“子ども時代に、大切なものを奪われてはいけない” 「屋根裏のラジャー」西村義明 1万4000字インタビュー(9/10 ページ)
子どもとって「見える」のではなく「そこにある」
――この映画は、そうした子どもから大人への反抗なのでしょうか。
反抗ではないです。子どもと大人が断絶していく未来は、よいものではないから。「トトロ」の歌の歌詞に「子どものときにだけあなたに訪れる不思議な出会い」とありますが、それはちょっと飛び越えたかった。大人になったら見えなくなるのではなくて、大人になっても見ようと思えば見えるはずだから。
例えば、僕の娘が4歳の時に2人で散歩していたら、大人には1分ぐらいの1本道を、あの子は10分ぐらいかけてヨチヨチとやってきて、「パパ、あげる」と言って、両手を広げて手に山盛りになった花を見せてきたんですよ。この子は寄り道しながら、いろんなところから花を集めてきた。
大人にとってはアスファルトとガードレールでしかない道は、子どもの視点と歩くスピードでは花畑にさえなり得る。それを思い出した時に、この映画の大人側の立脚点は決まっていた。つまり、それは、そこに無いのではなくて、確かにあるのに私たちには見えていない、あるいは見ようとしていない何かです。大人の生きるスピードと生きる視点では見えない大切なものを描き出すことができたら、この「屋根裏のラジャー」は価値ある映画になると思っていました。
――この「屋根裏のラジャー」そのものが「子どもを侮るな」という話とも解釈できると思います。
僕は大人の社会を信じてない幼少期を生きてきたので、何となく今の子どもたちにもそれに近い考えが生まれかねないと危惧しています。社会不安なり紛争なりも、子どもではなく僕を含む全大人たちの想像と行動の結果ですからね。大人たちが戦争を起こし、武器を供与し、己の利得のためだけに生きていると報道され続ける。自分のイデオロギーを正義としてぶつけ合うばかりですが、社会がある以上、この世界が矛盾を内包したままでしか存在しえないことを忘れて、単純な絶対解があるかのように振る舞い始めるでしょう。
でも、世の中の矛盾なんて解決しませんよね。この世界は矛盾に満ちていて、その矛盾に満ちた社会で生きる大人たちの顔を、子どもたちはじっと見つめているんです。
ただ、大人の営みの総体としての力が共鳴したときって、とてつもない力で世界が動くことも事実です。だから、僕は子どもと大人の想像の共鳴というようなものに可能性を感じていたんです。今は、子どもばかりを優遇するなと言われる時代でしょう。大人こそがいわばラジャーのように見えない所で大変な思いをしながら踏ん張っている時代だから。
でも、だからこそ、子どもたちが大人になんてなりたくないとか、大人ってくだらないって思われる世界は好ましくはない。実際に僕は幼い頃にそう思っていましたから。そんなときに救ってくれたのが映画だった。そこには信じられる大人も、信じられる物語もあった。
人間を作ったのは、すべて物語である
なぜ人間が未来を思うのかとか、苦しくても頑張ろうと思えるのかは、そこに物語があるからですよね。高校生の時にカッコつけた髪型にしていれば女の子に人気が出るかもしれない。あの宝くじが当たったらいい人生が送れるかもしれないっていうのも、想像であり、物語でしかない。虚構たる物語は、実たる人間の人生の大半を形作っていて、人間の行動を左右している。世の争いごとも、見方を変えれば物語のぶつかり合いです。
かつては、世界を包む大きな物語なり、人生の寄る辺となりうる物語があった。ただ、哲学者のグラムシが言うように、古い世界は死にゆき、新しい世界は未だ生まれない。そういう時代を私たちは生きていますよね。その哲学者は全く別の意図で発したものですが、彼は続けて「Now is the time of monsters」と書いている。怪物が生まれ、世界に病的な兆候が現れると。
――「ラジャー」の作中でも、バンティングがグラムシの本を手に取る印象的な場面がありましたね。
懸命に働いたら報われるという物語を信じられたら働きますが、働いたら損をするという物語のほうが今は優勢です。一生懸命に頑張っても冷ややかに笑われるだけで、報われる時代でもなくなっていて、「いかに頑張らないか」「いかにコストを下げるか」を考えたほうが得をする物語を信じるようになってきた感さえある。
次なる世の中には、新しい物語の創出が必要ですが、それが何なのか。その点において、この映画はマルクス・ガブリエルの考えに近いところにあるかもしれないし、ニーチェの永劫回帰的な枠組みを言外に用いたのも根拠はあった。
物語の本質って、人間の束の間の生に意味を与えてくれることでもありますよね。この映画の中で、バンティングは「意味がない」とか「君たちはどうせ消えていく」と言う。それも、正しいでしょう。だとしても、束の間の人生をよろこばしく生きることはできる。その答えは、他者としてのラジャーを抱きしめるのではなく、自己の表出としてのラジャーを抱擁する物語の誕生に委ねられていると思っていました。バンティングのように他者の想像を動物的に食らい続けても、自分の物語は創出されるわけではないから。
――想像力から、物語の意義を問い直し、それでこその生きる意味を見つけられる、「屋根裏のラジャー」が伝えたかったことの本質がわかったような気がしました。
それだけじゃないですけどね(笑)。ただ、この映画は想像の力を描いていますが、それ自体がテーマというわけではなく、モチーフ、動機づけです。「想像力は無限だ」ということを伝えるために、何年も費やしたりしませんからね。でも、もちろん、伝える言葉をまだ持たないお子さんが、「楽しかった」って言ってくれれば、それでいいのですけど。
映画なんて、それこそ嘘偽りそのものですけど、その映画が私たちにもたらしてくれるものは真実だと思います。映画は、観客の中で真実に変わり、例えそれが忘れ去られたとしても、私たちの人生を最後まで支え続けてくれますから。
(取材・構成:ヒナタカ)
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