「美女と野獣」に人生を変えさせられた男が、最恐アトラクション「美女と野獣」に感じたこと
一人の大学生が「美女と野獣」によってディズニーファンになり、人生まで変えられてしまったという話。
9月某日、東京ディズニーランドの大規模開発エリアの取材がありました。そのときの速報は、ぜひねとらぼの別記事にてチェックしてください。
このエリアには新ファンタジーランドとして、あの映画「美女と野獣」をテーマとしたアトラクションやショップがオープンしたわけですが、ディズニーのファンが高じてこうやって記事を書かせていただいている私が、ディズニー関連で最大級の“避けたいお仕事”だと感じたのが今回のレポートでした。私、この「美女と野獣」という作品のおかげで人生が大きく変わってしまったので、美女と野獣に関連するコンテンツだけは、どうしても素直に見ることができないのです……。
ライター:宮田 健(みやた たけし)
2012年よりITセキュリティのフリーライターとして活動する傍ら、個人活動として“広義のディズニー”を取り上げるWebサイト「dpost.jp」を1996年ごろから運営中。パークやキャラクターだけではない、オールディズニーが大好物。2020年2月には業界唯一、最強と呼ばれる雑誌、講談社「ディズニーファン」に3回だけ連載しました。最近ではポッドキャスト「田組fm」もSpotifyやApple Podcastsで配信中。Webサイト:https://dpost.jp/ Twitter:@dpostjp
「美女と野獣」とかいう公式に蹂躙(じゅうりん)されまくったコンテンツ
というのも、「美女と野獣」という作品にどハマリしてしまった人にとって、このコンテンツに対するディズニーのこれまでの取り扱い方がわりと雑で、あまり信頼できないのです。恐らく、初代スター・ウォーズファンがプリクエルの新三部作や新たな続三部作を見る気分というよりも、「旧三部作をCGで書き換えた特別編を見せられるマニアたち」の心境に近いと思います。
美女と野獣は時期的には非常に不遇な作品で、確かに低迷期のディズニーを救った立役者ではあるものの、ちょうどそのころディズニーは安価で安易な続編を乱発する時期にあり、この作品に関しても「美女と野獣 ベルの素敵なプレゼント」(1997年)や「美女と野獣 ベルのファンタジーワールド」(1998年)といったビデオ続編が登場しています。それなりにそれっぽいストーリーが展開されるものの、私の中では別バースのお話として捉えているのでよしとします。
しかし、もっともまずかったのは「美女と野獣 スペシャル・リミテッド・エディション」(2002年)なる作品です。これはIMAXによるリマスターのタイミングで、本編になかった曲を追加するという野心的なプロジェクトでした。追加された曲は由緒正しい作品(後述)ながら、映像のクオリティーは安価なビデオ続編並みであり、私もIMAXで見たときには「うれしいけどうれしくない」という感想しかありませんでした。監督たちが「スター・ウォーズも完全版を作ったし、これも作っちゃおうか!」みたいなことをインタビューで答えており、いい加減にしろルーカス、と思ったものです。でも大丈夫、これも別バースということにします。
そして2017年には待望の実写版「美女と野獣」がやってきます。これまでのいきさつを踏まえ、これは別もの、これは別ものと唱えながら劇場へなんとか足を運びましたが、これはこれで別ものとしては楽しめる、よくできた現代アップデート版美女と野獣でした。恐らく、多くの方はここから美女と野獣を知ったというのが現状なのではないでしょうか。アニメ版はもう30年も前の作品ですからね。
しかし……問題は東京ディズニーランド版「美女と野獣」です。今回のコンテンツは映画ではなく、現実の世界で作られています。エントランスからぐるりと回ってトゥーンタウン側から入ると、ベルやガストンが住むあの村そのものがあります。そしてその森の向こうに、映画で見た野獣の城があるわけです。
個人的には、これこそがディズニーによる、美女と野獣に人生を狂わされた男に対する最大級の挑戦、いや“攻撃”に見えました。これはもはや別バースではなく、本物の美女と野獣として剛速球で私に正論をぶつけに来るもの。そのため、正直このエリアとアトラクションを体験するのは、これまで積み上げてきた美女と野獣への神聖視をぶっ壊す可能性もあると覚悟してのレポートになりました。レポート記事には一切その辺出しませんでしたけど。
