「ボカロ小説」はこうして生まれる 中高生を本屋に走らせる魅力、そして楽曲争奪戦へ(3/3 ページ)

» 2013年08月06日 10時00分 公開
[稲葉ほたて,ねとらぼ]
前のページへ 1|2|3       

爛熟(らんじゅく)する市場と過熱する楽曲争奪戦

 「悪ノ娘」の小説化などを手がけてきた前出の鴨野さんの話に戻ろう。彼は、大手出版社が本格的に参入してきた現在のボカロ小説市場が、すでに中小の編集プロダクションが勝負するには厳しい場になってきていると語る。そんな彼が最近手がけたのは、ボカロPとニコニコ動画で人気の歌い手と一緒に制作した書籍タイプのドラマCDだ。「小説以外のメディアでの新しい展開も試み始めました。ドラマCDは製作コストが高く、なかなか大変な市場ですが……」(鴨野さん)

 鴨野さんが危惧するのは、ボカロ小説市場に粗製濫造(そせいらんぞう)の兆候が見えてきたことだ。

 スタジオ・ハードデラックスでは、ニコニコ動画好きの若いスタッフを交えて作品を選定し、作者(ボカロP)自らに小説を書かせる手法をとってきた。それは決して平坦な道のりではない。ボカロPが基本的に小説執筆未経験であることに加え、企画者側にはマルチメディア展開を見越した柔軟なディレクションが求められる。しかもボカロキャラにはそれぞれ二次創作で育まれた歴史がありそれも踏まえなければならない。時には1つの作品に1年単位で時間をかけ、編集スタッフとボカロPの綿密な打ち合わせを経て小説を丁寧に仕上げてきたという。

 それが最近では、月に何冊ものボカロ小説が複数の出版社から刊行される。当然、それほどの時間は制作にかけられない。スタジオ・ハードデラックスは、楽曲を制作したボカロPが自ら執筆することを重視してきたが、最近の他社のノベル化では別のライターが執筆する例も増えている。

 「やはり、この状況は不安になりますよね。読者のことが分かっている書き手さんばかりではないですし。そもそも、最近は話題の曲が出るとすぐに小説化の話が動きますが、実際に小説にできる世界観をもった楽曲ってそんなに多くはないんですよ」(鴨野さん)

 一方で、過熱するボカロ小説の市場が、近年のボカロ楽曲の潮流を取りこみ、新たな展開を見せ始めたことも見逃せない。例えば、それはオリジナルキャラを用いた楽曲の小説化である。ニコニコ動画におけるボカロ楽曲のランキングは、実はかなり前から大きく様相を変えており、作者独自の(ボカロのキャラの面影すらない)オリジナルキャラの物語や世界観を展開した作品が増えているのだ。

 先のカゲロウプロジェクトもまた、そうした近年の作品潮流の中で生まれたものだ。この作品のノベル化を手がけたエンターブレインの編集者に手応えを尋ねてみると、「それぞれのキャラに物語がちゃんとある」ことが読者に支持されていることを挙げ、「それが累計140万部の部数につながっているのではないか」と印象を述べた。その上で興味深かったのは、彼がそこにボカロ小説のジャンルとしての自立化を見ていたことである。

 「ソフトウェアとしての本来の用途を飛び越え、ミクやリン・レンなどのキャラクターそれ自体がフィーチャーされているのは、とても面白い現象だと思います。小説やコミックなどに展開され続けているのは、ミクが『みんなにとって分かりやすいキャラクター』であることを考えると、当然だとも言えます。一方でミクなどのキャラクターをある種のスターシステムのように使い続けるのも、そろそろ難しくなってくるのではないでしょうか。そういう意味でも『ボカロ小説』というジャンルがだいぶ確立されてきたように感じます」(エンターブレインの編集者)

 この数年でボーカロイド周辺の市場は、中高生がメインのゾーンになった。メインストリームにまだ見出されていない若いクリエイターたちが作品をぶつけ、最も感受性の強い年代の受け手が熱狂的な反応を返し、ネット時代にふさわしい新しい文化と感性が育ち続けてきた。そこには、すでにオタクやサブカルのような、既存のカテゴライズには収まらない、新しい表現たちがあふれている。過熱するボカロ小説の市場は、ある意味で市場の原理にしたがって、そうした作品たちの「感性」を取り込み、メインストリームへと解き放ちはじめている。

 その先にあるのは、前出のエンターブレインの編集者が語る、こんな未来かもしれない。

 「これからは、クリエイターが自分で作り出した新たなキャラクターに、ボカロソフトによるサウンドで息吹を与え、映像やイラストでビジュアルを強調し、小説でさらに細かく描写して物語を掘り下げていく。そんなシームレスな展開ができれば、ボカロ小説市場はさらに発展していけるのではないでしょうか」(前出のエンターブレイン編集者)

