鯛めしの鯛そぼろは、なぜ美味しいのか? 静岡駅弁・東海軒:東海軒「特製鯛めし」(950円)
日本の駅弁屋さんのなかでもとくに老舗、静岡の名物駅弁「元祖鯛めし」はどのようにして生まれたのか。東海軒の平尾社長に聞きました。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
日本の鉄道文化をリードしてきた東海道本線。沿線の駅弁屋さんには、明治22(1889)年代の全線開通当初から、100年以上にわたって駅弁を作り続けている業者があります。その1つ、静岡駅弁・東海軒の誕生には、静岡の鉄道敷設にも大きな影響があった、あの歴史上の人物が絡んでいました。そして、いまも続く「元祖鯛めし」の誕生秘話、美味しさの秘密まで、トップがじっくりと語ります。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第29弾・東海軒編(第2回/全6回)
静岡駅を発車したN700Sの東海道新幹線「こだま」号が、安倍川を渡って大きく弧を描きながら、日本坂トンネルへと加速して行きます。静岡には東海道新幹線の「ひかり」が毎時1本、「こだま」は毎時2本が停まります。どの列車も静岡県内で昔は「ひかり」、いまは「のぞみ」の通過待ちをするため、昭和39(1964)年の新幹線開業後も静岡地区では、長い停車時間と豊富な移動需要によって、各駅の駅弁文化が守られてきました。
県庁所在地・静岡市の玄関、JR静岡駅の駅弁を手掛ける「株式会社東海軒」は、明治22(1889)年創業、132年の歴史を誇ります。日本の駅弁屋さんのなかでもとくに老舗、日本の駅弁史がそのまま会社の歴史と言ってもいい駅弁業者です。「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第29弾は、10年あまり前からこの東海軒の舵取りを担っている、平尾清代表取締役社長に東海軒の歴史から、名物駅弁の誕生秘話までたっぷりと伺いました。
清水次郎長が取り仕切って敷かれた、静岡の東海道本線!
―東海軒のルーツは、加藤家による「加藤辨當店」と聞いていますが、加藤家はどのようにして構内営業に携わることになったのでしょうか?
平尾:いまの加藤(貴久)代表取締役専務の先祖にあたる加藤家は、静岡(府中)中心部で「山西屋」という米問屋を営んでいました。当時、米をはじめ多くの物資は海路で運ばれ、江尻湊(いまの清水港)に陸上げされていました。ここで物資などを仕切っていたのが、「清水次郎長」と言われています。そのつながりから明治18(1885)年ごろ、次郎長が山西屋へ来て「静岡に鉄道を敷く工事がはじまるので役人がやってくる。静岡は人手がないから山西屋さんに現場の面倒をみて欲しい」と依頼があったと言うのです。
―次郎長というのが、時代を感じさせますね。
平尾:山西屋の2代目・加藤滝蔵が、次郎長の頼みを聞いて、鉄道工事のために静岡へ来た役人の食事の世話から用地・用材の買い上げに至るまで、親身になって工事を助けたと言います。東海道本線は明治22(1889)年2月1日、国府津〜御殿場〜静岡間が開業しまして、その年の12月1日、鉄道局(当時)から工事への協力が認められた山西屋の加藤滝蔵・カク夫妻に、静岡駅での構内営業が許可され、「加藤辨當店」となりました。
静岡駅と静岡駅弁に大きな影響を与えた2つの「大火」
―静岡駅の開業から10ヵ月経っての参入には理由があるんですか? あと、最初はどんな弁当でしたか?
平尾:開業当日の2月1日、静岡市内は大火に見舞われてしまいました。このため開通式典も中止となり、まちを挙げて被災者の救済活動が行われました。大火からの復興にもメドが立ってきた12月1日になって、ようやく構内営業を始めることができました。このときは、握り飯3個と沢庵4切を竹皮で包んだものを 5銭で立ち売りしていたと社内の文献にはあります。安倍川もちやわさび漬けも早くから販売していて、餅は自家製だったと言います。
―明治30(1897)年発売、ご当地駅弁の先駆けとも言える「元祖鯛めし」の誕生にも、「大火」が関係しているんですよね?
平尾:明治25(1892)年1月にも「静岡大火」が発生し、加藤辨當店も焼けてしまいました。奥さんが焼け跡の片付けをしていると、毎朝河岸で顔を合わせていた漁師さんをはじめ、いろいろな方からお見舞いに甘鯛をいただきました。ただ、甘鯛は煮崩れしやすく、駅弁には使えませんでした。そこで、家族の食事に煮崩れした身をボロボロとご飯に掛けて食べたところ、甘い味付けと軽い舌触りが子どもたちによくウケたと言うのです。
子どもにも食べられる汽車弁を!「鯛めし」の誕生
―この甘鯛の煮崩れした身が、どのように駅弁へと進化を遂げるのでしょうか?
平尾:鉄道局の高官が子どもを連れて見舞いに来られた際、「たいのご飯」と言って、このご飯に甘鯛の煮崩れした身をかけたものを出すと、子どもがとても喜んでご飯を食べてくれました。この様子を妻のカクから聞いた滝蔵は、かねがね子ども向けの汽車弁を作りたいと考えていたこともあり、「たいのご飯」の駅弁化に向けて動き出しました。以来、約5年をかけて、試行錯誤を繰り返し、明治30(1897)年、「上等御辨當鯛飯」として発売されました。これがいまも「元祖鯛めし」として続いているんです。
(※資料協力:株式会社東海軒・加藤貴久代表取締役専務)
前回、製造工程とともにご紹介した124年の歴史を誇る元祖鯛めしと合わせて、静岡駅の東海軒売店で販売されている鯛めし駅弁が、「特製鯛めし」(950円)です。こちらは、おなじみの鯛めしにちょっぴりおかずが付いたプチ豪華版! 掛け紙の紙蓋も、鯛めしのロゴが異なり、絵柄も海で跳ねる鯛の絵が描かれたものとなっています。鯛めしでは物足りない、もう少しおかずが欲しいときに重宝する駅弁です。
【おしながき】
- 桜飯(醤油ごはん)
- 鯛そぼろ
- 姫鯛の煮つけ
- 煮物(こんにゃく、人参、蓮根、ごぼう、ふき、麩)
- 香の物(胡瓜漬け、桜漬け)
いつもの鯛めしの上に鯛の煮つけも載った「特製鯛めし」。おかずが煮物と香の物だけに抑えられているのも、鯛めしの味わいを引き出してくれます。3日をかけてじっくり作られる鯛そぼろは、真鯛が入荷してきた際に骨などがないか確認した上で味付け、寝かせて、再び火を入れて炊き上げるという、手間を惜しまない製造工程が美味しさの秘密。10年前と比べて2倍以上という鯛の高騰や、経済施策に伴う為替の円安の直撃にも負けず、3桁の価格帯に抑えられているのは、相当な企業努力があるものと推察されます。
静岡からの東海道本線上り普通列車の約半数が折り返して行く興津(おきつ)。いまは住宅街ですが、昔は海辺のまちでした。静岡では古くから「興津鯛」の名で知られてきた甘鯛。この煮崩れした身から生まれた「元祖鯛めし」の冷凍駅弁化および、明治時代の木版手刷り掛け紙復刻プロジェクトがクラウドファンディングで行われています。駅弁文化をよりディープに楽しみたい方は要チェック!
(初出:2021年9月15日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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