「美女と野獣」とかいうディズニー史における大転換ポイント
そもそも、なぜにそこまで神聖視するほどになってしまったのでしょうか。ちょっと時代をさかのぼって、30年前の当時のお話をさせてください。
ディズニーといえば、いまでこそ“常勝”を掲げたかのようなエンターテインメント組織です。ピクサー、マーベル、スター・ウォーズ、さらには20世紀スタジオやナショナルジオグラフィックすらも、現在では“ディズニー”の一員です。しかし美女と野獣が公開される直前は、ビジネスの源泉である長編アニメーション作品もクオリティーががた落ちしており、いまでは想像が付かないような低迷期にありました。
美女と野獣は1991年11月に公開され、日本では1992年9月と、ほぼ1年遅れで公開されています。実はこのころ「大人がディズニー映画を見る」という文化は日本には存在していませんでした。いわゆる子ども映画枠として、「〜〜マンガ祭り」みたいなものの1作品として公開されており、誰も注目していない状況です。ところが、この美女と野獣は違いました。恐らく初めて「大人の鑑賞に耐えうるディズニー長編アニメーション」として、日本で大きく取りあげられたのです。その要因は第64回アカデミー賞において、アニメ作品が「作品賞」にノミネートされたという大事件があったわけですが、アメリカにおいてもそこまで注目される理由が、この作品にはありました(なお、当時は長編アニメーション作品賞はありませんでした)。
この作品が注目されたポイントはいくつかあります。まずは、ディズニーにおいて本格的に「CG」が使われたこと。当時は彩色において既にデジタル化がすすんでいたものの、基本的には手書きの絵を基にしたアニメーションが当たり前の時代でした(フルCGの作品「トイ・ストーリー」は4年後の1995年公開)。その中でも、映画の中心ともいうべきベルと野獣のダンスシーンにおいては、天井に吊されたきらびやかなシャンデリアをなめるようにカメラが降りていき、ベルと野獣の横をくるりと周るカメラワークの映像に、象徴的にCGが使われています。このようなシーンの背景はCG以外ではかなり難しいもので、この作品でもっとも素晴らしいシーンを訪ねられたら真っ先にここを指すでしょう。
この新技術の導入に当たっては、野獣の姿を描いた伝説的なアニメーター、グレン・キーンの活躍がありました。上記シーンでもCGを前提としたダイナミックな視点移動を作り出しつつ、破たんなく2Dアニメーションが融合しているのは、当時としては本当に驚きのシーンです。アニメーターは鏡に映した自分の表情を元に、キャラクターに生き生きとした動きを付けていきます。グレン・キーンはそれを「私たちは“鉛筆を持ったアクター”なんだ」と表現していました。
この言葉を聞いたとき、ディズニーという集団の恐ろしさを感じたことを覚えています。もちろん、その後むちゃくちゃ調べました。すると、これまでもウォルト・ディズニーという人は初めてのトーキーアニメーションを作り出したり、2Dアニメーションに立体感を出すための撮影手法「マルチプレーン・カメラ」を発明したりと、昔から新技術を追究していたことが分かり、その文化がいまだに続いているのかと驚いたものでした。
重要なのは「ミュージカル」だ
「美女と野獣」の“恐ろしさ”は映像だけではありません。あの音楽も、1回聞いただけで完成度を感じることができるでしょう。この立役者こそ、ミュージックメーカーのコンビ、ハワード・アシュマン&アラン・メンケンの2人です。
いまでこそアラン・メンケンの名前は、数々のディズニー長編アニメーションの中で語られています。ディズニーにおいてはこの美女と野獣が2作目であり、その後のディズニーの方向性を決めたといってもいいコンビでしょう。しかし、アシュマン&メンケンの2人が関係した作品は、「リトル・マーメイド」「美女と野獣」そして「アラジン」の3本しかありません。その理由は、この美女と野獣のエンドロールにあります。
美女と野獣のエンドロールを注意深く読むと、その中にはこんな一節が書かれています。
To Our Friend, Howard,
Who gave a Mermaid her Voice
and a beast his soul
We will be forever grateful.
