず、主人公の「サメに喰われて死にたい」からして、かなり共感や理解が得られづらい価値観だ。それ以外にも「ラッキーな人たちが食べられるサメ映画は、私にとってポルノ映画だ」「なぜ人はなんでもないことを楽しく語れるのだろう。私ならサメの話に切り替わる」といった極端な考えを語るので、やはり笑ってしまうのだが、同時に切なくもなってくる。

 その理由ももちろん、「他人には分からない」からだ。彼女はそれを重々承知しているからこそ、他人には話さず内面で自問自答するに留めている、ある意味で常識的な人物とも言える。ともすれば、彼女が「私は自尊心も10点満点」など自己肯定感に満ちた心情を語る様も、他者の理解が得られない寂しさや孤独感への「抵抗」としての手段にも思えてくるのだ。

 思えば、サメやサメ映画に限らず、他人には理解されない趣味、それに対するこだわりや見方、もっと言えば願望を、人は1つや2つは持っているのではないか。それが揺るぎない価値観であり代替が効かないからこそ、表立って話すことはできないというのも、実は普遍的なことだろう。それだけに本作は「モノローグでひたすら語るだけ」という内容にこそ、必然性があるのだ。

アクロバティックな結末

 また、主人公は「目をつぶると何も想像できなくなってしまう」という障害を抱えていて、それが同じく目を閉じることがないサメにシンパシーを感じる理由だとも語られる。ともすれば、彼女は想像や妄想の世界に逃げることができない、「現実を見続けなければいけない」宿命を背負っているとも言えるのだ。

 リアリストでもある彼女は、現実のサメはほとんど人間を食べない、サメ映画で人間が喰われる様はファンタジーだと、もちろん分かっている。それでも、彼女は極めて確率の低い「サメに喰われて死ぬ」ことをいちるの望みとして、さまざまなビーチを渡り歩く……そう考えれば、なんといじらしくて(?)ふびんな主人公なのだと、感情移入ができる方も多いのではないか。

 そして、彼女の旅路はなかなかアクロバティックな結末を迎える。全12章構成の終盤では「えっ!?」と驚く意外な「転換」があるし、単純な良い話にもしない、人によって解釈が異なるであろうエンディングには、良い意味での戸惑いを覚えると同時に、独特の余韻があり、そして唯一無二の感動があったのだ。

 エンドロールの終盤に表示される文言もぜひ見届けてほしい。作り手が、疎外感や自殺願望を持ってしまうほどに深い哀しみを背負った者に対し、優しいメッセージを込めたことが分かるはずだ。これをサメ映画と呼んでいいのか、という論点はここでは置いておこう。冗談や誇張や皮肉なしで、一生大切にする映画になる方もいるかもしれないのだから。

映画館でサメが出てくるサメ映画も見よう

 そんなふうに意外に高尚なテーマを掲げた「ノー・シャーク」ではあるが、やっぱりサメが出てこないのは事実であるので、ストレートなサメ映画を求める方は物足りなさも覚えるかもしれない。そんな方におすすめなのが、ちょうど劇場で7月22日より公開されている「海上48hours −悪夢のバカンス−」である。

「海上48hours −悪夢のバカンス−」本予告

 内容は「男女5人が水上バイクの上でサメに喰われないようにがんばる」というとてもシンプルなもの。だだっ広い大海原に取り残されるというシチュエーションは「オープン・ウォーター」も思い出すが、そちらに比べてメインの登場人物は2.5倍となり、そこそこに飽きさせない展開が続き、絶妙なタイミングで浮気が発覚することで良い感じに物語が動いていくなど、十分な見どころを用意した良作になっていた。

 脚本を手掛けたのは、地獄のような刑務所での実話を描いた「暁に祈れ」のニック・ソルトリーズで、どこにも逃げられない場所での、永遠に続くかのようなサバイバルの過程は、なるほど「海上48hours」と通ずるところがあった。過度な期待は禁物だが、「平均点をちょっぴり超えたサメ映画を劇場で見たい」方にはちょうどいい作品としておすすめしておこう。