 小説や音楽がつまらなくなった、売れなくなったとやかましく言われる一方で、新しい文化を取り込みながら、中高生から強い支持を受けてきた、ボカロ小説。それは従来の小説とも、従来の音楽文化とも違う、CGMを含めたマルチメディア展開が当たり前となった時代における、物語や小説の新しいポジショニングを示しているのかもしれない。

稲葉ほたて(@jamais_vu)。ネットライター。サークル「ねとぽよ」主催者の片割れ。サイゾー、PLANETS等に執筆。ネット周りの話をいろいろ書いてます。


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2502/01/news016.jpg 消波ブロックの隙間にカニカゴを仕掛けたら…… 「うそでしょ!」“想像を絶する結果”に大興奮「見てて声出た」
  2. /nl/articles/2501/31/news050.jpg 「許されると思ってんの?」 スマホのアラームを設定→翌朝…… “絶望の通知内容”が430万表示 「ほんとこれ」
  3. /nl/articles/2502/02/news005.jpg 「正直破格です」 成城石井の元店長が辞めてからも買い続ける“名品”がリピ必至 「ヨダレが出そう」
  4. /nl/articles/2501/31/news013.jpg これは“1秒”で解きたい! 「8×2×0÷4」の答えは? 【算数クイズ】
  5. /nl/articles/2502/01/news047.jpg 【編み物】彼氏のために、緑と黄緑の毛糸を正方形に編んでつなげると…… 圧巻のおしゃれな大作完成に「息をのむほどすばらしいよ」
  6. /nl/articles/2502/02/news069.jpg 「レベル間違えてる」 イオンの“1944円恵方巻”、衝撃ビジュアルにネット大騒然 「なにこれ」「本気かよ」
  7. /nl/articles/2502/02/news038.jpg 100均ビーズをどんどんテグスに通していくと…… うっとり見入る完成品に世界が注目「これは傑作」「どれも可愛いいい!」
  8. /nl/articles/2502/02/news003.jpg 「こんなお母さんになりたい」 北海道で暮らす67歳女性の“手作り料理”がすてき 「参考にしたい」「ぱぱっと作ってみな美味しそう」
  9. /nl/articles/2502/02/news027.jpg 「この子はきっと豆柴サイズ」と言われた子柴犬、4年後の姿が大きな話題に…… それから約1年たった“現在の様子”を聞いた
  10. /nl/articles/2501/30/news003.jpg 親の反対を押し切り、17歳で同棲を開始→それから13年後…… 若くしてママとなった女性の“現在”が話題
先週の総合アクセスTOP10
  1. 風呂に入ろうとしたら…… 子どもから“超高難易度ミッション”が課されていた父に笑いと同情 「父さんはどのようにしてこのお風呂に入るのか」
  2. DIYで室温が約10℃変わった「トイレの寒さ対策」が310万再生 コスパ最強のアイデアへ「天才!」「これすごくいい」
  3. 岡田紗佳、生配信での発言を謝罪 「とても不快」「暴言だと思う」「残念すぎ」と物議
  4. スーパーで買った半玉キャベツの芯を植え、5カ月育てたら…… 農家も驚く想像以上の結末が1300万再生「凄い」「感動した」
  5. 東京藝大卒業生が油性マジックでサンタを描いたら? 10分で完成したとんでもない力作に「脱帽です」「本当にすごい人」
  6. 定年退職の日、妻に感謝のライン → 返ってきた“言葉”が約200万表示 大反響から7カ月たった“現在の生活”を聞いた
  7. 【ヤフオク】“3万円”で購入した100枚の着物帯 →現役着付師が開封すると…… “まさかの中身”に驚き
  8. 「立体的に円柱を描きなさい」→中1の“斜め上の解答”に反響「この発想は天才」「先生の優しさも感じます」 投稿者に話を聞いた
  9. 「すんごい笑った」 “干支を覚えにくい原因”を視覚化したイラストが勢いありすぎで1700万表示の人気 「確かにリズム全然違う!」
  10. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  2. 「配慮が足りない」 映画の入場特典で「おみくじ」配布→“大凶”も…… 指摘受け配給元謝罪「深くお詫び」
  3. 母「昔は何十人もの男性の誘いを断った」→娘は疑っていたが…… 当時の“モテ必至の姿”が1170万再生「なんてこった!」【海外】
  4. 風呂に入ろうとしたら…… 子どもから“超高難易度ミッション”が課されていた父に笑いと同情 「父さんはどのようにしてこのお風呂に入るのか」
  5. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  6. 市役所で手続き中、急に笑い出した職員→何かと思って横を見たら…… 衝撃の光景が340万表示 飼い主にその後を聞いた
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. DIYで室温が約10℃変わった「トイレの寒さ対策」が310万再生 コスパ最強のアイデアへ「天才!」「これすごくいい」
  9. 「こんなおばあちゃん憧れ」 80代女性が1週間分の晩ご飯を作り置き “まねしたくなるレシピ”に感嘆「同じものを繰り返していたので助かる」
  10. 岡田紗佳、生配信での発言を謝罪 「とても不快」「暴言だと思う」「残念すぎ」と物議