Howard Ashman
1950-1991
(人魚に声を与え、野獣に魂を与えた我々の友人、ハワードに永遠の感謝を――)
今では美女と野獣の楽曲の素晴らしさをわざわざ説明するほどでもないと思いますが、これらの楽曲の作詞を担当したハワード・アシュマンは映画の公開前に亡くなられていたのです。何も知らずこの一文を見たとき、なんとも表現しがたい思いが頭の中を駆け巡りました。美女と野獣という作品はハワード・アシュマンの実質的な最後の作品であり、もう新作が聞けないだなんて……。
この一文を見て英文を和訳した次の行動は、レンタルビデオで当時手に入った唯一の、ハワード・アシュマンとアラン・メンケンが作り出した映画「リトル・マーメイド」を借りること。もちろん、ディズニーコーナーではなく「子ども向け作品」棚の中にしかありません。手に取ったビデオカセットは吹き替えのみ。そうじゃないだろ!と思いながら作品を見ると、カリプソミュージックに乗せた日本語の歌詞の裏にあるであろう原詞が透けて見えるかのようなすさまじい楽曲がそこにありました(後に曲名が「アンダー・ザ・シー」であると知るのですが)。
この時点で、普通の大学生は完全にディズニーのファンになりました。正確にはハワード・アシュマンとアラン・メンケンのファンに。音楽からディズニーに入ると、その後ロバート&リチャード・シャーマンの兄弟(イッツ・ア・スモールワールド、メリー・ポピンズ、くまのプーさんなど)を知ることになりますし、今であればロバート・ロペス&クリステン・アンダーソン・ロペス(アナと雪の女王、リメンバー・ミーなど)や、リン=マニュエル・ミランダ(モアナと伝説の海など)につながるはず。ディズニーの歴史の中でも非常に重要なミュージックメーカーが、このコンビなのです。
ディズニーのアニメーション制作において、音楽はかなり早い段階で作られます。ハワード・アシュマンは1991年に逝去しましたが、次の作品であるアラジンの楽曲はこの段階でかなりの数が作られています。しかしストーリーはその後大きく変わるため、美女と野獣やアラジンにおいてはデモテープとして残ってはいるものの、利用されていない楽曲も多いのです。
しかし、それらの楽曲が日の目を見ることもあります。上記の美女と野獣 スペシャル・リミテッド・エディションでも、当初ボツとなってしまったハワード・アシュマンの作品「Human Again」が使われていました(使われ方に納得はいっていないので、この曲を知りたい人は劇団四季などの舞台版「美女と野獣」をお薦めします)。そして舞台版「アラジン」においても、優れた舞台作品に送られるトニー賞にノミネートされた2014年に、アラン・メンケンが「これはハワードとともにノミネートされたものだ」とコメントをしており、私は静かに涙を流しました。
ハワード・アシュマンに関しては、あまりにもアラン・メンケンのその後の功績が大きいこともあり、もしかしたら最近のディズニーファンには認識されていないかもしれません。東京ディズニーランドの新エリアに彼ら“2人”に対しての賛辞ともいうべき看板があったことは、ファンとして本当にうれしいことです。
なお、このハワード・アシュマンに関しては、ディズニーの配信サービス「ディズニープラス」において、つい最近ドキュメンタリー「ハワード」が追加されました。もし興味を持ちましたら、ぜひこちらをチェックしてみてください。私はこれを見たら全てに区切りが付いてしまう気がして、怖くてまだ見ることができないでいますが。
じゃあ、美女と野獣のアトラクションはどうだったの?