ヒナタカ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2503/15/news044.jpg コメダ珈琲店で「軽い食事」を注文 → 出てきた“まさかの実物”に思わず大仰天 「逆詐欺ですね」「軽食という名の主食」
  2. /nl/articles/2503/14/news041.jpg 大阪梅田駅で撮影された“奇跡のような光景”に「今まで見たことない」「本当に贅沢な眺めだ」 全ホームにマルーンカラーが整列
  3. /nl/articles/2503/11/news009.jpg 雑草ボーボーの運動場に“180羽のニワトリ”を放ったら…… 次の日、まさかの光景に「感動しました」「すごい食欲」
  4. /nl/articles/2503/14/news019.jpg ペットのカエルを土に埋め、約半年間放置→掘り返してみたら…… 「すげぇ」予想外の結末に「ほんと不思議」
  5. /nl/articles/2503/09/news003.jpg 「恩師ビックリするやろなぁ」 中学3年で付き合い始めた“同級生カップル”が10年後…… まさかの現在に反響
  6. /nl/articles/2503/15/news054.jpg 106キロの女性、1年かけて約40キロ減量したら…… “別人級”の変化が1740万再生 「尊敬します」「私も頑張る!」【海外】
  7. /nl/articles/2503/08/news018.jpg 使わない靴下をザクザク切って組み合わせると…… 目からウロコの再利用法が2500万再生「とてもクリエイティブ」【海外】
  8. /nl/articles/2503/13/news112.jpg 「ひどすぎて販売中止に」 ウエディングドレスをネットで買ったら大失敗→完璧にリメイクした結果…… 「もはや芸術」
  9. /nl/articles/2503/14/news052.jpg 高3男子、髪を切る間も惜しんで受験勉強を頑張って…… カット後の“別人級の変化”に称賛「コレはモテる」
  10. /nl/articles/2503/11/news017.jpg 着古したマフラーとセーター、切らずに手縫いするだけで…… 春も大活躍のリメイクに「アイデアに脱帽」「素晴らしい」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「本当に迷惑」 宅急便の「不在連絡票」と酷似のチラシが物議…… ヤマト運輸「配布中止申し入れ」
  2. 愛猫が見つめる先にいるのは……? “まさかの来訪者”に思わず仰天 「うそっ?」「お庭に来るんですね!!」
  3. 【べらぼう】“問題のシーン”、「子供に見せられない」 身体張った27歳俳優へ「演技やばくない?」
  4. 壊れて捨てるしかないバケツをリメイクしたら…… 想像もつかない大変身が830万再生「想像力がすごい」【海外】
  5. そうはならんやろ ヤマト運輸公式とLINEで遊んでいたら…… 突然訪れた“予想外の展開”に28万いいね
  6. 「ウソやろ」 松屋の“530円丼”、衝撃的なビジュアルにネット騒然 「コレで良いんだよ丼」「開き直り感がすごい」
  7. ダイソーのセルフレジが「身に覚えのない商品」を認識→“まさかの正体”に大仰天 「そんなことあるんですね」
  8. 余ってるクリアファイル、半分折ってカットするだけで…… 目からウロコな便利グッズに「天才すぎる!」「素晴らしいアイデア」
  9. 「マジで天才」 無印良品から新発売の“350円文房具”に絶賛の声相次ぐ 「便利すぎる!」「これはいい」
  10. 「スト6」の公式世界大会で福島県のチームに所属する「翔」が優勝 賞金100万ドル獲得
先月の総合アクセスTOP10
  1. 最初に軽く結ぶだけで…… 2000万再生された“マフラーの巻き方”に反響「これは使える」「素晴らしいアイデア」【海外】
  2. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  3. パパに抱っこされる娘、13年後の成人式に同じ場所とポーズで再現したら…… 「お父さん若返った?笑」「時止まってる」2人の姿に驚き
  4. 和菓子屋で、バイトの子に難題“はさみ菊”を切らせてみたら……「将来有望」と大反響 その後どうなった?現在を聞いた
  5. 古いバスタオルをザクザク切って縫い付けると…… 目からウロコの再利用に「すてきなアイデア」【海外】
  6. 「14歳でレコ大受賞」 人気アイドルがセクシー女優に転身した理由明かす 家族、メンバー、ファンの“意外な反応”
  7. 希少性ガンで闘病中だったアイドル、死去 「言葉も発せないほどの痛み」母親が闘病生活を明かす
  8. “きれいな少年”が大人になったら→「なんでそうなったw」姿に驚がく 「イケメンの無駄遣い」「どっちも好きです!笑」
  9. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  10. 芸能界引退した「ショムニ」主演の江角マキコ、58歳の近影にネット衝撃「エグすぎた」 突然顔出しした娘とのやりとりも話題に