これらを踏まえて、東京ディズニーランドに登場した「美女と野獣 魔法のものがたり」を体験したインプレッションを語ります。ひと言でいって、こういっためんどくさいタイプの老害マニアにもグッとこさせるような、ピリリと効いた要素がちりばめられた、ある意味マニア対応済みのものだと感じました。テンポに難はあるものの、ストーリーは恐ろしいほどに1991年のアニメ版をベースに、悪くいえば「なぞるだけ」のものにとどめています。
例えばアメリカ本国のディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーに登場した「アリエルのアンダーシー・アドベンチャー」というアトラクションは、同じようにオリジナルストーリーをそのままなぞっているのですが、人魚姫というエンディングのインパクトを完全に無視したディズニー版ストーリーはそもそも盛り上がりに欠け、アトラクション全体の印象を下げておりノットフォーミーでした。また、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドでオープンしたあのアナ雪アトラクション「フローズン・エバー・アフター」は、アニメ版(の1)のその後のお話として、映画とは異なる展開をしています(もちろんレリゴーはありますが)。その意味で、東京ディズニーランドでの美女と野獣のアトラクションは、誰もが知っている作品をそのまま展開するという、ややリスキーな構成にしています。
が、多分もうそれが正解なのではないかとも思います。本作は30年前の作品で、ディズニー自身も実写リメークをしててこ入れを行うほどのストーリーです。映画「魔法にかけられて」(2007年)では冒頭のアニメパートで白雪姫をはじめとするいわゆる「旧来型ディズニープリンセス」をわずか15分程度に圧縮してストーリーを語りましたが、もはや現代においては、行動するプリンセスという「前世代型ディズニープリンセス」のストーリーは今回のようなアトラクションの「約8分」で語れてしまうほど、ディズニーストーリーが一般的になったのかもしれません。
「美女と野獣に人生を変えられた人」が新たに生まれるように
東京ディズニーランドの「美女と野獣“魔法のものがたり”」は、単なるアトラクションではなくエリアごと作り込んだ、非常にぜいたくな作りになっています。私自身が注目しているのは、このタイミングで東京ディズニーリゾートが「ファミリーライド」を持ってきたこと。アトラクションのライド構造だけで言えば、ディズニーは2019年5月にオープンした「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」にて稼働しているような最新鋭のライドシステムを持っています。また、2015年にオープンした上海ディズニーランドでは、バイク型ライドにまたがって乗るローラーコースター型ライド「トロン:ライトサイクル・パワーラン」などが存在しています。開発時期を考えれば、これらのハードウェアを利用した何かを導入することもできたはずですが、あえてスリルライドではなく、家族が楽しめるライドにしたことこそ、大きなメッセージがあります。
東京ディズニーリゾートでは以前より「3世代ディズニー」を強力に推し進めています。新型コロナウイルスで方針は変化したかもしれませんが、小さなこどももおじいちゃんおばあちゃんも、一緒に1つの魔法のカップに乗り、同じ体験をできる場を作るということがいかに重要なのか、恐らく米国ディズニーよりも東京ディズニーリゾートそのものが理解していることが、このアトラクションからは伝わってきます。時期的に考えると、本国からスター・ウォーズ関連のエリア計画を強く推し進められていたはずと私は考えています。それをはねのけ、東京にしかないものを、東京しかない風景を作り出そうという心意気を感じました。かつて映画スタジオという二番せんじ案を却下し、「東京ディズニーシー」というオリジナルコンテンツを作ることを決断したように。
もちろん、1991年の映画とは“別物”と、私は捉えてはいます。しかし、あの世界の中に入ってみたいという思いは、そういったマニア心とは別のところにあるはず。マニア向けではなく、これからのファンを育成するための、30年も前の映画が2020年に、また新たに生まれ変わりました。きっと自分と同じように、このアトラクションとエリアで「人生が変わった」という人が出てくるでしょう。その人たちがディズニーにどっぷりつかって、一人でも多くの仲間ができるといいなあと、老害ディズニーマニアはこのアトラクションに乗りながら思いました。
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